火神岳軍事訓練4
戦闘回なのでちょっと長いです。
俺はキャンプ地から抜け出して森に入ったタカヒコたちを、見つからないようにこっそりと尾行している。
タカヒコたちの警戒があまりに薄いので、なにかあってもすぐ助けに入れるような距離での尾行だ。
さらに、タカヒコたちの前に結界の魔法をかけてやっている。
これで魔物が出たとしても、初撃は防げることになる。
あれ、なんか俺ってわりと親切なんだな。
自分でもちょっとびっくりしている。
「おまえら油断するなよ!」
タカヒコが取り巻きの4人に対して偉そうに言っているが、一番油断しているのはどう見てもタカヒコだ。
取り巻きの4人は、この火神岳のやばさについて、うっすらとだが感じとっているように見える。
先頭を歩く鉄の盾を持った少年は、震えながらキョロキョロしているし、その後ろの太った少年は弓に矢を番えて臨戦態勢だ。
もっとも矢の先が地面を向いているので、なにかあったとしても対応できないだろうけどな。
二ヶ月間の基礎訓練で、こいつらはなにを学んでいたのだろうか。
「フン、この山もたいしたことねーな」
タカヒコがうそぶいているが、実のところは近寄ろうとする魔物に対して、俺が殺気を放って退散させているのだ。
森に入って5分ほどだが、すでに13匹ものそれなりの強さの魔物が近寄ってきている。
俺にとってはたいしたことない魔物だが、それらの一匹にでも遭遇していたとしたら、タカヒコたちは軽く全滅しているのが現実なのだ。
つまり、俺がいなければ、タカヒコたちは5分で13回も全滅してるってことになる。
骨どころかチリも欠片も残らないレベルだね。
しかし、その現実にタカヒコが気づくことはない。
いやホントにやれやれだぜ。
まだキャンプ地はすぐそこだが、あまりキャンプ地から離れるのはまずいな。
しかし、ここで姿を現すのもアレだし、どうしようかな。
と、その時、タカヒコたちの前方から、中型の魔物が猛スピードで近寄ってきた。
殺気を放ったが、それでも突っ込んでくる。
なんだ、それほど強い魔物の感触ではないが、なぜ俺を恐れないんだ?
「タカさん、なにか来ます!?」
「なんだよ?」
「ホントだ! 前から走ってくる音がしますよ」
「おい、矢を撃てや!」
「あ、あ、はい」
タカヒコに言われて、太った少年が弓を前方に向けた。
しかし、迫り来る魔物とはまったく違う方向だ。
これは絶対に当たりっこないよ・・・。
「しゃーないな」
俺は小さくつぶやくと、太った少年の矢に向けて風魔法を撃ちだした。
「うあ、あれ!?」
俺の風魔法が当たった矢は、太った少年の意志とは関係なく弓から放たれ、木々にぶち当たって揺らしながら迫り来る魔物へと向かっていく。
「よし、やれ!」
タカヒコが叫んだと同時に、100メートルほど先まで迫っていた魔物に矢が突き刺さった。
勢いのまますぐ近くまで走ってきたが、最後はスローモーションのようにあがいて力尽きて倒れた。
「やったな! おい、なんだこれすげえぞ!」
「えと、あ、はい」
タカヒコに言われて、太った少年が困惑している。
タカヒコは興奮して走り出して、あわてて取り巻きたちが追っかけていく。
おいおい、魔物の仲間がいるかもしれないんだし、もっと警戒してくれよ。
「イノシシの魔物か?」
「わからないっす」
「すごいっすね! 俺らって最強じゃないっすか?」
「そうだな。まあ、この俺がリーダーだからな」
タカヒコと取り巻きたちは、魔物の死体を取り囲んで浮かれている。
ああ、これはギガントボアだな。
体長3メートルほどの固体だから、なかなかのサイズの成体だ。
C級冒険者ならグループでないと仕留められないほどの魔物だし、こういうのが普通に徘徊してるってのが、この火神岳の恐ろしいところだ。
しかし、この程度の魔物が俺の殺気を無視してきたってどういうことだろう?
興奮状態にあったのだろうか、なんか腑に落ちないな。
てか、タカヒコたちをキャンプ地に戻らせたいのに、これは調子に乗せてしまったようだ。
このままではもっと奥に行きかねないし、さて、これは困った状況になったぞ。
仕方ないな。
事故が起きたら大変なことになるし、ここらで種明かしに出て行くか。
「おまえら、ここは危険だからキャンプ地に戻れ!」
隠れていた俺が出て行って話しかけると、タカヒコたちはあからさまに驚いた顔をした。
「おい! 荷物持ち! なんでここにいるんだ?」
「なんでもいいから早く戻れ! 魔物が出るぞ」
「おい! 見てわからないのか? 俺たちはこの魔物を倒したんだぞ! どうだ? この森のヌシじゃないのか?」
森のヌシって・・・、この程度の魔物が森のヌシだったら、この火神岳の森には5000匹くらいヌシがいるってことになる。
こちらも気づかれる恐れがあるから索敵範囲を300メートルに絞っているが、それでもこれより強い魔物は何度も近づいてきている。
いやはや、タカヒコのめでたいおつむには、ホントにあきれてどうしようもないぜ。
「いや、それは俺が倒したやつだから」
「おい! 弱いくせに姑息な手段で獲物を横取りしようってのか? こいつは俺の指示でフトシが射止めたんだぞ!」
え? この太った少年ってフトシっていうのか?
名は体を表すって本当なんだな。
おっと、いかん。問題はそこじゃない。
「だから、その矢を射たのは俺だってば」
「おい! 荷物持ち! 俺はフトシが矢を射たのを見てたぞ! それにこれはフトシの矢だ! なあおまえら!」
「はい」
くそうぜえ・・・。影から助けたのは確実に失敗だった。
情けは人の為ならずってこういうことなのか?
てか、助けるつもりじゃなくて魔物を近寄らせないつもりだったんだが、このギガントボアが殺気を抜けてくるからややこしいことになったんだよ。
直接言っても聞かないって、どうやってキャンプ地に戻らせればいいんだ?
「おい! 荷物持ち! ちょうどいいからこの魔物を持てよ!」
「なにい!?」
「おい! 荷物持ちなんだろ? 荷物持ちなんだから荷物持てや!」
「ぐ、ぐぬぬ」
タカヒコの正論と勢いに勝てぬ・・・。
悔しいが、超悔しいが、荷物持ちが荷物を持つのはたしかに当たり前のような気がする。
「おい! 盗むなよ」
「盗まねーよ!!!」
くそう、血圧が上がるぜ。
まったくむかつくが、とてつもなく不本意だが、俺はギガントボアを万宝袋に収納した。
「おい! もう一匹くらいやってくか!」
タカヒコが取り巻きたちに、とんでもない提案をしている。
取り巻きたちもギガントボアを退治して気が大きくなっているのか、あきらかにその気の顔だ。
「おい! 荷物持ちは弱いんだから帰れよ」
「ぐぬぬ」
調子に乗りすぎてて手に負えない。
さてどうしようかと思案した俺だが、そのとき索敵範囲に強力な魔物が入ってきた。
これはさっきのギガントボアの比ではない。
殺気を当てて退散とか、そういうのがまったく考えられないほどの、正真正銘のやばいやつだ。
やばい気配がビンビンだし、まだ250メートル以上も先なのに、派手な破壊音とともに木々を倒しながら、土煙をあげてやってくるのが目でも見えるのだ。
これは、タカヒコたちをかばいながらだと、この俺でも苦戦しかねないレベルの魔物だ。
あ、ひょっとしてレッドギガントボアって、この魔物から逃げてたのか?
それならば俺の殺気を抜けてきた理由がわかる。
「おまえら逃げろ!」
「おい! なに言ってるんだ荷物持ち!」
「いいから逃げろや!」
「ヒッ」
前方に本気結界を張るのに必死で、ついついきつい口調になってしまった。
タカヒコたちもびびったようで、三歩ほど後ずさって青ざめた顔をしている。
と、そうしている間に、最初の結界に魔物がぶち当たった。
濡れた紙でも破くかのように、あっさりと結界が抜かれた。
「っく」
黒くてでかい。でかいぞ。
これは・・・・タヌキの魔物か?
いや、前足の爪が極端にでかいな。
ああ、そうだアナグマだ。こいつはムジナってやつだ。
すごく美味しいんだけど、このムジナの魔物はさすがにでかすぎるな。
10メートル以上あるじゃねーか。
そんなことを考えている間にも、結界を4枚抜かれた。
もはやすぐ目の前に来ているが、こうして近くで見ると、その大きさにあらためて驚いてしまうな。
俺は天地理矛を取り出して、左手に持って構えた。
すると、ムジナは急に方向を変えて、俺の左に向かって飛んだのだ。
「んな!? って、タカヒコぉ!!」
魔物の飛んだ先を見た俺は驚いた。
タカヒコのやつ、棒で戦おうと前に出てきてやがったのだ。
逃げたとばかり思ってたのに、なんで前にいるんだよ!?
取り巻きたちは逃げているのに、タカヒコだけが決死の表情でムジナに向かってるのだ。
「おい! 荷物持ち! 逃げろ!」
まさかとは思うが、取り巻きと俺を逃がすために、キャンプと逆の方向に向けて討って出たのか?
俺一人なら楽勝なのに、勘違いの勇敢な行為で問題をややこしくしやがって。
どこまでも迷惑なヤツだが、まあもうしかたねえ!
「っつラァ!」
タカヒコに向かうムジナの前足を狙って、左手で天地理矛を撃ちだした。
一直線に飛んだ天地理矛は、1000年杉よりも太いムジナの前足を穿って地に縫いつけた。
前足を地面に縫いつけられたムジナは、錆びた鉄を強くこすりあわせたような悲鳴をあげて、激しく身体を振って暴れている。
「ムジナぁあ!」
俺は万宝袋から神級武具の生太刀を取り出して、勢いをつけてムジナに斬りかかった。
一足飛びに身体を反転させて、ひねりを加えた生太刀の切っ先は、ムジナの首に吸い込まれるように滑り込んでいく。
肉を断ち骨に当たる感触、そして骨も断ち命を奪う感触だ。
「な!?」
空中で無防備な俺の耳に、なにかが飛来する空気音が聞こえた。
まるでミサイルのようななにかが飛んでくる。
空中でムジナに斬りかかってる途中なので対処のしようがない。
「だハ!」
着弾とともにすさまじい衝撃。
ムジナの首の中ほどまで生太刀で斬りこんだところで、高音とともに飛来したなにかがムジナの胴に突き刺さり、俺はムジナごと吹っ飛ばされてしまった。
飛ばされながらも結界を張って、タカヒコと取り巻きもかばうことができた。
その勢いは止まらず、木々をなぎ倒しながら、数百メートルももっていかれてしまった。
「ぐっク」
「なんだムイチ! 派手な登場だな」
やっと止まったと思ったら、土煙の中からムル教官が声をかけてきた。
おにぎりを食べていてまったく緊張感がない。
「なにぃ!? ここはキャンプ地か!?」
とりあえず誰も巻き込まれていないようだが、なんとキャンプ地まで飛ばされてしまった。
あわてて生太刀を抜いてムジナを見ると、ムジナの胴に10メートルはある剣が突き立っていた。
剣というか、剣なのかこれは? これはもう塔のようなサイズのなにかだ。
ミサイルと勘違いしたのも納得のモノだし、そもそもどんな巨人がこんなものを振るうというんだ?
まったく意味がわからない。
すると、土煙の向こうの森の中に、あきらかにでかい人影が見えた。
「次から次へとなんなんだよ」
俺はムジナの前足から天地理矛を抜いて、生太刀とともに構えたのだった。
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