サタの港の種明かし
「どうして森を通ったんですか?」
俺はカマタに聞いてみた。
この時代では、道路網が発達していない。
自給自足が生活の基本であり、人々は村と狩猟採集の範囲から出る必要が無い。
むしろ、出歩く余裕が無いとも言える。
陸地では徒歩が移動手段なので、日没までに家に帰るには遠くに行くことはできないからだ。
流通においても、鉄器や青銅器などの金属や、装飾用の玉などの一部の道具だけが、船による交易でやり取りされている。
大量の物資を運ぶには、海や川を船で輸送するのがもっとも効率がよいのだ。
こうして道路に対する需要が低いので、必然的に道路網は発達していない。
また、港からの流通は川船で内陸に輸送されるため、製鉄部族や山の民などの一部の例外を除いては、船が通れる大きな川沿いに町が発展している。
港自体も大きな川の河口にあることが多い。
そのため町から町への徒歩での移動は、川沿いか海沿いを歩くのが普通なのだ。
会議が行われるアイカ町のサタには港があるし、カマタと少年がなぜこの山中を歩いているのか気になった。
「船が襲われたのです」
カマタは暗い表情でそう言った。
「魔物ですか?」
「いえ、イナバの東の端にある国から船でサタの港を目指していたのですが、ミホの入り江に停泊して野営をしていたところ、深夜に海賊に襲われたのです」
この時代の船は、陸地沿いに沿岸を航海をする。
夜になったり海が荒れたら、すぐに陸地に停泊するためだ。
また、陸地を目印に航海することで迷う心配が無い。
海図も人工衛星もないこの時代では、星を読める一部の海人族くらいしか位置や方角を知ることができないからだ。
「突然襲ってきた賊に配下の者達は殺され船は奪われました。わたしと息子は陸に寝屋を造っていたため見つからなかったのです。そして山中に逃げ込んだのですが、土地勘がなく迷ってしまいました」
カマタはそう言って無念そうに顔を伏せた。
「あいつら、絶対に許さねぇ」
少年は悔しそうに涙を浮かべ、歯を食いしばっている。
「そうか、それは悪いことを聞いた。ヤエ、ミホに海賊がいるのか?」
「いえ、この会議の参加者を狙ったものでしょう」
これから行われる会議には、ワ国連合の多くの国から貴人が集まるのだ。
その貴人を狙って海賊や山賊が跋扈しているということだろうか。
「ところで恩人に名を聞いていなかったのですが、よろしければお聞かせ願えませんでしょうか?」
カマタはうやうやしく頭を下げてきた。
「イズモのムイチとヤエです」
「ありがとうございます」
「昼までにはサタに着けると思います。気をつけて急ぎましょう」
「わかりました」
俺とヤエなら20分くらいだが、男と少年のペースに合わせると、二時間くらいかかるだろう。
山中を彷徨ってくたびれているだろうし、もっと休憩させてやりたかったが、カマタが早く町に着いて町で休みたいと言うので、すぐに出発することにした。
「行きましょう」
なるべく歩きやすいコースを選んで、ゆっくりとサタに向かった。
◇◇◇◇◇
森を抜けてサタの港に着いた。
「船が多いな」
「通常の1869%増しですね」
ヤエが言うが、この世界に%なんてないよな?
翻訳の祝福でこう聞こえているが、本当はなんて言ってるんだろう。
まあ、よくわからないが船は大小243隻も停泊していた。
「父ちゃんあれ!!!」
海を見ていた少年が不意に叫んだ。
「な、わたしの船だ!」
カマタが続いて叫んで、停泊している一際大きな船を指差した。
近くに行くと、いかにも荒くれ者という感じの大男が、護衛を連れて船から降りてくるところだった。
酒の匂いをぷんぷんさせていて、顔は真っ赤だ。
しかし、それなりの身なりをしているし身分の高い者のようだ。
「父ちゃんの船を返せ!」
「あ?」
少年が食ってかかると、大男は気のない返事をした。
カマタが歩み出た。
「これはわたしの船だ。返してもらいたい」
「なんだおめえ?」
大男が酒臭い息を吐いて声を荒げた。
この立派な船がカマタの船だとしたら、この大男は海賊ってことなのだろうか?
護衛の男たちがカマタに剣を抜いた。
「オオナムチさん、この船が奪われたわたしの船です」
カマタが俺に助けを求めてきた。
少年は大男をにらみつけている。
「おめえもこいつの仲間か?」
大男が俺に視線を向けてきた。
「仲間ってわけじゃない」
大男はわけがわからないという顔をしている。
ヤエは傍観している感じだ。
「おまえたち何をしている!?」
騒ぎを聞きつけて、港の衛兵たちがやってきた。
20人ほどの衛兵の姿を見て、大男がおとなしくなった。
大男の護衛たちも剣を収めた。
衛兵は、筋骨隆々で浅黒い肌に全身刺青の海人族だから、マジで怖いんだよね。
「この男はわたしの船を奪った海賊だ!」
カマタが大男を指差すと、大男は怒り心頭といった顔で鼻息を荒げた。
「俺様は海賊なんかじゃねえ! こいつは俺様がもらった俺様の船だ!」
酔って赤ら顔の荒くれ者風の大男が、奪ったと指摘された船を、もらったと宣言している。
頭が悪いのか酔っているのか、わたしがやりましたと言っているようなものだ。
「この船がおまえの船だという証拠はあるのか?」
衛兵がカマタに聞くと、カマタは懐から模様の描いてある小さな板を取り出した。
「船室に同じものがあるはずだ。とってきてほしい」
カマタが衛兵に言うと、別の衛兵が船室から同じような小さな板を取ってきた。
ふたつの板を合わせると、模様がぴったりと合わさった。
大男がそれを見て慌てだした。
「違う。この船は俺様がもらった船なんだ。なあおまえら」
まわりにいる護衛に同意を求める。
護衛たちも頷いているが、しらじらしい言い訳にしか聞こえない。
というか、ちょっと無理がある話だ。
「わたしは配下の者を殺されて、その男に船を奪われました」
「違う。もらったんだ! 嘘じゃねえ!」
大男は慌てて声をあげるが、衛兵たちは大男に槍を突きつけている。
衛兵たちは大男を犯人だと確定したようだ。
嘘をつくにしても、もう少しマシな嘘をつけばいいのにな。
「おい、聞け! 聞けって!」
大男は護衛とともに衛兵たちに拘束されて、詰所のほうへ連れていかれた。
しばらくどなり声が聞こえていたが、やがてそれも静かになった。
「ふぅ、ありがとうございました。おかげで船が戻りました」
「いやいや、なにもしてないから」
俺がそう答えると、ヤエが一歩進み出た。
「カマタさん、それでいつまで茶番を続けるつもりですか?」
「は? なにを?」
「茶番に付き合ったのは、人払いをするためです。イズシから何をしにサタに来たのですか?」
ん? ヤエなにを言ってる?
ヤエがそう言うと、カマタの顔色があきらかに変わった。
「はっはっは、事代主か。噂以上に聡明だね」
声の主は少年だった。
いつの間にか船の上にいて、不敵な笑顔でこちらを見下ろしている。
船はすでに岸から離れていて、どんどん遠くなっている。
「カマタ、作戦変更だ。僕は逃げる。時間を稼いで死んでくれ」
少年はそう言うと、船室に入っていった。
まわりの船に火を放ったようだ。
いや、むしろ他にも仲間の船がいたのか?
ぞろぞろと武装したやつらが港に降り立っている。
え? ちょっと待って、なにこの展開は?
少年が黒幕的な感じ?
まあ、よくわからんがヤエに合わせておこう。
とりあえずアレだ。
なにもしないで黙って立っておこう。
「事代主よ。なぜわかった?」
カマタが武器を構えて俺たちの前に立っている。
降り立ったやつらもそのまわりに展開した。
30人ほどに取り囲まれた形だ。
「最初にもらった報酬の玉、あれはイナバではなくイズシで流通しているものです。それからあやしいと思ってずっと様子を見ていました。確信したのは、さっき御館様をオオナムチさんと呼んだことですね。御館様はそうは名乗っていないのですから」
「おそろしい冴えだ。主の懸念に間違いは無かった」
「カマタさん、サタに入り込むために、手勢を潜ませた船を豪族に贈るという計略は見事でしたよ。ですが、御館様はもっと多くを見通しておられるのです」
「あ、ああ、ええ、うん」
ヤエが俺に同意を求める目で見てきたので、動揺しながらもなんとか返事をしておいた。
てか、出発前に、森で誰かと出会ったらムイチとヤエって名乗れって言ってたのは、こういう事態を見通してたってことなのか?
ヤエすごすぎるんですけど・・・。
しかし、ヤエさん、俺を買いかぶりすぎですよ。
俺なんて昼飯のことしか考えてなかったっての。
まあでも、空気を読んでそういうことにしておこう。
さて、とりあえず賊退治といきますか!
俺は万宝袋から天地理矛を取り出して構えた。
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