はじまった神話
嵩山に向かって全力で駆ける。
スピードが上がるにつれて、景色は七色の筋となって後方へと流れ飛んでいく。
馬なんかより俺のほうが速い。
自重しない俺は、時速100キロを超えて走れるのだ。
ムル教官には、軍勢を整えてから後を追ってもらうことにした。
軍団編成なんかは丸投げだ。
とにかく急いでホヒを助けに行くのだ。
スセリにはノキの宮殿で文官や民の統制を頼んだ。
いきなりの戦争でパニックになるのは困るからな。
フツヌシの軍勢についての情報はほとんどわからない。
嵩山にフツヌシが現れて、ホヒが軍勢を率いて向かったということだけだ。
情報の少なさは問題だが、最速で情報を伝えてくれたことは高く評価できる。
フツヌシは俺に会いに来たんだろうし、俺が行って国譲りとやらの談判をしてやろうじゃねーか!
川を越えたら森を突っ切ってすぐに嵩山だ。
橋を壊さないように足元に注意しながら速度を上げる。
橋を落としてフツヌシの軍勢の足止めにするべきかとも一瞬考えたが、俺がフツヌシを止めるんだから意味ないよな。
いかんいかん。
国を譲ることになる神話を知っているためか、自然と負け思考になっているのか?
この日のために準備してきたし、俺も鍛え抜いてきた。
負けるはずがないし絶対に負けない。
勝利を自分に誓いながら川を越えた。
「煙!?」
嵩山のふもとまで直線距離で3キロ程度だが、立ち昇る幾筋もの黒煙が見えてきた。
焦げ臭い匂いも鼻につく。
まさか、もう戦闘がはじまっているのか!?
焦りながら森に入った。
木々を避けながら全力で走る。
「っだらぁ!」
万宝袋から神級武具の生太刀を取り出し、進行方向の邪魔な草木を薙ぎ払う。
森は深く濃くなり障害物はどんどん増えるが、風魔法を後ろに撃ち出してさらに速度を上げる。
出し惜しみはしない。
今が本気を出す時だ。
「聖結界」
黒煙がきつくなってきたので、前方に結界を展開する。
同時に風魔法で視界を確保しながら、さらに速度を上げて駆け抜けた。
森が燃えている。
近づいてわかったが、遠目で見たよりも燃え方はひどい。
怒声と剣や矛が交わる激しい音が聞こえてきた。
まさか、もう戦が始まっているのか?
フツヌシと対峙しているホヒは、もともとは高天原からの国譲りの勅使だ。
裏切り者としてフツヌシの前に立ちはだかる形になるわけだから、ホヒの兵の士気も上がらないだろう。
神話によると国譲りの総大将であるフツヌシ、どれほどの蛮勇か、どれほどの軍勢を率いて攻めてきたのか、焦りながらもついに彼の地に着いた。
飛ぶぞ!
「がああああああああああ!」
乱戦の軍勢の頭上を飛び越えて、中ほどに着地する。
それと同時に風魔法を全方位に放射状に撃ち出して、まわりの兵を吹っ飛ばした。
風に飛ばされて敵味方問わず数百人の兵士が宙を舞う。
味方も含んでるわけだし殺さないように注意したが、怪我くらいはしてるかもしれない。
まるで隕石が落ちて爆発したかのようだし、突然の出来事に、にわかに戦場が静まり返っている。
数千の目が、視線が、俺を射るように集中している。
「フハァーハァー」
俺は息を整えながら仁王立ちになり、万宝袋から神級武具の天地理矛を取り出して左手に構えた。
そして右手の生太刀で天を突きながら叫ぶ。
「我はワ国大王にして八千矛の神、大国主だ!」
風魔法も使いながら拡散した大声が、静まり返った戦場にこだました。
「っ、うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
一瞬の静寂の後、味方であるホヒの兵から大歓声が上がった。
こうして名乗れば戦闘を止めてフツヌシが出てくるだろう。
「大王!!」
兵をかきわけてホヒが歩み寄ってきた。
「ホヒ、無事だったか!」
よかった。とくにケガもしていないようだ。
そうしている間にも注意深くあたりを観察するが、思ったよりも敵兵が少ない。
ホヒの率いる兵が5000を超えているのに対して、30人しか見えないのだ。
そして、異様なことに気づいた。
戦場に倒れている骸、そのすべてがホヒの兵のものなのだ。
つまり、わずか30人ほどの寡兵が、100倍以上のホヒの軍勢を、一方的に蹂躙しているようなのだ。
「どういうことだ?」
小声でホヒに問う。
「オオナムチくん、すまない。やつは突然現れた。大王に会うとだけ言って進軍を止めなかった。軍勢をもって前に立ったが、歩みを止めなかった。そこで火を放ち戦になったのだが、僕の軍団がまったく歯が立たないのさ」
ホヒも小声で、いつもの口調で答えた。
公的な場では俺のことを大王と呼び口調を変えるが、普段は以前のようにフランクに付き合ってもらっているのだ。
っていうか、森に火を放ったのはホヒかよ!?
しかし、ホヒの兵は訓練された精兵だし、なによりも数が違う。
それなのにわずかな兵でどうやってホヒの兵を蹂躙したと言うんだ。
「あ、寡兵になぜ負かされてるのか疑問に思っている顔だね?」
「ん? いや、まあそうだな」
「わずか30の敵になぜ一方的にやられてるのか不思議なんだろう? でもソレは違うよ」
「え?」
違うってなにがだ!?
俺がホヒの発言の真意を掴めずに戸惑っていると、ホヒの目が大きく見開かれ、その表情が畏れに染まった。
ホヒの視線の先を追うと、敵兵の列を割って黒ずくめの全身鎧をつけた巨人が歩いてきた。
身長5メートルを超えている。
そして、胴も腕も脚も、すべてが規格外に太い。
「なんだ!?」
「アレだよ。アレ一人に一方的にやられてるのさ」
殺気の塊のようなソレ、地響きを立てて歩いてくる巨人に、全身の毛が逆立った。
そして、さらに驚くことに、巨人は背中から、その体躯よりもでかい大剣を抜いたのだ。
「なっ!?」
信じられないほどの圧力に圧されて、味方の兵が尻餅をついている。
俺も目と口が開きっぱなしなのに気づいて、慌てて閉じた。
「憤怒」
巨人が壁のような大剣を目の前の地面に突き立てると、まるで地震のように地面が揺れた。
「我は皇天、日の神よりの神勅を受けて天降りたる経津主命にてありける」
「ぐお!」
鼓膜が破れそうな大音量での名乗りを聞きながら、俺は国譲り神話がはじまったことを実感したのだった。
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