高速船レインボーは超速です!
勝ち誇る少年の後ろから、海を埋め尽くすような戦船の群れが近づいてくる。
これが本隊か!? 少年が指揮してきたカマタや賊たちは、先遣隊として陽動に派兵されていたというのか?
戦船の群れはサタ湾の入り口を塞ぐ形で動きを止めた。
俺たちのところからは、まだ1キロくらい距離がある。
上陸前に海戦を望むということか?
サタの港に常駐している船は、会議に参加するワ国連合の豪族の船が入港するため、ミホなどの港に移動してある。
つまり、イズモ国として動かせる船は10隻にも満たないだろうし、この数の戦船とは戦いの形にすらならないだろう。
そこまで考えて、この時期のサタを狙ったというのだろうか?
それとも湾内の港のカマタや賊たちが、船を焼き払ったり工作する時間を待っているのだろうか?
少年がここにいるということから、カマタと賊たちをヤエが阻止していることは、まだ戦船の船団には伝わってはいないだろう。
しかし、時間をかけるだけこちらに優位になる。
ミホやイズモから援軍が集まってくるし、サタにはサルダヒコ元帥と軍団がいる。
戦船の数を揃えているのだから、不意打ちで電撃的に攻めるのがセオリーだと思うのだが、船団は動く気配がない。
なにがというわけではないが、なにか違和感があるんだよな。
俺が思案していると、少年が戸惑った顔で口を開いた。
「逃げないのか?」
これだけの船団を前にして、俺がうろたえていないことを不思議に思ったのだろう。
まあ、実際に俺をはじめとして、ミナ、スセリ、ヤカミもまったく動揺していない。
最初はびっくりしたけど、この程度の船団なら俺たちだけで簡単に沈められるだろう。
この時代の木造船なんて武装もしていないし、防御力も弱いしな。
スセリがすでに結界を張っているし、この距離では矢も届かない。
俺にとって逃げる必要性が無いから、逃げるという選択肢を考えつかなかったのだ。
しかし、それは俺たちがチートでイレギュラーな存在だからなわけで、普通は少年が言うように逃げるものなのだろう。
たしかに数ヶ月前の俺なら逃げていた。
でも、スサノオ大王やらに鍛えられた今では、この程度ではびくともしない精神構造になってしまっているわけだ。
なにげに心も強くなってることを実感させられてしまった。
「逃げて迎撃態勢を整えるべきだろう?」
少年が俺を諭すように言った。
たしかに普通はそうだろう。
こちらは港に布陣して上陸を阻むのがセオリーだ。
これだけの戦船の船団といえども、待ち構えられているところに上陸するのはむずかしい。
睨み合いの膠着状態になるのは目に見えている。
船は補給がしにくいことから考えても、陸地であるイズモ国が圧倒的に有利だ。
なのに少年は俺たちに逃げるように促している。
これが不自然で違和感を感じる原因なのだ。
少年はこの歳で指揮官をまかされるほどなのだから、よほどの逸材なのだろう。
時間をかけることの不利に気づかないはずはないのだ。
俺たちに逃げてほしいのか?
戦うつもりがなくて膠着を狙っている?
そう考えたとき、俺の中の違和感はひとつの答えをひねりだした。
「これもおとりか?」
この戦船の船団もおとりではないのか、そう考えると違和感は消える。
少年の顔色が変わった。
「イナバだな?」
「な、なにが!?」
少年があきらかに慌てている。
「本命はイナバ攻めだろう? サタに俺たちを引きつけておいて、その間にイナバを落とすのが狙いだろう?」
「な、なにをバカなことを?」
「いいさ、行けばわかる」
「なにをする! やめろ」
少年をワイヤーロープで拘束すると、高速船レインボーに乗せた。
少年の乗っていた船の右舷に突き立っている鉄爪を抜き取って、サタ湾の外、戦船の群れに船首を向ける。
「イナバに行くぞ! スセリ手伝え!」
「はい」
俺とスセリの魔力で後方に水魔法を撃ち出し、超速で戦船の船団に突っ込む。
高速船レインボーは水中翼によって船体を浮かびあがらせ、波風を切ってトップスピードに乗った。
船体が浮いていて抵抗が少ないので、船とは思えないほどの速度を出せるのだ。
少年の顔がひきつっている。
「ヤカミ、道を作ってくれ!」
「わかりました」
ヤカミが火魔法を撃ち出すと、それを避けた船の間に隙間ができた。
「揺れるぞ! しっかりつかまれ!」
「ぼ、僕はどうすれば!?」
「ミナ、そこの柱に固定してやってくれ」
「あい」
「なんだ! やめろ!」
騒ぐ少年を、ミナが船体中央の柱に括りつけた。
あれ、なんか少年が顔を真っ赤にしている。
ひょっとしてミナにアレなのか?
「うおおおおおおおおおおお!」
気分を出すために意味無く叫びながら、戦船の群れの隙間を縫って船を走らせる。
思ったとおり、各船には兵士など乗っていない。
操船をするための数名が乗っているだけで、見た目だけの戦支度なのだ。
驚きの顔でこちらを見ている。
最低限の人員と兵糧を乗せて、膠着状態で時間稼ぎに粘るつもりだったのだろう。
これならほっておいても、なにもすることはできない。
サタにはヤエとサルダヒコ元帥、ムル教官やホヒもいるしな。
安心してイナバを目指せる。
「これでどうやって戦をするんだ?」
少年に問いかけると、罰の悪そうな顔で目を伏せた。
俺は図星であることを確信した。
何度かぶつかりそうになりながらも、船団を抜けて日本海に出る。
「さて、高速クルージングと行くぜ!」
高速船レインボーは、船体が浮いているのでとても安定している。
海上を駆ける飛行機のようなものなのだ。
外海に出たことで波が強くなったが、これくらいならなんの問題もない。
ツシマへの航海で操船にも慣れたしな。
「イナバにはなにもないぞ!」
少年が精一杯という感じでうそぶく。
俺の中ではイナバ攻めへの確信は80%を超えている。
天日槍は、前回のイナバ攻めで次の侵攻を予言していること、そして、地理的にも領土であるタジマ国に隣接しているからだ。
イナバはワ国連合に属していなかったのだが、俺とヤカミの婚姻が決まったことで、すんなりとワ国連合へ参加することが決まった。
しかし、まだ国民はそれを認識していない。
ワ国連合国だということが国民や周辺国に定着する前に、イナバを国土として併合したいのだろう。
スサノオ大王が長期遠征中でいないということも影響していそうだ。
そういえば二週間ほど前にタジマ国からの使者が来ていた。
スサノオ大王の不在で、そのまま帰ったのだが、この侵攻について伺いを立てにきていたのかもしれない。
「今ごろは第一陣が攻めている頃じゃないのか?」
「そんなことはない」
少年の受け答えが雑になっている。
知略に生きる者は、ひとたびそれが崩れると脆いものだ。
ハッチみたいに何も考えていないタイプが一番崩しにくい。
そういえばハッチは無事に生きてるんだろうか?
「まあ、行ってみればわかるさ!」
「間に合わないぞ?」
「間に合うさ! ほら、見てろ!」
高速船レインボーの操舵輪を通して魔力を注ぐ。
船尾から後方に向けて、猛烈な勢いで水魔法が放出される。
それを推力として、ぐんぐんと速度を上げていく。
「フルブースト!」
船の前方の空気を薄くして空気抵抗を減らす。
時速200キロを超えてさらに加速していく。
サタからイナバまで150キロほどの距離があるが、すでに50キロ以上進んでいる。
「なんだこの船は!? なんだこの速度は!?」
少年がうろたえて叫ぶ。
「高速船レインボーさ!」
「ヤカミ、タジマ国と戦場になりそうな場所は?」
「ウラドメの砦でしょう。ちょうど港もあります」
「少年、侵攻はウラドメか?」
「知らない! 僕は何も知らない!」
「ミナ」
「あい」
ミナが宝剣ライキリの腹で少年をぶった。
「あぐっ、やめろ!」
ミナが再度、宝剣ライキリを構えると、少年は観念したようだ。
「ウラドメの砦攻めだ。だがもう遅いぞ!」
なぜか顔を赤くして、チラチラとミナを見ている。
ミナが好みのタイプなのだろうか。
「いや、なんていうかさ」
「なんだ!」
「もうウラドメ港に着いちゃったんだよね」
「なんだと!?」
俺たちは高速船レインボーの速度を落としながら、ウラドメ港に入港した。
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