第三の勢力
「カワイキュン、嘘をついていたね」
カワイキュンと別れて10分ほど歩いた頃、ルウは唐突にそう言った。
なんだかむずかしい顔をしている。
「え? なんの?」
「あ、ちがうな。嘘じゃないね。隠し事かな。なにか隠してた」
ルウは唇に指を当てて、一人納得したように空を見上げている。
「届け物ってなんだったんだろうな?」
先頭に立って森を切り拓いているムル教官が、振り向いて言った。
ちなみになぜか水色のハッピに着替えていて、背中には祭の文字が赤字で大きく書いてある。
本人に聞いたところ、斧のメンテナンスで気分が高揚したからだそうだ。
魔素の濃い森の中の策敵しながらの行軍で、敵を警戒しなければならないというのに、先頭のムル教官がこんなに目立っていていいのだろうか。
ムル教官は俺の不安をよそに、ヘイヘイホーと奇声をあげながら上機嫌で木を切り飛ばしている。
「まあ、考えてもわからないし、イズシ町へ急ごう」
カワイキュンは理解不能の生物だ。
わからないしわかりあいたくはない。
雲行きもあやしいし、早くイズシ町に着きたいのだ。
空は昼間だというのに真っ黒だ。
さすがに闇夜のような暗さではないが、宵闇程度の暗さはある。
雨は降っていないが、いつ降りだしてもおかしくないほどに黒雲が空を蔽い、時折、雲と雲の間を稲光が走っている。
森の濃密な空気が鼻につくが、それ以上に魔素が濃くなっていく。
魔素に当てられて虫や小動物が凶暴化しているようだが、俺たちに攻撃してくるほどの実力のある固体はいなかった。
そうしてとくに何事も無く、俺たちは森を抜けた。
「森を抜けたな」
森を抜けると、なだらかな起伏のある湿地帯が広がっていた。
オートマッピングの地図を確認すると、200メートルほど西に道があるようだ。
そして、イズシ町のほうを見た俺は目を見張った。
「燃えてる?」
立ち込める魔素で視界がぼやけているし、まだかなり遠いのではっきりとはわからないが、イズシ町だと思われるあたりから黒煙が立ち昇っている。
なんだかいやな予感がする。
「急ごう」
俺たちは急いでイズシ町へと向かった。
◇◇◇◇◇
「戦か!?」
イズシ町の近くの高台から見ると、町の外周の環濠に、1000人近い兵士がとりついていて、イズシ町の兵士たちとせめぎあっていた。
「いえ、あれは人じゃないよ。異界の兵士だね」
ルウが言うように、イズシ町を攻めているのは、たしかに異質な兵士たちだ。
痩せ細っているが手足が異様に長いし、手が三本ある者もいる。
しかも、矢が何本も突き刺さっているのに、まるで意に介していない様子だ。
そして、軍勢の後方には、5メートル以上ある巨人が5体控えている。
灰褐色の肌の巨人は、腕が太くて上半身がでかい。
その太い腕には丸太のようなこん棒を持っている。
こいつらが前に出たら一瞬で終わりそうだ。
対するイズシ町の兵士の顔には、恐怖の色が見てとれる。
環濠を境にして陣地を築いて有利な体制で防衛しているはずなのだが、異形の兵士相手には余裕が無い。
必死で応戦しているようだが、均衡が崩れるのは時間の問題に見える。
「ムイチ、どうする?」
ムル教官が聞いてきた。
「タジマ国はワ国連合に組み込むつもりです。その首都であるイズシ町を、わけのわからない勢力に好きにさせるわけにはいかない」
「あい」
「そうだな」
ミナが宝剣ライキリを構え、ムル教官はねじりはちまきを締め直した。
「待って、祈るね!」
ルウが白い衣をなびかせて、足を左右に踏み鳴らした。
鈴を手にして舞いはじめる。
シャンシャンと鈴が鳴り、右に回り、回り返す。
ルウが光に包まれると、遠くから地面を揺らすゴウゴウという音が聞こえてきた。
「川が溢れた!?」
川から溢れた濁流が、イズシ町に向かってうねる大蛇のように向かっていく。
そう思って見ると、濁流のその先端は、たしかに蛇の顔になっている。
泥水や木や草や石が、巨大な蛇の顔になっているのだ。
大地のあらゆるものを飲み込んで巨大化し、ついに異形の兵士たちに襲いかかった。
「すげえ」
うねる水に飲み込まれた異形の兵士たちは、バラバラにちぎれていくのが見える。
イズシ町の兵士たちは、目の前の出来事にあっけにとられているようだ。
武器を落として尻餅をついている者も見えた。
荒れ狂う濁流の蛇は、環濠の手前の異形の兵士たちをさらって森のほうへ消えていった。
後には巨人が三体と、100人ほどの異形の兵士が残っただけだ。
「蛟よ」
舞い終えたルウがつぶやいた。
「蛟?」
「水の精霊よ。水の精霊に祈ったのよ」
よくわからんが、巫女の祈りすげえ。
ワ国軍兵士でもやられちゃうんじゃないだろうか。
ああ、人間相手には使えないとか、そういう制約でもあるのかな?
まあ、とにかく敵はかなり減った。
とっとと畳み込もう。
「よっしゃ! 祭りだ!」
ムル教官が巨大な斧を抱えて突撃すると、ミナも宝剣ライキリを構えて走り出した。
範囲魔法を撃ちこもうかと思ったが、もうミナが斬りかかっている。
後方にいる巨人がミナに気づいて、こん棒を振りかぶって襲いかかった。
5メートルを超える巨人と幼女の戦いは、見た目がとってもシュールだ。
「あい」
大人二人ぶんの太さの腕とその手に掴んだこん棒が、ミナに斬り飛ばされて宙を舞った。
逆の手がミナを襲うが、それもまた宝剣ライキリの斬り返しで、肩の付け根から斬り落とされてしまった。
痛覚があるのかはわからないが、大きく開けた口からは蒸気汽船の霧笛のような野太い咆哮をあげている。
その頭も、ミナにあっさりと斬り飛ばされてしまった。
両手と頭を失った巨人は、膝から崩れて倒れ、地に横たわって沈黙した。
「ヘイヘイホーーーー」
ムル教官は両手で斧を持って扇風機のように振り回し、コマのように高速で回転しはじめた。
その回転に巻き込まれた異形の兵士たちが、細切れの欠片になって宙に舞い、地に叩きつけられていく。
100人ほどの異形の兵士の中を四度ほど横切ると、もうすでに残りは数人しかいなくなっていた。
ミナはその間にもう一体の巨人を倒していて、今は最後の巨人を相手にしている。
ムル教官が残りの兵士を片付けるとともに、ミナも最後の巨人を葬った。
気づくと、俺の出番はなく、実況しているうちに戦闘が終了してしまったのだった。
「ミ、ミナさん!?」
イズシ町から走って出てきたのはミヤケ少年だった。
「よお、少年!」
「やっと来たのか! まあ、とりあえずは礼を言おう。まあ、おまえは何もしてなかったみたいだけどな」
ミヤケ少年は相変わらず生意気な感じだが、やはりミナのほうをチラチラと見ては、もじもじとして赤い顔をしている。
たしかに俺は何もする間が無かったが、ミナは俺の弟子で、弟子の手柄は俺の手柄だ。
「とりあえず説明しろ! なにがあったんだ?」
俺はミヤケ少年に事情を聞いてみることにした。
「わかることから説明しよう。まずは町へ入れ」
「わかった」
俺たちが町へ入ろうとすると、足元に矢が落ちてきて刺さった。
ミヤケ少年が振り向く。
「え?」
町のほうを見るが、イズシ町兵士たちが矢を射るわけがない。
よく見ると、矢は町からではなく東から飛んできたようだ。
すると、次の瞬間、矢の雨が降り注いだ。
「なんですと!?」
そして、東の森から大軍が現れたのだった。
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