イズモへの帰還
この章の完結です。
「うおっ」
ニートに飛ばされて黒いもやもやした球体状の出口に飛び込んだ俺たちは、いきなり空中に放り出された。
スセリとヤカミを抱き寄せて、風魔法で落下の勢いを殺して着地する。
「あい」
ミナは宙返りをしながら華麗に岩の上に立ってみせた。
「がはっ」
痩せた男は受身を取れないまま地面に打ち付けられ、悲鳴をあげて転がった。
まあたいした高さではないしケガはしていないだろう。
「トガ山か・・・」
マップを確認すると、ハッチが盗賊となって潜んでいたトガ山の中腹だった。
素早くあたりを確認するが、危険となるようなものは見当たらない。
さっき俺たちが出てきたはずの出口も無くなっている。
天気のいいのどかな山の中だ。
「ありがとうございます」
スセリとヤカミにお礼を言われるが、美少女がうっとりした目でお礼を言ってくるって、もうなんていうかご褒美すぎて無理です。
さっきまでの危険が去ったことで、気が緩みまくってしまったのだろうか、なんだか急に意識してしまった。
現代日本では目立たないモブとして中学校生活を送っていた俺には、美少女耐性は皆無だ。もう照れるというかドキドキが止まらないし、たぶん顔は真っ赤だろう。
「町が! ああ!」
痩せた男が大声をあげた。
「ん?」
男が言うほうを見ると、イト国の王都が壊滅していた。
建物はすべて壊れていて、ところどころ煙があがっている。
人影はまったく見えないし、動いているものは無い。
「父です・・・ね」
スセリが顔を伏せた。
そうか、そういえばハッチを追ってきたスサノオ大王の天鳥船が、町に猛烈な砲撃を行っていたな。
天空に浮かぶ巨大な船からの砲撃と炎は、町をすっかりと焼け野原に変えてしまっている。
ハッチも天鳥船の姿も見えないから、もはやどこか遠くに行ってしまったのだろう。
ハッチは大丈夫だろうか、一瞬、頭をよぎった。
まあ、ハッチの機動力は高いし生命力も強いから、きっとどこかで生きているだろう。
死んでも復活しそうだしな。
「とりあえず行こう」
俺たちは焼け野原になった町に向かって下山することにした。
◇◇◇◇◇
「ひどいなこれは・・・」
「跡形もありませんね」
もとから廃墟率が高かったとはいえ、町には建物がたくさんあった。
それがすべて無くなっている。
砲撃によって、地面が3メートルくらい掘り返されているのだ。
瓦礫と灰の町に、くすぶっている煙の筋が揺れている。
「あああ、ああああ」
痩せた男は慟哭しながら、手と膝をついて崩れ落ちている。
俺は事態を整理してみることにした。
蛇体となって地面から現れた女王、そしてその穴に落ちると、その先は女王の地下迷宮になっていた。
そこには魔物があふれ、なぜかニートが佇んでいた。
そして奥の空間は魔素が濃くなり、そこには八十禍津日神がいたのだ。
黄泉の穢れから産まれたのが八十禍津日神であり、つまりあの魔素は黄泉の穢れそのものなのだろう。
スセリが根の国と似ていると言っていたことからも納得がいく。
神話では、根の国とは根底の国であり、黄泉の国へ続いている場所だと伝わっているからだ。
女王の霊魂は、その黄泉の穢れに当てられて蛇忘魂という悪霊になったのではないだろうか?
それにしてもその八十禍津日神を簡単にあしらっていたニートは何者なんだろう?
禍を直す神、そして名前は、なお・・・なんとか?
叡智の祝福の力で活性化した俺の脳が、神話の情報を検索する。
すると、該当する情報があった。
神話で八十禍津日神の禍を直すために生まれた神は、直毘神と言うらしい。なおが頭についているし、おそらくニートはこの神なのだろう。
だからこそ弱っちくて無気力だったニートが、八十禍津日神に近づくと、別人のように強くなったのではないだろうか。
直毘神の直は、禍の対義語であり、禍を直す意味であり、穢れを祓い災厄を鎮め凶事を吉事に変える神だと考えられている。
また、ニートは自分だけでは八十禍津日神を倒せないと言っていた。
古事記神話では直毘神は、神直毘神と大直毘神の二柱の神の総称だと伝えている。そして伊豆能売を加えた三柱の神が禍を直すために生まれているのだ。
直毘神は穢れを祓い禍を祓う神事の祭主であり、伊豆能売は巫女とも考えられている。
少なくともこの伊豆能売に当たる神がいないと、本当の意味で八十禍津日神を鎮めることはできないのだろう。
だから、とりあえずあの空間を消滅させたということか。
つまり、八十禍津日神は、またどこかに現れるということだ。
まったく厄介な話だぜ。
「どうなされますか?」
スセリが俺に聞いてきた。町を、このイト国をどうするかという質問だろうか。
「次期大王よ! 助けてくれ」
痩せた男が、悲壮な表情で必死に詰め寄ってきた。
まあこの男は、天鳥船がクマソだと言っていたし、スサノオ大王だとは思っていないようだが、あれは間違いなくスサノオ大王だ。
次期大王の俺としては、無関係だと言うことはできない。
「復興のために物資と人を送ろう」
「いつ? いかほど?」
「一月以内に5000人だ」
「20日で頼む」
痩せた男は期間の短縮を求めてきた。
「官吏や豪族の同意は? 独断で決めていいのか?」
「ははは、なにを言う? あたりを見渡してみろ。反対するもなにも、もうこの町には誰もおらんよ」
「山野の豪族は?」
「イト国の王都が灰燼に帰した現状が伝われば、そのような者たちが野心を抱くかもしれぬ。さすればこの地に戦乱が起こるだろう。次期大王よ! この地を献上する。イト国を正式にワ国直轄の属国にしてくれ」
周辺の村やイト国に属していた豪族などが、覇権を狙って蜂起しないように、ワ国直轄地にしてくれということか。
このイト国は交易の要地だし、俺としては願ってもないいい話だ。
無条件に国を献上されるなど、おいしい話すぎて想定もしていなかったほどだ。
「わかった。ワ国イズモに戻り、すぐにこの地を統べる代官と復興要員の5000人を送る。ツシマ国王にも話は通しておく」
「ありがたきこと」
痩せた男は頭を下げた。
そうなると一刻も早く、ワ国に戻る必要がある。
俺たちは港から高速船レインボーで出航した。
海人族と交易の状況を見るための今回の遠征だったが、思わぬ形でイト国という海上交易の要衝が手に入った。
これは俺の国造りの中では、とても大きな意味を持つことになる。
これからイト国を復興させていくわけだが、更地からの都市計画はとてもやりやすい。
しかも人もいないわけだから、自由に新しい国を造ることができるのだ。
近代港湾都市として急速に発展させることができると思う。
水平線を見つめながら、俺はそんなことを考えていたのだった。
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