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スサノオ大王の大戦略

「あ、が、がが・・が」


 天日槍(あめのひぼこ)は、ミナに呆気なく斬られた。

 それを間近に見た少年は、顔面蒼白(がんめんそうはく)になって絶句している。

 勝利を確信した直後の完膚なきまでの敗北、信じられないこと、信じたくないことが一瞬で起こったのだから、混乱するのも無理はない。


「少年、戦を終わらせるぞ」


 少年に声をかけると、俺は地面に転がっている黒馬の首を手にとった。

 そして、砦のふちに足をかけて眼下の谷に向かって立ち、黒馬の首を掲げた。

 天日槍の突撃とともに戻ってきていた兵士たちが、砦の上に現れた俺に気づいた。

 数千の目が息を飲んで俺を見つめている。


「タジマ国兵士たちよ! 天日槍(あめのひぼこ)は討ち取った! 早々にイナバより立ち去れい!」


 まあ、討ち取ったのはミナだけど、ミナは俺の弟子だしいいだろう。

 弟子の手柄は俺の手柄だ。


 砦から谷底に向けて勝鬨(かちどき)の声が響く。

 絶対的不利の負け戦が、一転して圧勝なのだから、砦の守備兵たちの歓喜は一際(ひときわ)だ。


 逃げるタジマ兵に、砦の守備兵たちが追撃をかけようとしたが、それよりも早くタジマ兵たちは去っていった。

 天日槍(あめのひぼこ)という王が討たれたことで、タジマ兵たちの心は折れてしまったようだ。

 天日槍(あめのひぼこ)が、タジマ兵の精神的支柱となる突出した覇王だった証だ。


 俺は振り返ると、目を見開いてぶつぶつとつぶやいている少年に声をかけた。


「少年、天日槍(あめのひぼこ)がこうなったのはいつからだ?」


 少年はチラリとこちらを見たが、やはり呆然自失(ぼうぜんじしつ)という感じだ。


天日槍(あめのひぼこ)は人じゃないぞ?」


「あえ!?」


 驚いて頓狂(とんきょう)な声をあげる少年に、天日槍(あめのひぼこ)の鎧と兜を見せる。

 巨大な黒い鋼鉄の鎧、その中身はすでに空洞であり、死体がさっぱり消えていた。

 兜の中もがらんどうだ。


「死体が消えているだろう? おっと、手品じゃないぞ。天日槍(あめのひぼこ)はエネルギー体というか実体化した思念体というか、何者かに造られた者だ」


「なんだと!?」


 少年が生気を取り戻した目で、俺を(にら)みつけている。


「いつからこんな感じだったんだ?」


 少年は俺の問いに考え込んでいる。

 智謀(ちぼう)の将が思案の対象を見つけて、一気に生気を取り戻したようだ。


「わからない。僕が仕官した3年前から変わらない」


「今回の遠征の目的は?」


「察したとおりだ。ワ国会議に乗じてイナバ国を切り取ることだ」


「発案は天日槍(あめのひぼこ)か?」


「そうだ」


「そうか・・・むぅ・・」


 俺は少し困惑してしまった。

 この天日槍(あめのひぼこ)は、ほぼ間違いなくスサノオ大王の手によるものだ。


 天日槍(あめのひぼこ)が、人間ではなくスサノオ大王に造られたものだということは、近くに立って対峙(たいじ)したときにすぐにわかった。

 威圧の量はまったく違うが、威圧の質がスサノオ大王を示していた。

 ものすごく薄めたスサノオ大王って感じ?

 分身とかそんな感じに思えたのだ。

 だからミナに斬らせた。


 しかし、スサノオ大王の構想の中の策とした場合、このイナバ国攻めは熾烈(しれつ)すぎる。


 今回はこうして俺たちが間に合って事なきを得たが、はっきり言ってありえないことだ。

 イナバ攻めの失敗に少年が驚くのも無理無いし、砦を守れたのは奇跡と言っても差し支えないだろう。


 高速船レインボーで俺たちが駆けつけるなんてことは予測できるものではなく、普通に考えれば、砦は突破されイナバ国は甚大(じんだい)な被害を受けていたはずなのだ。


 そしてそれは、サタでワ国会議に参加して国を空けることの危険性を、ワ国連合の首長たちだけでなく全国に知らしめることになる。

 国を空けると、その間に攻め込まれるかもしれないという恐怖だ。


 それはワ国連合参加への障害(しょうがい)になるし、ワ国連合の長であるスサノオ大王の策としては、ありえないことだと思うのだ。


「なにを思案している?」


 考え込んでいる俺に、少年が聞いてきた。


「タジマ国の処遇(しょぐう)だ。どうするべきだと思う?」


「敗戦の将に問うのか? キミは残酷な男だな」


 半分嫌味、半分本気のように吐き捨てる少年、まあたしかに少年に聞くことじゃないな。


「俺はこれから会議に戻る。少年は解放するから国で沙汰(さた)を待て」


「僕を放逐(ほうちく)するというのか?」


「ああ、そうだ」


「なぜだ?」


「連れまわすのは面倒だし、ここに置いても面倒が増える。国に帰したほうがいいのさ」


「僕はこう見えてもナンバー2だ。兵をまとめて再び攻めるかもしれないぞ」


「はは、俺たちを間近で見ていてそれはないだろう。勝てると思うのか?」


「ぐむう」


 俺が余裕の笑顔で言うと、少年は押し黙るしかなかった。


「サタに戻ろう」


 砦の将に少年の解放を頼んで、スセリが治療しているところへ向かう。

 少年は去っていく俺たち、いやミナをチラチラと見ていた。


 石を削った細い階段を歩いて砦の後方に行くと、ちょうど治療が終わったところだった。


「スセリ、よくがんばったな」


「はい」


 スセリがうれしそうに微笑んだ。

 安定のかわいさだ。

 ヤカミに寄り添われてデレデレしていたことに罪悪感を覚えたが、まあセーフということにしておこう。

 俺は自分に甘いのだ。


 ウラドメ港に戻り、高速船レインボーに乗り込む。

 サタの会議は夜だから、帰りは普通の速度でいいだろう。


 潮風と鳥の声、天気もいいし海は気持ちいい。

 さっきまで戦をしていたなんて、信じられない感じだ。


「スセリ、スサノオ大王って分身とかできちゃうの?」


 操舵輪(そうだりん)を握る俺の後ろにいるスセリに、気になっていたことを聞いてみた。


「父にできないことのほうが少ないと思います」


 あっさりと答えるスセリ、てかやっぱできるのかよ。

 おいおい、逸脱(いつだつ)しすぎだろw

 まったくもって人じゃない。

 あ、人でなしじゃなくて人間離れしてるっていうか、現人神(あらひとがみ)ってことね。


天日槍(あめのひぼこ)はスサノオ大王の分身だったよ」


「そうですか」


「ああ、かなりの威圧だったけどミナが倒した。これってスサノオ大王の狙いってなんだと思う?」


「うーん」


 スセリは考え込んでいる。

 そして、しばらくして口を開いた。


「タジマ国を手に入れるためだったのだと思います」


「ん?」


天日槍(あめのひぼこ)によってタジマ国をまとめさせ、そしてその天日槍(あめのひぼこ)を討つことでタジマ国を手に入れる。国取りを加速させるために、ご自分の分身を送り込まれたのだと思います」


 国をまとめるには王が必要だ。

 そしてその王を束ねているのがワ国連合の長であるスサノオ大王だ。


 この世界では、まだ国の形が定まっていない。

 人口密度も低いし、小さな国が乱立している。

 独立して自治している町や村も国を名乗っているほどだ。


 メディアも情報網も交通網も発達していないから、地域ごとの格差が大きい。

 狩猟採集で生活していて、定住していない山の民や海の民もいるようだ。

 というか、本格的な農耕がはじまらないと定住社会にはならないはず。

 普通ならあと300年以上かかるのかもしれない。

 まあ、これは俺が加速させるつもりでいるけどな。

 理由はうまいものが食べたいからだ。


 おっと、話が脱線した。


 それらの国と呼べないような国までを、スサノオ大王がひとつひとつ束ねていては、時間がどれだけあっても足りない。

 スサノオ大王は自分の分身を、王が不在の地域に王として送り込むことで、その地域に国を造り、その国をワ国連合としてまとめようとしているのではないだろうか?


 壮大な自作自演だが、スサノオ大王の能力なら可能だし、数百年、いや下手したら1000年の時間短縮になるのかもしれない。


 スサノオ大王が何を見ているのか、なにを目指しているのか、断片的な情報しか持っていない今の俺にはまだわからない。

 まあ、壮大なスケールでなにかが進行しているのだけはわかる。


 俺は自分の目と耳でしっかりと確かめながら、自分にできることをしっかりとやろう。

 それが俺の国造りだ。


 サタへ向かって船を走らせながら、俺はそんなことを思ったのだった。

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