それは突然にやってきた
最終章になります。
3年の月日が流れて俺は17歳になった。
スサノオ大王は行方知れずのままで、俺の大王代行もすっかり馴染み、皆からはもう大王と呼ばれている。
「今年も米の収穫が増えそうですね」
金色に稲穂をつけた田を前に、俺はスセリとお茶を飲んでいる。
「そうだな。水田の面積が昨年の6倍だからな」
俺が導入した新しい水田稲作は画期的な成果を挙げ、初年度から従来の四倍以上の収穫をもたらしたのだ。
民は驚き喜んで、その噂はあっという間に広まった。
そして、農耕技術をおしえてもらいたいと、ワ国連合に加盟する国が殺到したのだ。
多くの国の首長が姫を俺に嫁がせようとしてきたので、それをやんわりと断るのがものすごく大変だった。
スセリが激おこだったし。
ワ国イズモの経済も急速に発展している。
農耕に必要な鉄製農具や牛の飼育に関連する道具の販売で、ワ国はものすごく儲かっている。
新しい農業は、さまざまな道具や産業を生み続けていて、めまぐるしい勢いで世の中が変わっているのだ。
そして人口も倍増した。
食糧事情が改善されたことで、子供がたくさん生まれるようになったのだ。
そして、その子供たちの死亡率も低下した。
これは、ヤエとヒナの研究所を中心に研究して広めている医学と薬学が貢献している。
ワ国連合は急速に成長しているのだ。
今のところはなにもかもうまくいっている。
「豊かな国になりましたね」
「まあ、まだまだこれからだけどな」
「大王様はどれほどの未来を見通しておいでなのですか?」
「ん? まあ2000年くらい先かな」
俺がふざけてそう答えると、スセリはきょとんとした顔をしていた。
まあ、俺は2000年後の現代日本から来ているのだから、実際はただの事実なんだよね。
スサノオ大王がどんな国造りを考えていたのかは、聞くことができない今となってはわからない。
しかし、俺は大王として考え、国造りをしていくしかないのだ。
国の形については、まだまだ答えは出せないが、戦争や争い、そして飢えや貧困の無い社会を造ることができればいいなと漠然と考えている。
「ムイチー!」
俺が未来に想いを馳せていると、大声で俺の名を呼びながらものすごい勢いで走ってくる男が見えた。
「ん?」
息を切らせて駆けてきた男は・・・ムル教官だった。
「大王様を呼び捨てにするとは何事ですか!」
スセリが立ち上がって一喝すると、ムル教官は少し怯んだ表情を見せた。
まあ、俺ですらスセリが怒ると怖いくらいだし、スサノオ大王の血はおそろしいものだ。
「いいよスセリ、ムル教官には俺を呼び捨てにするように言ってあるんだ」
俺は自分が驕らないように、ムル教官など近しい人間には普通に接してもらうようにしている。
なにせ俺は厨二だし、すぐ調子にのる癖がある。
常に自分を諌めていないと危険なのだ。
かなりの距離を全力で走ってきたのだろう。
ムル教官は肩で息をしながら前かがみになり、おにぎりを取りだすとムシャムシャと食べはじめた。
あいかわらずおいしそうに一気に食べ終わると、すっくと立ち上がった。
「フゥー、落ち着いた」
「おにぎりでかよ!? 普通は水だろ!」
「ムイチ、覚えておけ。おにぎりは万能だ」
「いやそれ、絶対に違うから」
あいかわらずこの男は規格外だ。
おにぎりでのどを潤すとか聞いたことないし。
スセリは気持ち悪いものを見る目でムル教官を見ているが、それすらまんざらでもない表情で満喫しているのだから、ムル教官の闇は深すぎて、俺にはちょっと手に負えない感じだ。
「で、どうしたんですか?」
「あ、そうだ。ついに来たぞ!」
とうとう来た。
この世界に来てからもっとも畏れていたもの、確定している敗北の未来、つまり国譲りの勅使がやってきたのだ。
この未来を変えるため、俺はさまざまな対策を講じてきた。
その結果が試されるときがやってきたのだ。
「フツヌシ・・・ですか?」
「ああ、おまえの言ったとおりだ。高天原の勅使としてフツヌシが現れた」
記紀の神話などで語られる国譲り、それは大国主命が造りあげた国を、天照大神の孫である天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命に献上するというものだ。
天邇岐志国邇岐志は天にぎし国にぎしであり、天地ともに親しくあるという意味だ。
天津日高は、高天原の天津神であることを示す美称で、邇邇芸命のニニギは、稲穂がにぎにぎしく成熟することを示す農耕神である。
名前が長いので、以降はニニギって呼ばせてもらうね。
ちなみにニニギの父親が、以前イズモに突然攻めてきたアメノオシホミミだ。
そして、俺の配下として国造りの重要な役をしてもらっているホヒは、アメノオシホミミの弟だったりするからややこしい。
まあみんな日や穂の字がつく太陽神であり、弥生稲作の神ってことだな。
そしてこの国譲りの実質的な部分を担うのが、勅使として天降る経津主命と建御雷命だ。
こいつらは武神で軍神であり、軍勢を率いて国譲りを迫ってくることになっている。
そして、大国主命や御子である事代主命は国譲りに同意し、逆らった建御名方命も鎮められて国譲りは完了したと伝わっている。
だがしかし・・・。
だが、しかーーし!
俺は国譲りなんて認めない!
一生懸命に造った国を、なんで突然来たやつらに渡さなければならないんだ?
しかも軍勢を連れて脅しに来るなんて、それなんてヤ○ザって感じじゃねーか。
絶対に認めんし許さん!
八千矛の武神となって、やつらの野望を打ち砕いてくれよう!
そのためにこの3年間でやれることはやったしな。
「で、どこに来た? 稲佐の浜か? 状況は?」
「ムイチが言うように稲佐の浜の警戒は万全だったんだが、東から嶽山を越えて来たぞ」
「え? 西からイズモに来たんじゃなくて?」
「ああ、東から来た。今はホヒの軍勢が対峙している」
「なんですと!!?」
まずいことになった。
ホヒはもともと高天原からの国譲りの勅使としてやってきた男だ。
今は俺の腹心として、ともに国造りをしているが、天照大神の子なのだ。
高天原からすれば裏切り者になるわけだ。
そのホヒを国譲りの勅使とは合わせたくない。
それに、ホヒのことは信頼しているが、裏切りの可能性が0とは言い切れないからな。
フツヌシは記紀神話のとおりイズモの稲佐の浜に現れると踏んで、そちらの警戒を強めていた。
だからホヒは逆の奥まったところ、つまりイズモの東側、現代でいうところの安来市に下げていたのだ。
そこにピンポイントにフツヌシがやってくるとか、どういうことなんだ?
そして今まさに、元国譲りの勅使であるホヒと、国譲りの勅使であり軍神であるフツヌシが対峙しているということか!?
状況は最悪じゃねーか!
「すぐに行く!」
俺は戦支度を整えて嶽山へと向かった。
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