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戦場の狂戦士

 ウラドメ港に入港した。


 ここは現代では鳥取県の東の端、浦富海岸(うらどめかいがん)として山陰ジオパークに登録されている。

 日本海の荒波が作り出した景勝地として、透明度の高い海に、侵食された岩による複雑な地形、洞門、洞穴、奇岩が並んでいる。


 俺も昔、ジジイに連れられて来たことがある。

 遊覧船でテンションの上がったジジイと、奇岩の上で組み手をさせられたのは黒歴史だ。

 現代より海が内陸部まで来ていて、かなり景観は違っているな。


「ヤカミ、案内してくれ!」


 ヤカミの先導で砦を目指す。

 拘束したまま少年を肩に(かつ)ごうとすると、嫌がってかなり暴れたが、ミナが宝剣ライキリを構えるとすぐにおとなしくなった。


「急ぐぞ!」


 奇岩の間を縫うように走って、戦場である砦へと向かう。

 空に煙の筋が立ち昇っているし、戦の怒号も聞こえてきた。

 砦に近づくと、大勢の兵士が集まっているのが見える。


 思ったとおりだ。

 タジマ国はイナバ国へと侵攻しているのだ。


 補給だろうか、矢の束を抱えている兵士に、ヤカミが声をかけた。


「そこの者、指揮所はどこです?」


「あ、え?」


 兵士はヤカミを見て、一瞬呆気にとられた後、我に返って答えた。


「は、はっ! 右手の第四砦であります!」


「ありがとう」


 砦につくと、多くの兵士でごった返していた。

 砦は四層になっていて、戦場は下のほうだ。

 ここまではまだ矢も飛んでこない。

 一定時間ごとに交代で戦っているのだろう。

 負傷者が後方に運ばれていった。

 血の匂い、怒号と叫び、焼け焦げたような空気がここが戦場だと知らせてくれる。


「スセリ、負傷者の手当てを!」


「はい」


 後方には負傷者が大勢いるので、スセリの治癒魔法で治療してもらうことにした。


「指揮所は向こうです」


 ヤカミの先導で指揮所を目指す。

 岩を削った階段を歩いて、やがて見晴らしのよい指揮所に着いた。

 10人ほどの武官が眼下の戦況を、厳しい表情で見つめている。


「まだ小競り合いだな」


 第一砦は突破されているようだが、第二砦で膠着(こうちゃく)しているようだ。

 お互いに矢を撃ち合い、砦からは石も落としている。

 谷底にひしめく敵兵の数だが、煙と砂埃(すなぼこり)で視界が悪く、確認することができない。

 しかし、見えているだけで5000人以上いるから、寡兵(かへい)ではないことは確かだ。

 対するイナバ国側は300人もいないように見える。

 数だけなら圧倒的に不利だ。


「フン、こんな砦、時間の問題だな」


 俺の肩越しに少年がつぶやいた。


「どうだろうな? 狭い谷にある砦だから、言うほど数が優位になってないみたいだぞ」


 俺の言葉に、少年は舌打ちをした。

 だが、たしかに数が違いすぎる。

 このままでは砦を抜かれるのは時間の問題に見える。


「ヤカミ姫様!?」


 指揮所の一人がこちらに気づくと、立派な鎧にマントをなびかせて、指揮官らしい男がこちらに駆け寄ってきた。


「ヤカミ姫様!? なぜここに?」


 指揮官の男からは、厳しい表情に一瞬だけ歓喜の色が見えた。

 自分より上位の者が現れたことに、ほっとしたのだろう。


「戦況を聞かせなさい」


「ハッ、一時間ほど前にタジマ国が突然に攻めてきました。砦に詰めていた兵で応戦しましたが第一砦は間もなく突破されました。第二砦に下がり、近隣の兵を集めて250名ほどで応戦しているところです。なんとか持ち応えていますが、状況はよくありません」


「援軍の要請は?」


「援軍要請の伝令は出しておりますが、王および豪族族長などが不在のため判断ができず、派兵を見送っているところが大半のようです」


 ヤカミは一瞬、天を見上げて、大きく息をした。

 美しい顔が凛と張り詰める。

 美人って正義なんだなとあらためて納得してしまう表情だ。


「出ます! ついてきなさい!」


「イエッサー!」


 その場の男、全員が声を揃えて従った。

 もちろん俺もだ。

 この女神様に逆らえるわけがない。

 いや、むしろ従うことこそ歓喜なのだ。

 ヤカミを先頭に、戦場である第二砦に向かう。


 岩の階段と細い通路を下って、第二砦の上に着いた。


「危ない」


 矢が飛んで来ているが、ヤカミは気にも留めていない。

 ヤカミが右腕を振ると、空中に巨大な炎がまきおこった。

 砦の前の空が業火で覆われた。

 赤い空に矢が焼かれて落ちていく。


「すげえ」


 ヤカミすげえ、感情の高ぶりで魔力が上昇している?

 それとも本気出したってやつ?

 よくわからんが、ヤカミの魔法はすごいレベルだ。

 詠唱(えいしょう)もしていないのにこの威力って、実はヤカミって大魔道師的な感じか?


 突然の出来事に、敵味方のすべてが動きを止めている。


「わたしはイナバ国皇女、八上姫(やかみひめ)です」


「うおおおおおお!」


 ヤカミが名乗ると、砦のイナバ国兵士たちから地鳴りのような歓声があがった。


「侵略者たちよ! 業火に焼かれたくなくば退()きなさい!」


 凛と通る声、美しい顔、天性のカリスマだ。

 しかも、ステージ慣れしているヤカミは、一瞬でこの場を支配してしまった。

 敵味方ともにヤカミに釘付けになっている。

 男たちの(ハート)鷲掴(わしづか)みなのだ。


 女神というか戦乙女(アテナ)というか、このヤカミに心奪われないやつはゲイでしょ。

 一瞬、カワイキュンの顔が浮かんだが、戦場の空気に我に返った。


 ヤカミの圧倒的な美しさ、なんかもうこのまま休戦になりそうな勢いだな。

 すると、ヤカミが俺の手を引いてきて、ヤカミの隣に立たされた。


「え?」


 すべての視線が俺に集中する。


「我が(つま)、ワ国次期大王であるオオナムチ様もおられるのです! 侵略者たちよ! 今すぐ退()きなさい!」


 ヤカミが俺の腕に腕をからめて、肩に頭をのせてきた。


 戦場の時間が止まった。

 なんだこの空気は?


 俺に向けられている視線の熱が上がる。

 いや、これは殺気だ!

 嫉妬が殺気に変わったのだ!


「グボオガブォオオオオオ!」


 得体の知れない怒号で砦が揺れた。


「なんですと!?」


 敵味方のすべての男から、俺は敵認定されたのだ。


「あれ? 間違えちゃった?」


 ヤカミは小さな舌をぺろっと出した。


 ヤカミへの好意が俺への嫉妬に変わり、それが殺意となって、戦場の男たちは狂戦士(バーサーカー)になった。

 終結するかと思われた戦争は、より激しくなって第二幕を迎えたのだった。

いつも読んでいただいて、本当に感謝しています。

ブックマークをしていただいたり、評価ポイントを入れていただけることが、とても励みになっています。

今後ともよろしくお願いいたします。

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