火神岳軍事訓練2
「ムル教官飛ばしてんなあ」
俺たちは火神岳軍事訓練で、中腹のキャンプ地を目指している。
これから三日間、ワ国連合加盟国から集められた若者たちに、冬山行軍や魔物との戦いなどの実戦経験を積ませて、主に戦闘力とサバイバル能力を鍛え上げるのだ。
「ヘイヘイーホォオオオオー!」
ムル教官は、山のスペシャリストであり、さらに、二ヶ月の基礎訓練で成績のよかった一軍を率いていることもあって、すごい勢いで行軍している。
ヨドエを出発してから川沿いに山を登っていて、左岸をムル教官、右岸をモウグが指揮する隊が進んでいる。
モウラが指揮して俺も荷物持ちの補佐をしている三軍こと落ちこぼれ組は、モウグの隊が切り開いた道を、モウグの隊列の後ろにつながるように行軍している。
ミナが二軍の後ろのほうにいて、時々こちらを振り返っている。
赤い着物に毛皮の靴を履いていて、とてもかわいらしい幼女なのだが、背中に背負っている大剣に、落ちこぼれ組のやつらもざわめいているようだ。
頼むからミナを怒らせないように注意してもらいたい。
「のどかだな」
一軍と二軍が道を切り開き、魔物なんかも始末してるので、はっきり言ってすることがない。まるでピクニックのようだ。
深い雪で足元はよくないが、天気はいいし楽しくなってきたよ。
「おっさん、俺らの隊ってすることないんじゃね?」
先頭のほうのいかにも悪そうな一団の中から、指揮官であるムウラに声が飛んだ。
舌を巻いた小馬鹿にしたような話し方は、はっきり言って感じが悪い。
巨体でいかつい顔をした百戦錬磨の将軍であるムウラに、こんな口の聞き方ができるなんて、その胆力にはちょっと驚いた。
俺が逆の立場だったら、絶対に無理だ。
だって、落ちこぼれ隊の三軍のやつら、態度は悪いが、はっきり言って弱い。
HPがギリギリ三桁程度の雑魚なのだ。
ムウラは3000を超えていて、はっきり言ってかなり強い。
そのムウラをおっさん呼ばわりできるなんて、怖いもの知らずなのかなんなのか、ちょっと意味がわかんないレベルだ。
ムウラがいかつい顔で振り向いた。
「一軍と二軍の手際を見て学ぶのが、貴様らの仕事だ」
「見てるだけなんてつまんねーよ」
「雑魚どもが吼えるな」
ムウラがいらついた感じで一喝するが、それでも不満の声がざわめいている。
それからもだらだらと歩いて、昼前に中腹のキャンプ地に辿りついた。
川沿いの開けたところで、少し高くなっていて見通しもよい。
ふもとを眺めると、ミホの島やヨドエの平野と湾が見える。
昼どきだからか、そこかしこに煙が立ち昇っている。
昼食の煮炊きをしているのだろう。
山と海がこんなに近いってすごいね。
空気が澄んでいるのか、日本海の向こうにはオキ島まで見えた。
「おまえらよくがんばった。ここまでに一軍は46体の魔物を、二軍は32体の魔物を仕留めた。負傷者はゼロだ。これも指揮官の指示に従い的確に処置を行った結果だ」
ほう、前のほうでは思ったより戦闘があったんだな。
何度か戦っていたのはわかったが、思っていたより多いわ。
「チッ、俺らだって前にいればあれくらい簡単なのによ」
「あの木こり野郎、俺らに活躍されるのが格好つかないってことですかね?」
「そうかもな。つまんねー野郎だぜ」
落ちこぼれ隊の悪集団は、実力に見合わぬ好きなことをほざいている。
中心にいる態度のでかい少年がリーダーのようだが、それほど力があるようには見えない。
ムル教官は、チラリとこちらを見たが、とくに注意するでもなく指示を続けた。
「一軍は燃料の薪を探しに行く。二軍は竈を作っておけ。詳しくは指揮官に従うこと」
「はい」
威勢のいい返事が一軍と二軍から上がる。
ここまでの行軍で、チームワークや指揮官との信頼や絆が深まっているようだ。
あれ、そういえば俺たち三軍はなにすんの?
「おい! 俺たちは何すりゃいいんだよ!?」
悪集団のリーダーが、ムル教官に怒鳴った。
「聞こえなかったのか? 指揮官に従えと言っただろう」
ムル教官は一瞥すると、冷たく言い放った。
「おい、おっさん、なにすりゃいいんだよ?」
悪集団のリーダーが、モウラに向き直って生意気そうな表情で言った。
いや、ちょっとこれはあかんやつでしょ。
きっちり注意しないと。
「ここで二軍の竈造りを見ていろ」
しかし、ムウラは怒るでもなく、冷静にそう言った。
「なんだと!? さっきからずっと見てるだけじゃねーかよ! なめてんのか?」
少年は激高し、その取り巻きたちも、口々にムウラをなじっている。
なんだこれ、すごく不快なんですけど。
「見るのも訓練だ。不満なら帰るか?」
「ぐっ」
ムウラに睨み返されて、さすがの少年も押し黙った。
「くそっ、デクノボウが偉そうにしやがって。行くぞ」
少年の合図で、落ちこぼれ隊の面々は、ぞろぞろと二軍の竈造りを見に行った。
「モウラ」
「なんですかな?」
「なんで怒らないの?」
「あいや」
モウラは少し困ったように苦笑した。
「山王将軍のご子息なのですよ」
「は?」
「あのリーダー格のタカヒコは、ワ国大将軍である山王将軍の長子なんですわ」
「ええっ!」
実力が無いのに、なぜ威張っているのかと思ったら、親の七光りかよ。
てか、山王将軍の息子とか、さすがにこれはおそろしい。
山王将軍こと大山咋神は、ワ国重鎮であり、その山のような巨体と威圧は猛烈なものだ。
ちなみにこの火神岳も山王将軍の領地だ。
しかし、なぜ山王将軍ほどの立派な神の息子があれなんだ?
常に戦場にいるので、子供の躾がおろそかになってしまったのだろうか?
「山王将軍は厳しく躾けてくれと言われるのですが、それがしは大恩があるゆえ、そうはできんのですよ」
まあ、たしかに山王将軍の息子とか、どう扱っていいかわからない感じではあるな。
しかし、このままではいかん。
「おい、お譲ちゃん、その剣見せてくれよ」
嫌な予感に慌てて振りむくと、タカヒコが竈造りをしているミナに絡んでいる。
「ちょ! 待ておい」
ミナに絡むとか自殺行為すぎる。
全速力で止めようと叫ぶが、ミナが怒りの表情で振り向いた。
「ぬぁ!?」
タカヒコと取り巻きたちが、声にならない声をあげて尻餅をついた。
ミナの殺気を含んだ怒気に圧されたのだ。
「ミナ!」
「あい」
尻餅をついた股の間の地面に、ミナの宝剣ライキリが振り下ろされた。
タカヒコの服が、大風に吹かれたかのようにめくれあがり、恐怖の表情とともに髪がなびいた。
硬い地面に、大きな亀裂が走っている。
森の中から、驚いた鳥たちが飛び去った。
「あ、・・あが」
タカヒコも取り巻きも、声すらあげられず動くことができずにいる。
「ミナ、剣を見せたんだよな」
「あい」
俺がとりなすと、タカヒコは取り巻きに手助けされて立ち上がった。
「ちょっとびっくりしただけだからな」
ベタな負け惜しみに、ちょっとおかしくなってきた。
俺が笑いをこらえていると、タカヒコもそれに気づいたようだ。
「荷物持ち風情が、なに笑ってんだ!」
うお、俺に矛先が向いた。
そういえば、ムウラが三軍に、俺は荷物持ちだと紹介していたな。
まあ、たしかに万宝袋を持つ俺の、荷物持ちとしての能力は高い。
しかし、荷物持ち風情とはなんだ。風情とは。
荷物持ちは大事な仕事なんだぞ!
「なんだと!?」
イラっとして、つい声が大きくなったところで、ムウラが止めにきた。
軍事訓練のためにこらえてくれということだが、くそう、次は許さんぞ!
これから三日間って、ホントに先が思いやられるんですけど・・・
いつも読んでいただいて、ありがとうございます!
すごく感謝しています。