魔の森を歩く
「なんだか曇ってきたな」
「あんなに晴れてたのにね」
ルウが空を見て顔をしかめた。
今回は、婆さんがどうしてもルウを連れていけというので、ルウも同行している。
タジマ国敗戦処理は、俺、ルウ、ミナ、ムル教官で行うことになった。
「それにしてもちょっと近くないか?」
「そんなことないよ。少し寒いし揺れて怖いしね」
ルウはぴったりと俺に身を寄せていて、ドキドキしている俺の心音に気づかれないか心配になるくらいだ。
しかし、なぜ女の子ってやわらかくていいにおいがするんだろうな。
さりげなくあざといルウに、俺の心は嵐に揺れる小船のようだ。
ツインテアイドル系の巫女とか、ちょっと反則だと思うんだ。
おいしいものとおいしいものを足したら、さらにおいしくなっちゃいましたって感じ?
上目使いで俺にほほえみかけてくるルウは、まさに小悪魔って言葉がぴったりとはまっている。
俺の煩悩を引き出すありとあらゆる手段に長けているのがルウだ。
そもそも、俺の攻略法知りすぎじゃねーのか?
まあ、俺が弱すぎるというのもあるけどな。
デレデレしてしまいそうだが、後ろにはミナがいる。
いや、もうしてしまっているかもしれない。
しかし、弟子の前でしっかりしようと、堕ちそうな自分と必死に戦った。
がんばれ俺の理性、もうすぐ港に着くはずだ。
オキ島からタジマ国の港へ向かう高速船レインボーの航海だが、もうすぐ港に着くというところで、にわかに雲行きがあやしくなってきた。
「雨の匂いがするぞ」
ムル教官が天を仰ぐ。
晴天だった空には暗雲が立ち込め、今にも降りだしそうだ。
まだ午前中だというのに、まるで夜闇のように暗い。
視界も悪くなってきた。
海の天気は変わりやすいというが、それにしてもあまりにも変だ。
「あれがタジマ国の港か」
タジマ国の港は日本海側の交易の要衝であり、多くの船で賑わっているはずだ。
しかし、港には人影は見えず、暗いどんよりとした中に浮かぶ町影は、まるで廃墟のように見える。
すると、ルウが俺の腕に腕をからめてきた。
ほどよいサイズの胸が腕に当たる。
「なに!?」
コミュ障童貞の俺は、あわてて声が裏返ってしまった。
なんだこのやわらかい物体は!?
このままだと妖精でいられなくなりそうだ。
すると、ルウがかすれそうな声でつぶやいた。
「魔が・・・あふれてるよ」
小刻みに震えている。
港を見て怯えているのだ。
「たしかにおかしな雰囲気だな」
港に接岸するが、船が着いたというのに誰も出てくる者がいない。
不気味に静まり返った町に、波の音が響いている。
「足元気をつけろよ」
ムル教官が船を降りて、木でできた桟橋に踏み出した。
続いて俺とルウが降りて、最後にミナが降りると俺は高速船レインボーを万宝袋にしまった。
「なんだここは? 港が廃墟か?」
ムル教官が大声で呼びかけるが、誰も出てくる気配は無い。
詰め所らしき建物にも人の姿はないし、通りにも誰も歩いていない。
「ムイチくん、わたしには感じるの。この町を魔が覆ってる」
ルウはいつになく真剣な顔だ。
一時間ほど町を見回ったが、人どころか犬なんかの動物すらいなかった。
荒らされた形跡は無いし、薄暗い町は不気味に静まり返っている。
ルウが町外れで足を止めた。
「森の奥のほうから濃い魔素があふれ出してきてる」
たしかにそう言われると、いやな気配が充満している感じだ。
「森の奥っていうと、俺たちが向かってる方向じゃねーか」
ムル教官が森のほうを見ながら言った。
「まあ、どっちみち森に入るしかない。タジマ国首都のイズシは川沿いに南下したところだからな」
今回の俺たちの目的地は、タジマ国首都のイズシだ。
この港からは徒歩で半日くらいかかるだろう。
川を進むことも考えたが、この異変が気になるので森を進むことにした。
「森を行くぞ」
「あい」
オートマッピングを確認してみると、未踏破のためかマップは暗く表示されている。
森に入って確認してみるしかなさそうだ。
「先導する。方角だけ指示してくれ」
「わかりました」
ムル教官は木こりの修行をしていて、森にとても詳しい。
ムル教官に先導してもらって、ミナとルウが続き、最後尾を俺が守る形でイズシを目指すことになった。
濃密な森の空気、鼻をつくように生命の匂いが立ち込めている。
森には高い木はそれほどなくて、背丈くらいの潅木や下草が生い茂っている。
歩きにくそうな感じだ。
「あらよっと」
ムル教官が巨大な斧を出して、肩にかついだ。
「ヘイヘイホー」
奇声とともに斧を寝かせて振り回し、障害となる草木を斬り飛ばす。
道を作りながら森の中を進んだ。
「ルウ、どうだ?」
「あっちだと思う」
ルウの感覚を頼りに方角を決めて、二時間ほど森を歩いた。
今のところは、とくにこれといったアクシデントは無いが、魔素は俺にもわかるくらい濃くなってきている。
「あれ?」
湿地帯を抜けた先、そいつは唐突にそこに立っていたのだ。
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