春に向かって
「オヤジ! これでいいか?」
「ん? ああ、ばっちりだな。まあ少し休め!」
「いや、まだまだいけるぜ!」
「おいおい、疲れを出すなよ」
タカヒコはすっかり俺になついてしまった。
歳はそれほど変わらないのに、俺のことをオヤジと呼んで慕っている。
なんだかちょっと複雑な気持ちだ。
未婚で童貞なのにオヤジって・・・、俺はフケ顔じゃねーし!
火神岳軍事訓練も無事に終わり、俺たちはノキの町で水田を開墾している。
田植えがはじまる春までに、できるだけ多く土地を切り開くのだ。
俺が魔法でやってしまえば早いのだが、なるべくホヒが連れてきた兵や訓練所の隊員たちにやらせるようにしている。
今後の国造りには、人材育成が重要だからだ。
いくら俺の魔法がすごいと言っても身体はひとつだ。
それに、誰もが魔法を使えるわけではない。
むしろ魔法を使える者のほうが少ないわけで、特殊な能力がない普通の人でもできるようなやり方で農耕を広めていかないと、国の発展は望めないのだ。
「オヤジ、終わったぜ!」
「もうかよ!? 休めよ」
「まだまだイケルって!」
それにしてもタカヒコには驚かされた。
俺が悪ノリして作った試作品のスコップ、名づけて雷神矛鋤を手にしたタカヒコは、恐ろしいほどのスコップ適性があったのだ。
軽く使い方をおしえただけで、あっという間にノキ町一番のスコップの使い手になってしまったのだ。
さらに鍬や鎌なんかの農具全般の扱いに長けていて、俺が指導している3000人もの農耕グループの中で、リーダー格になってしまったのだ。
これはうれしい誤算だ。
さすが山王将軍の息子というべきか、良血が一気に花開いたって感じかな。
「タカヒコさん、すごいですね」
お茶を持ってきてくれたスセリが、そう言いながら俺の隣に座った。
「そうだな。ちょっとびっくりだよな」
「ええ」
ああ、やっぱりスセリはかわいいよな。
寒さで頬が赤くなっているが、それもまたチークのようですごく似合うし、赤くて小さな唇は、熟れたさくらんぼのようで、見つめているとドキドキしてしまう。
「寒くないか?」
「だいじょうぶです」
スサノオ大王はいまだに帰ってこない。
キビ国で製鉄の方法を授けたとか、四国にいたとか断片的な噂が届くが、裏づけは取れていない。
あれだけ目立つのだから、本当だったらもっと確実な情報が伝わるはずだ。
いったいどこにいるのだろうか?
スサノオ大王が帰ってこないことで、俺とスセリとヤカミの結婚式は延期が続いているのだが、今ではあまり気にならなくなっているようだ。
最近ではとくにその話が出ることはないから、ホッとするような寂しいような、これもまた複雑な気持ちだ。
まあ、結婚式はしていないけど、まわりからは夫婦として扱われているから、それで気にならなくなっているのかもしれない。
まあ、春までにやることがたくさんあるし、俺は精一杯できることをやるだけだな。
◇◇◇◇◇
三月になった。
雪もほとんど降らなくなったし、もうすぐ春がやって来るだろう。
今日は一人で港町ミホの研究施設に来ている。
イズモ国内はとくに安全なので、一人で移動するほうが早いし楽なのだ。
「おや、御館様いらっしゃったのですね」
突然押しかけたのだが、いつものことなのでヤエもヒナも驚いてはいない。
「ヤエ、ヒナ、稲の品種改良の進捗はどうだ?」
「おおむね良好です。詳しい説明を受けますか?」
「いや、いい」
むずかしいことは聞きたくないし、うまくいっていればそれでいいのだ。
俺の基本方針としては、ヤエに丸投げで定期的に結果だけ聞くようにしている。
そのほうがヤエもやりやすいだろうし、お互いに無駄な労力が減るしね。
ヤエは少名彦であり事代主で、天にあっては地のことを知り、地にあっては天のことを知るすべてを見通す神と呼ばれているが、実際にその能力はチート級だ。
なにか頼みごとをすると、頼んだ以上の成果を短期間で実現してしまう。
正直、俺なんかよりよほど大王に向いていると思うが、なぜか俺に対する忠誠度は高いのが不思議だ。
「大王、もうひとつ研究棟がほしいな」
ヒナがぼさぼさの髪をかきながらそう頼んできた。
睡眠不足なのか、目の下には大きなクマがある。
「G棟の隣でいいかな? どんな設備がいる?」
「場所はそこでいい。ガラスの温室はできるかな?」
「たぶんできると思う。案内してくれ」
ヒナについて研究棟建設予定地で場所を確認すると、すでに整地はしてあるようだ。
「地面はこのままでいいから、ガラスの温室を建ててほしい。こんな感じにできるかな?」
ヒナの書いた設計図を見ると、それほど複雑な構造ではなかった。
「これならいけそうだ。ガラスを造ってくるよ」
俺は砂浜に行くと、大量の砂を魔法で燃焼させてガラスの板を造った。
冷やしてから万宝袋に収納して、2000枚ほどになったところで研究棟建設予定地に戻った。
「んじゃ、サクっと組んじゃうね」
万宝袋の中の鉄のインゴッドを加工して鉄骨を作り、プラモデル感覚で組み立てていく。
俺のチートな腕力と魔力は、建設機械なんて必要としないでそれ以上のことができる。
「御館様はすごいですね」
「あいかわらず大王はデタラメだな・・・」
「いや、まだ正式な大王じゃないし」
研究棟の建設を自分で頼んでおいてあきれているヒナだが、ヒナの頭脳もデタラメにキている。
狂がつきそうなほどの研究者で、想像も理解もできないようなものもたくさん造っている。
「できた。どうかな?」
「完璧だよ! ありがとう」
このミホの研究施設では、俺は自重していない。
ここは広めていくような技術ではなく最先端技術の研究所だからだ。
ヤエやヒナの頭脳に対して俺が勝っているのは、この現場力とも言うべき能力かな。
土木作業や農耕、そして戦闘なんかは俺が勝っているな。
でも、これって大王向きっていうか前線向きじゃないの?w
まあ、この時代では現場の人間が高く評価される傾向があると感じている。
国民の99%が肉体労働者って感じだしね。
ある意味、とても健全な気がしている。
最近では、現代日本がおかしいんじゃないかと感じているくらいだ。
この世界では、自分で食べるものを自分で獲ったり作るのが当たり前なんだけど、現代日本では誰かが作った食べ物を買うのが当たり前だった。
まあ、どっちがどうなのかはまだよくわからないけど、この世界の人たちは、生きてるって感じの目をして笑ってるんだよね。
「来月から田植えを始めるから、苗作りのほうをよろしく頼むよ!」
「承知しました!」
「あいよ」
この時代の稲作だが、田に籾を直播きするというかなり原始的なものだ。
きちんと芽吹くのはごく一部であって、ものすごく効率が悪い。
うまく芽吹いたとしても、雑草に負けて病気になったり根が張らずに雨で流されたりと、安定しない農業なのだ。
俺は苗を別に作り、それを水田に植える方式で革命を起こそうと考えている。
その水田稲作に適した稲の品種改良と苗作りを、ヤエとヒナにお願いしているのだ。
そしてそれはおおむねうまくいっている。
「それじゃ、また来るよ!」
「はい」
俺は手を振るヤエの胸が揺れるのをチラチラと見ながら、ノキの町へと帰ったのだった。
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