第十四話 太った感じ悪い使者
今朝はキクムさんたちと海に来ている。
「いやあ、天気いいですね!」
この砂浜は、この世界に来て最初に目覚めた場所だ。
そして、遊びに来たわけではなくて、働きに来ている。
村に住まわせてもらうのだから午前中は村のために働き、午後は自由にさせてもらうことにしたのだ。
「この棒で砂を掘れ。貝が獲れる」
キクムさんにおしえてもらったとおりに砂を掘ると、びっくりするくらいたくさんの貝が獲れた。
でかい赤貝みたいな貝だ。
「あっちで魚をとってくるから、適当に貝を掘っておいてくれ」
「わかりました」
キクムさんは魚釣りをするようだ。
後でまた来ると言って、釣竿を持って岩場のほうへ歩いて行った。
「どらどらどらどら!」
マジなのかこれは・・・掘れば掘るだけ貝がいる。
とにかく貝だらけだ。やばい。おもしろい。
「どらどらどらどら!」
もはや俺は貝堀りに夢中だ。
掘っても掘っても貝は尽きない。
「どらどらどらどら!」
俺は貝堀り職人だ。
慣れてきたのか、貝のいる場所がわかるようになってきた。
もはや世界には俺と貝しかいない。
これは天職だ。
俺は世界中の貝を堀りに旅に出る!
「おい! ムイチ!」
キクムさんに声をかけられて、俺はハッと我に返った。
貝堀りでトリップするとか、熱中しやすいにもほどがあるだろう。
自分でもちょっとびっくりしてしまった。
「堀りすぎだ・・・」
「すいません・・・」
気がつくと貝の山ができていた。
やばい、やりすぎてしまった。
能力が飛躍的に上がっているせいもあって、どうも、この世界に来てからやりすぎてしまうようだ。
「すいません。気をつけます」
俺は素直に謝った。
新しいこと、慣れないことばかりだから、気張りすぎているのかもしれない。
いいところを見せたいという気持ちもある。
「まあ、適当にやれよ!」
キクムさんは、必要な量だけ獲るようにしないと、貝も魚もいなくなってしまうと言った。
その言葉には納得できる。
現代日本に住んでいたのだから、資源が枯渇しないように保護するのはとても大事なことだと、理屈では知っていたはずだ。
でも、できなかった。
冷静になってあたりを見回すと、砂浜のほとんどを掘り尽くしてしまっていた。
たしかにこんなことをしていては、すぐに貝がいなくなってしまうだろう。
キクムさんは、これでしばらくは貝料理が続くな、と言って笑い、俺の髪の毛をくしゃくしゃとなでた。
俺には父親の記憶が無いが、父親がいたらこんな感じなのかなと思った。
村に帰るまでの道のりで、俺はひたすら反省していた。
◇◇◇◇◇
午後は南の荒野の開墾の続きだ。
ミナたちは家が完成したらしい。
滞在用に家を建てるなんて、俺みたいな一般人には想像もできないことだ。
そういえば、家臣団のリーダーさんが、次の船は一週間後だと言っていたのを思い出した。
あれってどうなったんだろう?
気になったので聞いてみた。
「もう必要無くなりました」
「えっ?」
「姫様がここがいいと言っていますので、ずっと住むことになりました」
そんな理由なの?
ミナは想像以上に自由人のようだ。
「よし! 今日も気張ってやるか!」
「あい!」
ミナはすごく張り切っている。
今日はルウは来ていないが、婆さんのところで修行らしい。
ジレと昨日の3人は今日も来ていて、早速作業に取りかかっている。
「いやあ、いい感じだね」
「そうですね」
二時間ほどの作業で、野球のグラウンドくらいの広さの畑ができた。
これは予定よりかなり早い。
「すぐ種蒔きできそうな土だな」
畑の土もいい感じだ。
手に取るとほどよく崩れるし、いい匂いがする。
俺はジジイに農業も仕込まれていたのでわかるが、これはかなりいい土だ。
さあ、これで栽培の準備が整った。
ここ数日で調査したところ、この村では、野菜の栽培はしていない。
野山に自生している香草や、山菜などを採集して食べている。
俺は町での買いだしで、野菜の種や種芋を大量に購入してきていた。
栽培によって、安定して食料を供給するのが狙いだ。
まずは、栽培による食料自給率を上げるのだ。
余剰分は町に売りに行って、現金収入にするのもいいだろう。
水はけや日当たり、野菜の種類を考えて畝を作り、種を蒔いて種芋を植える。
みんなはじめてのことで最初は手間取っていたが、すぐに慣れてテキパキと作業していた。
このぶんだとすぐに終わるだろう。
「ちょっと川に行ってくる」
「あい」
俺は川から水を引くルートを決めるために川辺に行き、どこからどのように用水路を引くべきか考えていた。
すると、町に続く道から太った男が歩いてくるのが見えた。
「おい、そこのおまえ」
体もでかいが態度もでかい。
目つきが悪いし、かなり感じが悪い男だ。
「なんでしょう?」
「村長はいるか?」
「村にいると思いますけど、どちら様でしょうか?」
「アマ町長の使者だと伝えろ」
役人なのか。
しかし横柄な態度だな。
「伝えてきますので、少し待っていただけますか?」
「急げよ」
あまりの態度にムカッとしたが、村に戻ってキクムさんに使者が来ていることを伝えた。
「ふむ」
キクムさんは少し思案すると、俺に案内してくれと言った。
俺はキクムさんと連れ立って、男のいた川辺に向かった。
川辺に着くと、ミナと男が対峙していた。
種まきが終わって俺を探しに来て、男と鉢合わせたのだろう。
ミナが怒っていて、男が焦っている感じ。
まあ、ミナの怒気に当てられて、普通に立っていられるだけでもたいしたものだ。
実力が違いすぎて、ミナの怒気のおそろしさに気づいていない感じだ。
「あっ!」
男がこっちに気づいた。
「おい!キクム! このガキはなんだ?」
男は青筋を立ててどなった。
さっきまで泣きそうな顔だったくせに、キクムさんの顔を見た途端に強気になるってどうなの?
「タキチか。なにしに来た?」
キクムさんは知り合いのようだ。
「アマ町長の使者として来た。読め」
男はそういって封書を投げてよこした。
とても使者の態度とは思えないが、キクムさんは気にも留めずにその封書を拾って読んだ。
「おい! このガキをどうにかしろ!」
タキチが怒鳴るので、俺はミナに下がるように言った。
もちろんタキチが怖いからではない。
ミナがキレるのが怖いからだ。
しばらく思案にふけっていたキクムさんが、男の前に歩み出た。
「タキチよ? これはどういうことだ?」
「書いてあるとおりだ。今後はこの村に税を課すことになった」
「なぜこの隠れ里がアマに税を納めねばならん?」
「体制が変わったのだ。アマはワ国に併合された。オキ国王が認めたことだ。じきにオキ全土もそうなる」
「ワ国だと? オキ国王はワ国の要請を拒んでいたはずだろう?」
「オキ国王はお隠れになった。おまえもそうなりたいのか?」
「それは脅しか?」
「脅しではない。税を納めねばそうなるということだ」
「三日で集められる量ではないだろう?」
「そんなことは知らん。三日後に徴収に来るから用意しておけよ!」
「できないと言ったら?」
「おっと、徴収にはワ国軍が来るからな。納められなければ女子供を連れて行く。逆らおうなんて思うなよ」
男はそういうと、背を向けて町への道を戻って行った。
「村のみんなに相談せねばならん」
キクムさんは真剣な顔で言った。
俺たちは、村の集会所に向かった。