豊かな国になりました
「さあ、農業革命だぜ!」
春のやわらかい日差しの中、俺たちは田植えをはじめようとしている。
「オヤジ、この苗を投げ込めばいいのか?」
「まてタカヒコ! それはまだだ!」
タカヒコの農業への適性は驚くほどのものだった。
ぐんぐんと技術と知識を吸収していくし、農機具の扱いや作業についても飛び抜けた才能を発揮している。
今ではその才能に崇敬を込めて、アジスキと呼ばれているほどだ。
アジとは良いとかうまいとかいう賛辞の言葉で、スキは農機具の鋤のことだ。
俺が授けた雷鳴鋤の扱いがあまりに上手いので、尊称の二つ名がついてしまったのだ。
アジスキタカヒコ、つまりタカヒコは、神話では大国主命の長子とされているアジスキタカヒコネにあたる男だったのだ。俺のことをオヤジ呼ばわりしてくるのも、これで納得してしまった。
うっとおしい出会いだったが、長い付き合いになりそうだ。
さて、田植えだが、ノキ町周辺に開墾した田は140町もの広さがある。その田にはすでに水が張られていて、これから新式の田植えをするのだ。
「まずは代かきだな。牛を入れろ!」
100メートル四方の田に、訓練された牛が入れられた。牛は木で作った長い板を引いていて、その板をひきずるようになっている。
「これで田をならすのさ」
田植えの前に、でこぼこの田を水平にならしていくのだ。20頭の牛が一列になってゆっくりと進む姿は、かなりの迫力があるな。
「それじゃいくぞ!」
田の左右からロープを張り、その後ろに苗を持った田植えの女性たちが並ぶ。早乙女さんってやつだな。ロープには苗を植える間隔で目印がついていて、そこに植えていくと自動的に綺麗に植えられてしまうのだ。
「こ、こいつはすげえな!」
「フフ、だろう?」
もちろん、こんな田植えはこの時代には無い。最新式のやり方だ。この時代の田植えは、種籾を湿地に直接まく直播で、うまく育つ率は低くて効率が悪い。
今回、導入する最新式のやり方は、日本でも近代まで行われていたやり方で、さらに稲の苗も品種改良で強化してある。すべてにおいて革命と言えるのだ。
「それじゃ音楽さんよろしく!」
田植えがはじまると、太鼓を持った男たちが田植え歌を歌い始めた。青い空と澄んだ空気に、太鼓の音が響いていく。
「うお、なんだかノってくるなオヤジ!」
「辛い作業もこうしてやると楽しいだろ?」
「おう!」
冬の間にこの田植え歌の練習をしていたのだ。牛の繁殖だけは時間が足りなくて120頭しか用意できなかったが、はっきり言って準備万端だ。
牛が足りないところは人力で田をならし、3000人を投入して一日でノキの田植えが終わった。
次の日からは、ワ国加盟の500を超える国や村に出張し、新農法の田植えをデモンストレーションして廻った。
これはノキの人材の訓練にもなるし、それぞれの国や村に新農法の有効性を認めさせて普及を促進する狙いがある。百聞は一見にしかずってやつだな。
この新農法の噂は口づてで広がり、田植えが終わる頃にはワ国の加盟国は300も増えていた。
そして、本州の大部分と四国、九州、そしてその周辺の島々、さらに朝鮮半島の南部までがワ国の版図となった。
ゆるやかな連合国家だが、戦によって征服したのではなく、新農法や工法などの産業や技術を求めて集まった国々なので反乱や抵抗の心配がない。
それぞれの国とのやり取りは、南はサルダヒコ元帥の軍団が、その他はヤエが差配していて、俺の負担はほとんどなかった。
優秀な配下がいるって最高だね。
「なにもかもうまくいってるな」
「そうですね」
初夏の風が吹き抜けていく。
俺の隣で頬を赤らめてお茶を飲んでいるスセリの横顔を眺めつつ、俺は今だかつてないほどの充実感に包まれていた。
なにもかも順調だ。
俺は心からそう思っていた。
それがやってくるまでは・・・。
次は最終章になります!