ルウのつぶやきなんだろう?
10月になった。
スサノオ大王はまだ戻らない。
つまり、まだ俺とスセリの婚姻は行われていない。
スセリは焦れているようだ。
まあ、正直なところ俺ってまだ厨二だし、恋愛もしたことないし彼女もいたことないのに、いきなり結婚っていうのは戸惑いがある。
だから、先送りはわりと歓迎だったりするんだよね。
ノキの町はホヒやムル教官のがんばりもあってきちんと整備され、平野には水田と用水路の造成がはじまっている。
来年の春には、水稲の田植えができるだろう。
ミホは港湾都市としての機能を倍増させた。
これはヤエの慧眼と指導によるものだが、ヒナの研究も一役買っているらしい。
漁業と交易、そして狩猟採集によって、イズモ国全域の冬の間の食料備蓄に目処がついた。
この冬の間の食料問題は緊急課題だったのだが、思ったよりも早く解決することができた。
水稲の栽培がはじまれば、もっと楽になるだろう。
イズモ国は、ホヒが連れてきた人員で急激に人口が増えたのだが、ノキの町の整備とミホの港湾都市としての拡張によって住居も十分に足りている。
冬への備えは万全で、なかなかいい感じに順調なのだ。
「この畑はどうかな?」
ルウがツインテールを揺らしながら首をかしげた。
アイドル系のあざとい笑顔、くそう、わかっていてもときめいてしまう。
俺はオキ島の村の畑に視察に来ている。
さくっと畑を見て帰るだけなので、今日は一人でお忍びだ。
正式訪問だとアマ国王に会ったりするのが、手続きも含めてすごくめんどくさいんだよね。
「試しに少し掘ってみるか」
村の南側の畑は、俺やミナが村人たちとともに開墾した畑だ。
そしてそこには、じゃがいもを植えておいたのだ。
サルダヒコ元帥がやってきて、俺は本土に連れていかれたので、その後のことはわからないが、そろそろ収穫次期なので来てみたのだ。
ずっと気になっていたからね。
「うわ、すごーい!」
試しに掘ってみると、大きなじゃがいもがごろごろとできていた。
「よし、村のやつらを呼んできてくれ!」
「わかった」
しばらくすると、ルウはキクムさんやジレ、そして村人たちを連れて戻ってきた。
大人と子供も含めて30人くらいいる。
「じゃがいもを掘るぞ!」
「おー!」
大人も子供も楽しそうにじゃがいもを掘っている。
なんか小学校のときに体験学習でやったのを思い出すな。
ふとジジイのことを思い出したが、まあこれは考えてもしかたがない。
殺しても死にそうにないジジイだから、きっと達者でやっていることだろう。
「ムイチ!」
キクムさんが声をかけてきた。
次期大王を呼び捨てってどうなんだと思うだろうが、これは俺が指示してそう呼んでもらっている。
気安い感じが楽なんだよな。
むしろ、偉い人扱いされると肩が凝るんだよ。
だって現代日本では、ヒエラルキー底辺の厨二モブだったんだぜ。
それが急に次期大王って、成り上がりっぷりがパネェんですよ。
正直、精神的にきついんです。
しかし、イズモ国ではそうも言ってられないから、次期大王業務でストレスが溜まる。
だから、この村ではそういうのなしで、俺のガス抜きのために平民的に扱ってもらうことにしているのだ。
「なんですか?」
俺が聞き返すと、キクムさんは掘り出したじゃがいもの山を指差して言った。
「こんなに掘って腐るんじゃないか?」
「ああ、保存の問題か」
さすがキクムさんは村長だ。
この後に保存の仕方をおしえようと思っていたのだが、どうやら自力で気づいたようだ。
「冬の間に食べるぶんの保存の仕方をおしえます。残りは俺の万宝袋に収納しておきますよ」
「そうか、それで保存の仕方とは?」
「風通しのいい暗い場所に保存することで二ヶ月以上持ちます」
「ほう、それだけでいいのか?」
「芽が出たら、その芽は取り除いてから食べてください。芽には強い毒があります」
じゃがいもの芽には、ソラニンという毒が含まれている。
この毒は熱を通しても壊れないので、しっかりと取り除いて調理しないと、食中毒になってしまうのだ。
「それと皮が緑色になっていたら、その部分にも毒が含まれているので、変色した部分をしっかり取り除いてから食べてください」
「ほう、わかった。どうやって食べればいい?」
そうか、この村ではじゃがいもの栽培がはじめてだったな。
ちょっと料理教室でもやっておくか。
俺は掘り出したじゃがいもを万宝袋に収納すると、みんなで村の広場に向かった。
「こっちのチームはじゃがいもを洗って皮を剥いて。キクムさんたちは鍋を火にかけてくれ」
広場では50人以上の老若男女による、じゃがいもパーティーの準備がはじまった。
じゃがいもと猪肉のスープ、鉄鍋と油を出してポテトフライも作った。
塩を振って皿に盛る。
「なにこれおいしい!?」
ルウがポテトフライを食べて驚きの声をあげた。
熱々のポテトにほくほく顔の村人たち、猪肉のスープも好評だ。
「簡単にできるのですね」
村の女性たちは、じゃがいも料理をあっという間に覚えてくれた。
これでこの村の食料事情は、かなり劇的に改善するだろう。
「ねえ、ムイチくん」
ルウが俺の隣にやってきた。
「ん?」
「スセリ姫とヤカミちゃんと結婚するんだよね?」
「そうなるみたいだな」
まだまだ実感が沸かなくて、なんだか他人事のような返事になってしまった。
「わたしってどうかな?」
ルウが上目使いに俺の目を覗き込んできた。
「どうって?」
「わたしみたいな女の子はキライですか?」
「いや、キライじゃないよ」
っく、ルウ、あざとい。
好きかではなく、キライですかと聞いてくるところがあざとい。
これだとキライとは答えられないだろう。
「よかった。じゃあまだあきらめなくていいよね?」
ルウは顔を赤らめてそう言うと、小走りでどこかへ行ってしまった。
どういう意味だろう。
いまいちよくわからないが、なにかの罠だろうか?
「ホント、わかんないよな」
ドキドキしている心臓を落ちつかせるように、スープを喉に流し込んだのだった。
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