婆さんの話を聞きました
「ムイチくん、また来てくれたんだね。今日はヤカミちゃん達は?」
ルウがツインテールを揺らしながらにっこり笑った。
「留守番だな」
「あい」
俺はミナと二人でオキ島の村に来ている。
タジマ国の戦後処理に向かう途中で寄ったのだ。
とくに用事があるわけではないが、干物や漬物なんかの保存食と塩を贈ろうと持ってきた。
このタジマ国行きだが、スセリとヤカミはノキ町での残務で行けないということで、当初はヤエを連れていこうとした。
戦後処理なんてやったことないし、ヤエに丸投げすればとても楽ができると思ったからだ。
しかし、スセリが、ヤエと二人で行くことに激しく反対したのだ。
結果として、ミナと二人で行くことになった。
ミナと二人で村に来るなんて、この世界に来た頃のことを思い出して、少しなつかしく思えて感慨深いものがあるな。
まだ三ヶ月くらいなんだけど、毎日が濃かったからなあ・・・。
「おい、俺もいるぞムイチ!」
なにやら隣でおにぎりを食べている男がわめいている。
「なんでその他の村人Aみたいな扱いなんだよ! 俺はムル教官だ! メインキャラだろうがよ!」
「あえ?」
「あえじゃねーだろうが! もう結構な付き合いだろうがよ!」
おにぎりはさらにわめいている。
「おにぎりじゃねーよ! 村人から食べ物に格下げしてんじゃねーよ! ム ル 教 官! って、マテおいミナ! 剣を抜くんじゃねー! 俺はタジマ国随伴の味方だろうがよ!」
「なにその木こり?」
ルウが顔をしかめて聞いてきた。
「おいルウ、おめーはイナバ行きで会ってるだろうが! てか、斧出してねーのになんで木こりってわかるんだよ! エスパーかおまえは!」
ミナが殺っちゃっていいかって目で聞いてきたので、うんと即答する。
「おいそこ! 殺しのライセンスを発動してんじゃねーよ! なんの権利だよ!? 人の生殺与奪の権利を勝手に発動してんじゃねー! おい、ミナやめろ! あぶねーだろうが!」
「ムル教官、騒ぐのやめてよ」
「・・・・・」
ぶつくさ言うムル教官を華麗にスルーしながら、村の広場で万宝袋から保存食なんかを出した。
「ムイチ、ありがとう」
村長のキクムさんにお礼を言われた。
いやあ、喜んでもらえるとうれしいよな。
ルウが振り返った。
「ムイチくん」
「ん?」
「せっかくだから婆様に会って行ってよ」
「婆さんに?」
「うん、ムイチくんが来たら喜ぶと思う」
「そうか? まあいいけど」
「こっちだよ! いこ!」
ルウが手をつなごうとしてきたが、ミナがその手を掴んだ。
「ぐぬぬ」
ルウがミナをにらんでいる。
この二人は本当に仲がいいな。
「んじゃ行くか」
ミナが俺に手をつないできたので、ルウとミナと俺で手をつなぐ形になった。
ミナがときおりぶらさがって楽しそうにしている。
こうしてると普通の幼女だ。
鬼子とおそれられ、将来は出雲最強の武神と呼ばれるのが嘘みたいだな。
俺たちは婆さんのいる洞窟に向かった。
◇◇◇◇◇
「なんか雰囲気変わったな」
洞窟の中は以前より明るくなっていた。
最初に来たときのような、現実離れした雰囲気がなくなっているのだ。
「祀りをしてないからだね」
ルウが答える。
「祀り?」
「ワ国の官吏に祀りを禁止されたんだよ」
「そうなんだ」
この村を訪れたサルダヒコ元帥だが、強い自治権を持っていて、独自の裁量が認められている。
だから俺はサルダヒコ元帥が、どう動いているのかわからないのだ。
スサノオ大王の特命とか受けてるのかもしれないな。
まあ、それだけの能力あるからな。
洞窟の奥へ行くと、婆さんが静かに座っていた。
婆さんは俺に気づくと、一瞬驚いて目を見開いた。
「次期大王よ! よく来られた」
「よせよ婆さん、そんな大袈裟なもんじゃない」
「ワ国は大八島を覆う最大の炎じゃ。これが大袈裟でなくてなんとする?」
大八島とは、古事記神話でイザナギとイザナミの二柱の神が国生みとして生んだ島で、淡路島、四国、隠岐島、九州、壱岐島、対馬、佐渡島、本州の八つの島のことだ。
「炎?」
「そうじゃ。炎は大きく燃え広がってしまった。わしらの時代は終わりじゃ」
「巫女の時代ってことか?」
「そうでもあり、そうでもない。ムイチよ。次期大王として、わしが先代から伝えられた話を聞くか?」
婆さんはそう言って目を見開いた。
ヨーダみたいでこええw
「ああ、聞かせてもらうよ」
「年寄りの話は長いぞ。ルウよ。茶を持ってまいれ」
婆さんはそう言うと、ぽつりぽつりと語りはじめた。
「万のはるか昔じゃ。人間は道具も持たず弱かった。外敵に怯え、洞窟に隠れ棲んでかろうじて生きていたのじゃ。一生のほとんどを洞窟の中で過ごしていたわけじゃが、そこで生まれたのが踊りじゃ。左右に足を踏み鳴らす踊りに、ご先祖様は精霊を見たのじゃ」
「精霊?」
「そうじゃ。山や木、雨、水、火、動物、あらゆるものの中に精霊を見たのじゃ。精霊によって人は自然と対峙することができた。この荒ぶる自然を鎮めるために精霊に祈ったのが祀りであり、それを司る巫女が長になったのじゃ」
婆さんは傍らに置いてあった祭祀用の弓を手にとった。
「これが何かわかるか?」
「弓? 祭祀用の弓だよな」
「そうじゃ。これが人を洞窟から出したのじゃ」
「弓が?」
「ひ弱な人間が、弓によって動物を狩るようになった。隠れ棲んで狩られる側だった人間が、狩る側になって洞窟から出ることができた。そして地に増えたのじゃ。そこで生まれたものがわかるか?」
婆さんが俺に聞いてきた。
ルウも考え込んでいる。
「農耕とか?」
「まあ、それもじゃな。人間が増えて生まれたもの、それは自我じゃ。人間が少なかったころ、人と人は手を取り合って自然に立ち向かうものだった。そうしないと生きていけなかったからじゃ。じゃが、人が増えて自然の力が弱まると、人は自我に目覚めたのじゃ。自我は私利私欲となり人と人との争いが生まれたのじゃ」
何万年前かわからないけど、道具も持たなかった原始人類は、外敵の脅威にさらされながら洞窟に隠れ住んで生きていた。
そこでの踊りに精霊を見て祀りがはじまった。
それが弓矢なんかの外敵へ対抗する手段を得て地に増えた結果、人は自我に目覚め私利私欲を持ったということか。
たしかに集団として生きることに必死な状態なら、私利私欲なんて考えてる場合じゃないもんな。
「人は、農耕、牧畜によって富を持つようになった。暮らしは豊かになったが、富は争いを大きくした。やがて戦争が生まれた。戦士の長は王になった。これがワ国スサノオ大王じゃ」
人が増えて集団で狩をすれば大きな獲物も狩れる。農耕や牧畜なんかの集団作業もできる。
結果として、余剰な生産物ができて、それが富として蓄財できるようになったわけか。
そして、その富を奪う略奪や、その大きな単位である戦争が生まれたのだろう。
今まで意識して考えたことがなかったが、なんだかとても納得できる話だ。
「わしらの先祖は、そこから抜けたのじゃ。祭祀長だけが言い伝えを授かり、森の中に隠れた。そして、狩猟採集で富を持たず、自然に祈りながら生きてきたのじゃ。じゃが、それもわしの代で終わりじゃ。大きくなった炎には抗えぬ」
サルダヒコ元帥が来る前から、この村にはキクムさんという村長がいた。
この村も変化の最中だったのだ。
「どうすればいいんだ?」
「わしは伝えられたことを話しただけじゃ。どうすればよいかなどわからんよ」
婆さんはそう言うと、話し終えた満足感からか、少し笑ってお茶を飲んだ。
争いを避けるために生まれた隠れ里が、隠れきれなくなって隠れ里としての歴史を終えようとしている。
しかし、キクムさんや村人たちを見ても、暮らしが豊かになっていくことが悪いことだとは思えない。
変化は彼ら村人たちの望みでもあるのだ。
俺たちは婆さんに挨拶をして、洞窟から出た。
「ムル教官、俺はどうすればいいんだろう?」
結局は、現代へと続くこの流れは、変えられないものなのかもしれない。
結果は決まっていて、ただ早いか遅いかの違いだけなのではないだろうか。
「さあな。その答えを探し続けることが大王の道なんじゃないか?」
ムル教官は、そう言うと手に持った袋からおにぎりを出した。
「そうですね」
今はまだ俺に答えはない。
でも、いつかそこに辿りついてみせる。
俺たちは高速船レインボーに乗り込み、タジマ国の港へと向かった。
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