冬の準備は万全っぽいです
内政的な感じです。
途中に多少の混乱はあったものの、サタでの大会議は無事に終了した。
今回は閉会式で天冬衣さんに歌を歌ってもらった。
おいしい食事の晩餐会に最高の芸能、ワ国連合加盟国首長たちだけでなく、その場にいる全員が感動の涙を流していた。
これで、来年の会議の参加者はもっと増えるだろう。
むずかしくてめんどくさい会議を、おいしい食事と芸能で楽しいものに変えるのだ。
直会は大事なのですよ!
「御館様、集計が終わりました」
ヤエが書類を持ってきて、俺の前に置いた。
「ありがとう」
会議の翌日、俺はミホの研究所で、ヤエとヒナと一緒に机を囲んでいる。
「うまくまとめてあるな」
「量の多いものは青で記してあります」
「さすがだな。目を通すよ」
ヤエに集計してもらったのは、ワ国連合加盟の513国の生産品の統計だ。
道具、鉱物、食品などをどの国でどのくらい作っているか聴き取ったもので、翌年の交易レートを決めるための基準になっているものだ。
その中で俺が注目したのは、調味料なのである。
この時代に、どれくらいの調味料があるのか、どこで作っているのか、それをヤエに抜き出してまとめてもらったのだ。
食の充実は人口増加に直結するので、とくに大事だと考えているからだ。
「なに!? 醤油があるのか!」
俺が突然立ち上がって大声をあげたものだから、ヤエとヒナが驚いている。
「ごめんごめん」
謝って座りなおす。
俺が驚いたのは、この時代にはまだ無いとあきらめていた醤油が、少量ながらすでに生産されていることだった。
現代の醤油とは違うだろうけど、これはすぐに取り寄せてみないといけないな。
また、味噌も生産されていた。
思った以上に、豊かな世界なんだな。
基本的には現代とそんなに変わらないのかもしれない。
しかし、そこに重要な調味料が無いことを確認した。
酢である。
ちなみに酢は、人間が作った最古の調味料と言われている。
紀元前5000年のバビロニアですでに記録があり、ナツメヤシや干しぶどうの酒やビールから酢を作ったと考えられている。
酢には防腐作用があり、食料の保存に有効だ。
酢の殺菌力はたんぱく質を変成させる力によるもので、酢に漬けておくとチフス菌は10分で死滅、大腸菌なども30分で死滅するのだ。
冬に雪が降っている間の食料の備蓄だけでなく、夏に食べ物が腐るのを防ぐこともできる。
また、食欲増進の効果もあり、薬として用いられていた時代もあるらしい。
この酢だが、日本では4~5世紀に中国から醸造技術が伝えられたと伝わっている。
つまり、この時代にはまだ酢が伝わっていないということだ。
それをヤエのまとめてくれた資料で確認したのだ。
「ヒナ、酢を作るぞ」
「ん?」
ヒナはゆるいウェーブのかかったボリュームのある髪を揺らして振り向いた。
なにかの本を読んでいたようだ。
ヒナの研究内容は多岐に渡っていて、得体の知れないものも多い。
研究所には不気味な標本や、立入り禁止で封印されたあかずの間も存在する。
しかし、ヒナの研究能力は本物だ。
ヤエとヒナが揃うと、なんでもできる気がしている。
「酒から作る調味料だ。殺菌効果があって食料の保存にも有効だ。製法を記しておくから研究してくれ」
「いいよ」
あっさりとした返事だ。
やりたいこと優先で、やりたくないことは絶対にしないという扱いにくいヒナだが、酢の醸造には興味が沸いたのだろうか。
まあ、これで酢の生産は確実にできるだろう。
塩はすでに各地に生産拠点を作っているし、雪が降る前にかなりの量ができる。
人口が急激に増えたイズモ国だが、食料の確保はなんとかなりそうな目処がついた。
酢の製法とともに、味噌や醤油についてもわかる範囲の製法を記してヒナに渡した。
「ヤエ、後はよろしく頼む」
「御意」
俺はノキの町へと向かった。
◇◇◇◇◇
「住居もなにもかも問題ないよ」
ホヒは端整な顔に笑顔の花を咲かせ、誇らしげにそう言った。
仮設住宅は、正式な住居に変わっていて、簡易ながら上下水道も整備されている。
また、田畑と用水路も完成し、畑では野菜を作りはじめているそうだ。
天穂日命、高天原からやってきた稲穂と太陽を象徴する農耕神の名は伊達じゃないな。
思っていた以上の速度でノキの町は発展していた。
「炭の増産もうまくいってるぞ」
斧をかついだムル教官が言った。
ムル教官には、冬の間の暖房のために木炭の増産を頼んであったのだ。
この世界では電気や石油がまだ無いため、冬の間は薪や炭で暖をとるしかない。
よく乾かした薪でも煙がたくさん出るし、すぐに燃え尽きてしまって効率が悪い。
しかし、きちんと作られた炭なら、煙も出ないし燃焼時間も長い。
こうした品質の高い木炭を作るために、現代知識による炭窯を各地に作って炭焼きを行った結果、これもなんとか間に合ったようだ。
「ムイチの設計した炭窯と製法はすごいな。ものすごく良質の木炭ができたぞ」
「はは、それはよかったです」
俺が設計したわけではなく現代知識をなぞっただけなのだが、説明しようがないのでそういうことにしておこう。
現状行われていた炭焼きは、木を積み重ねて火をつけ、火がまわったら土をかけて蒸し焼きにする伏炭法で作られたやわらかい和炭だった。
この和炭は、火はつきやすいのだがすぐに燃え尽きてしまい、暖房用の燃料には向いていない。
そこで、土魔法で炭窯を造り、炭焼きの製法をおしえたのだ。
食料や住環境、冬への備えは順調に進んでいる。
俺はミヤケ少年と約束したタジマ国へ向かうことにした。
いつも読んでいただいてありがとうございます。
ブックマークや評価ポイントは、本当にうれしくて励みになっています。
今後ともよろしくお願いいたします。