裏切りの小悪魔
「ねずみ!?」
深い森の中、ごつごつとした岩の上に、巨大なねずみが直立している。
灰色の毛に覆われたねずみは、小学生くらいのサイズはありそうだ。
はっきり言ってキモい。
小さいはずの生き物って、でかいだけでかなり不気味に感じるよね。
むしろ、あの歯でかじられたらやばいんじゃないだろうか。
感情のない目が怖いよ。
「ムル教官、あれなに?」
「知らん。ねずみ・・・だろ?」
すると、その横からもう一匹出てきた。
「増えた!」
ルウが驚いて叫んだ。
すると、まわりの岩陰から、まるでゲームセンターのもぐら叩きでもぐらが穴から出てくるように、ピョコピョコとねずみの大群が顔を出した。
「なんですと!?」
ちょっと待て!
森の中ででかいねずみの群れと遭遇ってなんなんだ。
ある日、森の中で出会うのは熊さんじゃないのか?
いや、熊のほうが怖いじゃねーか、それはまずい。
熊の群れとか想像しただけで洒落にならんだろ。
「ムイチくん!」
「ハッ」
いかん、くだらん想像でトリップしていた。
ざっと数えると、巨大ねずみは63匹もいる。
俺たちをじっと見つめているが、まさか餌だと思ってないよな?
一斉にかかってこられると、結構うざい展開だと思う。
森で視界も足場も悪いし、野生動物ってタフなんだよな。
黒くて無垢な目が怖いよ。
「あい」
ミナが宝剣ライキリを構えた。
すると、いきなりねずみの群れが割れた。
どこからか不思議な音楽が聞こえてくる。
「サンバのリズム?」
ネズミたちが石や木を打ち鳴らして、リズムを刻んでいるのだ。
予想外の展開だ。
コミカルでちょっとかわいい。
そして、不思議な歌が聞こえてきた。
「パッパラパラーパ、パッパラパラーパ、パッパラパラーパ、パッ、ウー!」
腕を身体に添わせ、手の甲を上にして左右に広げ、腰を振りながらひよこのような奇妙なダンスをしているその男は・・・・。
「あら、ひさしぶりだわね!」
カワイキュンだった。
「おねえさんは男じゃないわよ!」
いつの間にか隣にいて、ぐいぐいと身体を寄せてくる。
瞬間移動かよ!?
てか、なんで俺の心を読んでるんだ?
いい香りがしてくるのが、とてもいやな感じだ。
ごつくて大きな手が俺の手を掴んだ。
「ちょっと見ない間に逞しくなったわね」
そう言って俺の手を掴んで、どこかへ引っ張って行こうとする。
どこへ行くの?
いきなりすぎてついていけないし、ついていきたくもない。
「え? ちょっとムイチくん、このおじさん誰なの!?」
混乱したルウが叫ぶと、カワイキュンがすごい勢いで振り返った。
「あら、おじさんって誰のことかしら? そこの木こりのことかしら?」
「えっ、お、俺?」
ムル教官もカワイキュンの圧力に圧されている。
「おじさん、ムイチくんをどこに連れていくつもりなの?」
カワイキュンをまっすぐに見つめて言うルウ、ある意味強い・・・。
「まさか、おねえさんのことをおじさんって言ってるの? 小娘の目は腐ってるのかしら? この子はこれからおねえさんと大人の階段を昇るのよ! 邪魔しないで失せなさい!」
「おじさん、虐待はやめてください!」
カワイキュンをしっかりと見つめ返して言うルウ。
ルウつええ、そしてがんばれ!
がんばって俺を助けてくれ!
そもそもカワイキュンと大人の階段って、僕はどうなってしまうのですか?
フリフリのピンクの服からのぞいているカワイキュンの腕は太く、俺の手を握っている握力はまるで万力のようです。
チートパワーの俺が全力を込めて脱出しようとしているのだが、巨大な岩に挟まれているかのようにびくともしません。
横目でミナを見ると、カワイキュンに渡された飴をおいしそうになめている。
やばい、ムル教官も傍観者を決め込んで、おにぎりを食べはじめた。
「これだから小娘は嫌いなのよ。仕方ないわね。わたしの後にこの子を好きにしていいわよ」
「え? 本当ですか? わかりました」
「なんですと!?」
ちょっと待て!
ちょっと待ってくださいよルウさん。
なにがどうわかったんですか?
俺はまったく意味がわからないんですけど・・・。
「ちょ、ちょ待って!」
「ムイチくん、あきらめて」
ルウは冷たい目で俺を睨むと、俺の手をとってカワイキュンと一緒に引っ張ろうとしている。
なにこれ寝返ったってことか?
「待て! どゆこと!?」
「ムイチくん、わたしは既成事実が欲しいの。大丈夫だよ! わたしもはじめてだから」
「まてまてまて、ちょ」
「大丈夫よ。おねえさんが指導してあげるもの。安心しなさい」
カワイキュンがしゃべるたびに不安感が増すのはなぜなんですか?
最高の笑顔に魂が凍りそうです。
ルウが黒い笑みを浮かべて、うんうんと肯いている。
ルウ、黒いよ! 黒すぎるよ!
母さん、僕はどうなってしまうんですか?
あ、そういや俺って母さんいなかったな。
なんてそんな場合じゃないぞ、どうする俺!?
二人が言う大丈夫って、俺にとっては全然大丈夫じゃないよな?
やばい、心臓が痛い。
「あい」
空気を切り裂いて、宝剣ライキリが光った。
カワイキュンとルウが慌てて離れる。
「あぶないわね! もう飴ちゃん食べ終わったの? 飴あげたんだからおとなしくしときなさいよ! まったくこれだから子供は扱いにくいのよ!」
カワイキュンが不満たらたらのようだが、俺はミナに心から感謝した。
「さすがミナだな」
「あい」
頭をなでてやると、うれしそうな顔をしている。
俺はカワイキュンへの防御のため、すかさずミナと手をつないだ。
「チッ、惜しかったわね」
「そうですね」
いつの間にかルウがカワイキュンの手下のようになっている。
とりあえず俺は深呼吸をした。
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