第十三話 みんなで耕せばこわくない
村に戻ると、すぐに野うさぎが解体されて、肉は料理されることになった。
香草と一緒に煮込んでスープにするらしい。
頭を落としてすぐに血抜きの処理をしているので、肉はかなりおいしいと思う。
こういったことは、ジジイにみっちりと仕込まれている。
最強になるためには、サバイバル技術、つまり生きていくための技術は重要らしい。
現代日本の中学生だった俺は、なにを馬鹿げたことを言ってるんだと思っていたが、それが今は役立っている。
ジジイすまん。そして、ありがとう。
獣肉が臭いというのは、死んだ後に血が回るから肉が臭くなるのだ。
すぐに血抜きをすれば、臭みのないおいしい肉として食べることができる。
「お、ルウも手伝ってるのか」
「うん」
ルウはスープ作りを手伝っている。
スープができるまでの間、俺はミナ達の家作りを見に行くことにした。
◇◇◇◇◇
「え? もう完成してる?」
村はずれの空き地には、ログハウスのような家が建っていた。
「いえ、細かいところはまだまだです。姫が手伝ってくれたので、三日かかるところが二日で終わりそうですよ」
家臣団のリーダー格の人がおしえてくれた。
「え? あれなに?」
見ると、ミナが大木を両肩に乗せて歩いていた。
直径80センチ、長さは15メートルはあるだろうか。
はっきりいってありえん。
一本運ぶのにも大人が10人以上は必要そうな大木を、幼女が両肩に乗せて歩いているのだ。
これはたしかに捗るだろうが、どんな怪力なんだよ。
「あい!」
そして、家臣団の人の指示で、大木を製材しはじめたが、なんと、剣で斬っている。
あっけにとられて見ているそばから、大木がスパスパと無造作に斬られていくのだ。
ミナは力を込めている様子もないし、力みも見られない。
包丁で柔らかい野菜を切るかのような自然さだ。
ありえん・・・。
俺もよくこんな化け物に勝てたもんだ。
でも、もう二度と闘いたくないな。
声をかけずに逃げようかと思っていたところ、ミナがこちらに気づいた。
「師匠!」
満面の笑顔で丸太を飛ばしてきた。
「あっぶね!」
あわてて避けると後ろの地面に丸太が突き刺さった。
おいおい死ぬってば!
どんな挨拶なんだよ!
「ミナ、いきなり人に物を投げてはいけないよ」
俺はびびって心臓がバクバク鳴っていたが、なるべく平静を装って言った。
「あい」
あっけらかんと答えるミナ。
この姫はどんな育てられ方をしたのだろうか?
親の顔が見てみたいものだ。
いや、待て。やっぱりやめたほうがいいな。
きっと戦闘民族に違いないからな。
「あい!」
完成間近の家を前に、ドヤ顔で胸を張るミナ。
残念ながらその胸はつつましいものだが、そういうニーズが存在しているのも確かだ。
背も低いし幼児体型のミナの、どこにあんな力があるのだろうか。
しかし、このミナの力をさばけたってことは、俺の力も相当に強くなっているようだ。
祝福の力で体力や筋力が総体的に上がっている。
槍で野うさぎを爆発させることなんて、前はできなかったしな。
「広場でスープを作ってる。昼食の後は軽く稽古をしよう」
「あい」
◇◇◇◇◇
広場に戻るとスープができていた。
食欲をそそるすごくいい匂いがしている。
大きな甕に4つ、200人ぶんくらいはあるんじゃないだろうか。
「はい、どうぞ!」
村人たちが器を持ってきて、ルウがよそっている。
スープを持って帰って、それぞれの家で食べるようだ。
この村には通貨が無く、店の類も一切無い。
食べ物も富も共有物であり、村全体が家族のようなものなのだ。
町に比べれば人もモノも少ないが、みんなのんびり楽しく暮らしている様子だ。
狩猟採集の自給自足で働いている時間は短く、余暇も十分にある感じ。
時間がゆったりと流れているね。
いざこざやケンカもあるようだが、大きな事件にはならない。
村長のキクムさんや、長老の婆さんがしっかりとまとめているし、村を追われればたちまち生きていけないから、みんな仲良くすることの大切さを知っている。
この村の人々のシンプルな暮らしぶりを見ていると、人は助け合うからこそ生きてゆけるということを、強く実感させられるよ。
学校や仕事に追われて必死だった現代社会に、ちょっと疑問を持ってしまうね。
叡智の祝福の影響か、精神的にも成長しやすくなってるのかもしれない。
自分らしくない思考が沸いてくる。
まあ、とりあえずみんな幸せそうに生きているよ。
「ムイチくん、味はどうかな?」
「すげーおいしいよ!」
野うさぎ肉のスープは、やっぱりおいしかった。
塩で揉んで下味をつけた野うさぎの肉を、香草と一緒に煮込んだスープだ。
それだけなのに、ものすごくおいしい。
表面にうっすらと油が浮いたスープは、香草と肉の味もよく馴染んでいて、添加物の入っていないさっぱりとした味付けは、身体がとってもj欲しがる味だ。
ついつい三杯もおかわりしてしまった。
ルウもミナもおいしそうに食べている。
「ごちそうさま! んじゃ行くか!」
「あい!」
昼食が終わると、ミナの稽古のために村の南の荒れ地に移動した。
◇◇◇◇◇
「なんでルウまで?」
「ダメかな?」
「いや、ダメじゃないけど」
なぜかルウまで稽古についてきた。
ミナの家臣団の6人と、キクムさんの指示でジレと村人3人も稽古をするそうだ。
合計で12人と大所帯だな。
それぞれの技量や力の差も大きいし、普通なら稽古のメニューを考えるのが大変だが、俺には考えがあった。
「みんな、今日は特別な稽古を行う!」
名づけて開墾稽古だ。
荒れ地の開墾は力仕事であり、武道に必要な膂力を養うのに適している。
ミナには村にあった鉄の鍬で、荒れ地を耕してもらうことにした。
これは武道の修行かと疑問を持っていたようだが、俺のように強くなりたいなら、黙って言われたとおりのことをやるようにと言ったら、すぐに素直にやりはじめた。
ある意味扱いやすいタイプかもしれない。
そして、この素直さは伸びるタイプだな。
力任せにやるのではなく、道具を壊さないようにして耕すように注意をしておいた。
「ルウとジレはこっちね!」
ルウとジレには水平を測ってもらうことにした。
木の棒に溝を掘って水を張って、簡単な水平器を作った。
そして、町で買ってきたロープを渡して、水平の測り方をおしえた。
家臣団のリーダーの人には水平になるように、ミナに指示を伝える役目をお願いした。
残りの人は石や大きな根っこなどの異物を拾って、一箇所に固めておいてもらうようにした。
俺は各所をまわって細かい指示を出し、時にはそれらを手伝った。
ちなみに村の南の荒れ地を開墾することは、事前に村長のキクムさんに許可をもらっている。
夕暮れまで作業をして村に戻った。
「みんな、お疲れ様!」
このぶんならば、三日もすれば開墾作業は一段落できるだろう。
さすがにみんな疲れたようで、俺も村に戻ると湯浴みをして、すぐに深い眠りに落ちた。