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火神岳軍事訓練5

「うそだろおい!?」


「なんなんだ!?」


 土煙が晴れると、森の中から現れたのは見上げるほどの大巨人だった。

 ぼさぼさの髪と(ひげ)、豪快な眉毛の下には大きな目がこちらを見下ろしている。

 大木を組み合わせた鎧をつけているが、これは金属鎧なんかよりよほど強いだろう。

 だって直径5メートルくらいの神木クラスの木が、太い(つた)でぎっちりと絡んであるのだ。

 その大木の鎧からは、生き生きとした緑の葉や枝が出ていて、まるで森を着込んでいるかのようだ。


「で、でけえ!!?」


 隊員たちは驚いてパニックになっている。

 魔物が潜む深い森に囲まれているため、逃げることもできずに呆然と大巨人を見上げている。

 タカヒコと取り巻きは、ムジナと一緒に飛んできた衝撃で気を失っているようだ。


 誰もがあっけにとられている中、大巨人は地響きをさせながら歩いてきて、ムジナに突き立っている剣を取り腰の(さや)に収めた。


 敵か味方か?

 判断がつかなくてムル教官を見ると、なんとおにぎりを食べている。


「ムル教官!!」


「あガッ」


 ムル教官は急に呼ばれて驚いたのか、おにぎりをのどに詰まらせてむせた。

 あわててヤカンを取り出して、ヤカンの口からお茶を飲んでいる。


「急に話しかけるなよムイチ。びっくりするだろ」


「びっくりするのはそこじゃないっしょ! この大巨人はなんなんですか!?」


大山祇(おおやまつみ)様だよ」


「え? なに?」


「朝、言っただろ! キャンプ地で大山祇(おおやまつみ)様と合流するってよ!」


「ごめり、聞いてませんでした」


「タカヒコたちと遊んでるからだろまったく」


 ムル教官に叱られてしまった。恥ずかしい。

 っく、朝からタカヒコたちに絡まれてる間に聞き逃していたのか・・・。

 どうもこれは予定どおりのようだ。

 隊員たちが驚いてパニックになりながらも逃げなかったのは、オオヤマツミ様が合流することを知ってたからなんだな。

 まあ、知ってても驚くほどの巨体だわな。納得した。


 大山祇(おおやまつみ)神は、現代神話では文字どおり山の神として伝わっている。

 また和多志(わたし)大神の別名を持つが、このワタとは海の古語であり、海の神としての神格も持っている。

 現代では林業や鉱山などの山にまつわる人々から崇敬を集め、春には山から降りてきて田の神となり恵みをもたらして秋に山に帰っていくなど、農耕とも関係が深い神となっている。


 オオヤマツミは、古事記ではイザナギとイザナミの神産みで生まれ、日本書記ではイザナギがカグツチを斬り殺したときに生まれている古い神だ。

 スサノオ大王の后であるクシナダ姫の父母、アシナヅチとテナヅチはオオヤマツミの子だと名乗っているし、多くの子を持つ原初の神の一柱(ひとはしら)であり、もっとも偉大な神の一柱(ひとはしら)なのだ。


 すると、オオヤマツミ様が一瞬輝いた。


「まぶしっ!」


 とっさに目を隠した腕をのけると、そこには小さい爺さんが立っていた。


「やあ!」


 ものすごくフレンドリーな表情で、軽快に手をあげて挨拶してくる爺さん。

 小人っぽい爺さんのその顔は、なんとオオヤマツミ様だった。


「オオヤマツミ様、ご苦労様です」


 ムル教官が歩み出て握手をしている。


「ええっ? なんで?」


「ん? わし神だから」


 神だから体のサイズを変えられるのか?

 まあ、たしかに神ならできても普通なのか?

 この人たちの常識が非常識すぎて、理解が追いつかないぜ。


「オオヤマツミ様は太古の神だから大きいんだな」


 ムル教官が当たり前のように言ってくるが、まあそういうものなのか?


「そっそ、まあ大きいままだと不便じゃろ? じゃから小さくなってみたんじゃ!」


 オオヤマツミ様がにこやかに続けるし、もうこれで納得するしかないようだ。


「ところでわしが追っておったムジナを足止めしてくれたのはおぬしか?」


「え? ああ、はい」


「ほお、ごつい獲物を持っておるな。わしの剣よりいいやつじゃないか?」


 オオヤマツミ様は、興味津々で俺の剣を見つめてきた。


「あ、スサノオ大王にもらいました」


「なんと! 生太刀(いくたち)か!? スサノオのやつ失くしたとほざいておったが」


天鳥船(あめのとりふね)の地下倉庫にあったんです」


「それとその矛はすごいのう。天逆矛(あめのさかほこ)に道返しの術が編みこんである。おぬし何者じゃ?」


大波武一(おおなみむいち)です。ワ国大王代理をやってます」


「なんだってーー!!!??」


 オオヤマツミ様への返答に驚いた声をあげたのは、意識を取り戻したタカヒコだった。

 まわりの隊員たちも、驚いている。

 しまった。ついついばらしてしまった。


「荷物持ちのくせしてオヤジより偉いのかよ!?」


「スサノオ大王の代理なんだからそういうことだな」


 ムル教官がタカヒコに告げた。


「ほお、おぬしがオオナムチか。噂は聞いておる。噂に違わぬ、いや、噂よりも立派な男のようじゃな。どれ、わしの娘を一人いらんか?」


「おじいちゃん!! オオナムチ様はわたしの(つま)です!」


 いつの間にかやってきていたスセリが、オオヤマツミ様に怒っている。


「おお、そうじゃったか。すまんすまん」


 オオヤマツミ様は頭をかきながら笑っているが、おや、おじいちゃん?

 あ、スサノオ大王の后であるクシナダ姫の両親の親がオオヤマツミ様だから、つまり(ひい)じいさんになるのか?


「ジイ、なんだよこいつは!? こんな雑魚が大王になるのかよ?」


 タカヒコがオオヤマツミ様に食ってかかっている。

 神話では、タカヒコの父親の山王(さんのう)将軍こと大山咋(おおやまくい)神は、オオヤマツミ様の娘とスサノオ大王の間の子である大年神の子だから、オオヤマツミ様が曾曾じいさんになるのか?

 ややこしいが、タカヒコはオオヤマツミ様をジイと呼べる間柄のようだ。


「ばかもん!!」


「ガッ!?」


 オオヤマツミ様の右手がでかくなって、その拳がタカヒコの頭を勢いよくどついた。

 ものすごい音がして、タカヒコの頭が地面にめり込んでいる。


「え? 死んだ!?」


 その場の全員があっけにとられている。


 HPが二桁しかない雑魚中の雑魚のタカヒコに、太古の神の怒れる拳の洗礼って、孫へのしつけとしても、さすがにそれはないんじゃないのか?

 タカヒコの頭とか、粉々に砕けて蒸発してるんじゃないかと心配になる。


 すると、タカヒコの手足がぴくぴくと動いた。


「いってーなぁ! いきなり殴るなよ!」


「なんですと!?」


 地面から頭を引っこ抜いたタカヒコは、不機嫌そうに口をとがらせて、髪の毛についた土を手で払っているが、なぜに無事なんだ?

 今のオオヤマツミ様の一撃は、直撃すれば俺でも無事では済まないレベルだぞ?

 タカヒコなら800回くらい死ぬはずの攻撃だ。


「タカヒコはな。HPも低いし攻撃力も弱いけど、防御力だけはイズモで一番なんだ」


「なんですと!?」


 うぜえ・・・、マジうぜえ。

 ムル教官の言うとおりだとすれば、弱いくせに超硬いという、まさにうざさの塊なのかタカヒコは・・・。


「おい! 荷物持ち!」


 っく、こっち向くなタカヒコ。


「なんだよ?」

 

「その武器かっこいいな! 見せてくれよ」


 タカヒコがなんだかモジモジしている。

 そういえばタカヒコの武器って、ただの棒切れだよな。


「この剣か?」


「いや、そっちの長いやつ」


「ああ、天地理矛(あめつちのことわりのほこ)か、あ、ちょっと待てよ」


 俺は万宝袋から、鉄の刃先のついた持ち手の長いものを出した。


「なにそれ! かっけー!」


「これはスコップっていう最新型の武器だ。こうして(すき)のように土を掘ることもできる」


「すげえ! 最新型かよ!?」


 俺がスコップで地面を掘り返して見せると、タカヒコは目を輝かせている。


「オオナムチ様、それは武器ではなくて農機具・・」


「スセリ、シッ!」


 そう、これは春からの水田稲作の改革のために用意した道具のひとつだ。

 現代知識を使って造ったスコップの試作品なのだが、この時代では(すき)と呼ばれる道具に分類されるようだ。

 まあ、試作品としてやりすぎてしまったところがあって、高純度の強化鋼に雷の魔法術式を組み込んでしまった魔改造品となっている。

 無駄に高性能だし危ないので、使い道がなくて困っていたのだが、頑丈なタカヒコにはちょうどいい感じだ。


「タカヒコ、おまえの心がけ次第では、この神級武具である雷神超破壊鋤(サンダースコップ)を授けよう」


「おい! いいのか!?」


「ああ、これは来年からノキ町で本格的に普及させていくつもりだが、おまえにはこの最初にして最後の零式(ぜろしき)の称号があるものを授けよう」


「マ、マジでか・・・」


 ちょろい。ちょろすぎるぜタカヒコ。

 俺も厨二だからな。厨二の心に響くモノやシチュエーションについては知り尽くしている。

 つまり、俺にとって厨二の心を操ることなど、まったくもってたやすいことなのだ。


 まわりの隊員たちの多くは、これが農具だということに気づいていて、笑いをこらえている感じだ。

 ただの(すき)だろとつぶやいている者には、鋭い視線を送って黙らせておいた。


「この武器については、ワ国の最高機密(トップシークレット)だ。最新型の武器であることが他国にばれるわけにはいかない。人に聞かれたら、これは(すき)ですって答えることができるか?」


 タカヒコは真剣な顔でごくりと唾を飲み込んだ。


「できる! やってみせる!」


「よし、やってみせろ! これはなんだ?」


 俺はスコップを指差しながら聞いた。


「す、(すき)です」


 くっそウケルwww

 真面目な顔で(すき)ですって、いやたしかに(すき)なんだよ。

 武器じゃないんだってw

 俺は笑いをこらえるのに必死だ。

 隊員たちには吹きだしている者もいる。


 すると、突然にスセリに耳を引っ張られた。


「なにをやってるんでしょうか?」


「え?」


「そういう趣味がおありなのですか?」


 涙目のスセリが何を言っているのかわからない。


「男の子に好きですって言われて喜んでるではないですか? 男の子が好きなんですか?」


「えっ! いや違う。そうじゃなくて(すき)なんだってば!」


「好きなんですね。言いましたね? ひどい。女の子に盗られるのも耐えられないのに、なんで男の子に盗られるんですか!」


 スセリが泣き出してしまった。

 (すき)が好きって・・・、どんな勘違いなんだよ。

 え? ちょっと待ってなにこのカオス?


「揉めるでないわ。まあ、ちょっと年寄りの話を聞いてくれるか?」


 オオヤマツミ様が声をかけてきた。助かったぜ! この場を治めてくれるのか!


「その(すき)とやら、わしが欲しいのう」


「そっちの話かよ!?」


 全然治めてねえ、ってか混乱しか呼んでねえ!

 タカヒコが俺の手からスコップを奪って抱え込んでいる。

 それを奪おうとするオオヤマツミ様、そして泣き叫ぶスセリ、なんだこのカオス。


「あい」


 すると、ミナが酒樽(さかだる)を持ってきた。


「よっしゃ!」


 ムル教官がハンマーで酒樽を割って、酒を酌んでオオヤマツミ様とスセリに渡した。


「おお、酒か!」


 オオヤマツミ様はうれしそうに一気に飲み干した。


「わしも酒の神のはしくれ、ほれ!」


 オオヤマツミ様は酒樽を5つ出した。ワインのような果実酒だ。


「誤解だってば!」


 俺は酒盃を渡しながら、スセリをなだめた。


「かんぱーーーい!」


 カオスにはカオスか?

 いつの間にか酒宴がはじまり、ムジナの焼肉や、ヤマメやイワナの料理が出てきた。


 俺は二時間かけてスセリの誤解をとき、スコップをもらったタカヒコは俺に服従を誓ったのだった。

 ホント、やれやれだぜ!

いつも読んでいただいてありがとうございます!

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