ワ国の威を借る少年
森の中から現れたのは、模様の入った大きな盾を構えた兵士たちの軍団だった。
1000人を超える軍勢は、こちらに向かってきびきびと進軍をはじめた。
土埃を舞い上げて勇壮に行軍する姿は、しっかりと訓練されている動きだ。
イズシ町の兵士たちは、呆然として息を飲み静まり返っている。
得たいの知れない異形の軍勢を倒したと思ったら、またもや別の軍団が現れたのだ。
ミヤケ少年も対応に迷っているのがわかる。
「ムイチ、ありゃなんだ?」
異形の兵士たちはたしかに脅威だったが、それは異物としての脅威だった。
知性が感じられない集団はでたらめに攻撃を繰り返すだけで、俺たち少数での突撃で簡単に対処することができた。
しかし、目前に迫る軍勢は、練兵を重ねて統率された動きだ。
個としての能力は異形の兵士に劣るが、集団での戦闘で発揮される力は、圧倒的に勝っているだろう。
人間の力はこういったところにある。
数は個を凌ぐのだ。
「待て、この矢は威嚇だ。攻撃はしてこない」
今にも突撃しそうなミナを制止する。
射掛けられた矢の雨は、俺たちよりかなり手前に落ちていて、誰一人被害はないのだ。
戦を仕掛けてくるなら当ててくるはずだから、威嚇してからの話し合いになるだろうと予測した。
まあ、攻撃してきたら応戦するが、それは次の手を見てからでも間に合う。
富国を考えている俺は、なるべく人相手の戦はしたくないのだ。
なるべくなら人口を減らしたくないからね。
そんなことを考えていたら、俺たちまで200メートルほどのところで軍勢が歩みを止めた。
「止まったな」
ムル教官は巨大な斧を肩に担いでいる。
「まあ、予測どおりですね」
すると、軍勢の中からひときわ大きな男が歩み出た。
身につけた鎧も豪壮だし、軍団の司令官だろうか?
「こ・・・コシだ・・」
ミヤケ少年が小刻みに震えている。
コシ?
高志国のことか?
高志国とは、現代の福井県から新潟県、そして山形県の一部までの日本海側の地域を指していて、7世紀頃からは越と書かれるようになった国だ。
現代でも越前とか越後とか言うし、お米のコシヒカリの『コシ』は、このコシのことだ。
イズモやタジマとならんで日本海側の海上交易の要衝であり、イズモとも古くから交流があるはずだ。
コシは良質なヒスイの産出地で、それをイズモで加工して玉にしていたはずだ。
「王を出せ!」
軍勢から歩み出た大男が叫んだ。
静まり返っていた戦場が、にわかにざわつきはじめた。
タジマ国王の天日槍は、先だってのイナバ攻めで討ち取られ、戦後処理をしていない状態なので王が不在なのだ。
イズシ町兵士たちがミヤケ少年を見ている。
「ぼ・・」
歩み出そうとしたミヤケ少年を押し留めた。
勇気を振り絞って、ぼくだと言おうとしたのだろう。
不敵で生意気なミヤケ少年だが、王として立つにはまだ早いようだ。
天日槍という超越した王の下で、その力を発揮していたのだ。
俺は一歩前に踏み出した。
「な、なぜ?」
ミヤケ少年が慌てて俺を見ている。
「戦後処理をしたらここはワ国だ。俺はワ国の次期大王だからな。つまり、この場では俺が王だ」
大男がさらに歩み出したので、俺もそれに合わせて前に出た。
俺と大男の距離は100メートルもないだろう。
「天日槍はどうした?」
大男は荒くれ者の顔でにやけながらそう言った。
こいつは天日槍がイナバで討ち取られたのを知ってて言ってるようだ。
「俺が今の王だ」
「見ない顔だな? それに若い」
大男は値踏みするように足元から頭まで視線を動かしてきたが、あきらかに俺を侮っているのがわかる。
まあ、俺って見た目はキュートな厨二だしな。
「タジマ国はワ国連合に組み込まれた。そこにおられるのはワ国次期大王のオオナムチ様だ。我々に弓引くことはワ国に弓引くことと知れい」
ミヤケ少年が歩み出て叫んだ。
虎の威を借るって感じだが、政治とはそういうものなのだろう。
利用できるものはすべて利用して、勝利という結果を出さなければいけないのだ。
俺に好意を持っていないだろうミヤケ少年が、ワ国や俺の名前を出すということには、それなりに葛藤があっただろう。
国のためにプライドを捨てられるのは、立派なことだと思った。
俺だったら意地を張って国を滅ぼしかねないからな。
基本的にはプライドは低いほうだと思うが、ときたまくだらないことで意地を張っちゃうんだよな。
これは見習ったほうがいいだろう。
「なにい!? ワ国次期大王だと!?」
大男があからさまに慌てている。
軍勢にも動揺が広がっているようだ。
これは予想外の展開なのだろう。
イナバ攻めで敗退し天日槍という超越した王を失ったタジマ国を、体制が整う前に攻めて、勢いまかせに飲み込もうとして押し寄せたのだろう。
そもそも俺たちがここにいるのがおかしいのだ。
通常はサタの会議を終えてからここに来るまでには数週間かかるはずで、高速船レインボーの異常な速度が計算できないのは当然なのだ。
「理解したら引け!」
ミヤケ少年が強気になっている。
軍を引かせるための演技もあるだろうが、先ほどまでブルブルと震えていたのが嘘のような変わり身だ。
タジマ国ナンバー2ってパネェ。
しかし、さすがスサノオ大王のワ国ブランドってすごいな。
侮りなめまくっていた大男が、今は青ざめた顔だ。
まあ、スサノオ大王、あの男はトラウマ製造機だしな。
俺だってなるべく思い出したくないくらいだ。
コシでも大暴れしたのかもしれない。
というか、ほぼ間違いなくそうなのだろう。
これはなんとかなりそうだな。
俺はほっと胸をなでおろした。
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