それは意外なヒーローでした
戦闘回でちょっと長いです。
ニートを仲間にした俺たちだが、女王の迷宮の出口へ向かう足取りは遅くなった。
「座り込むなよ!」
「僕にはもう無理なんです。置いていってください」
めんどくせえ、心底めんどくせえ。
これっぽっちもやる気が感じられない。
だって、ニートのやつ100メートル歩くたびに座り込むんだぜ。
さすがにちょっと弱すぎじゃないのか?
「おら、ヒールしてやっから歩け!」
回復魔法をかけてやると、しぶしぶという感じで立ち上がり歩き出す。
「ずっと歩いていなかったのでしたら、しかたがないのではないでしょうか」
スセリ、やさしいな。
しかし、ニートにそのやさしさはいらない。
こいつはやさしさを燃料に堕落できる男だ。
甘やかしてはいけない。
「この先に広い空間があるな」
マップの出口らしきところに辿りつくと、なんと画面がスクロールして切り替わった。
この迷宮って二画面あるのかよw
そして、通路の先は大きな空間になっているようだ。
野球場とか、それくらいの広さはあるっぽい。
「もう無理です。僕はダメなやつなんです」
「うるさい! 黙って歩け!」
叱咤しながらヒールをかける。
たしかに見た目弱そうだが、弱いにもほどがあるだろう。
俺は男には容赦しない。
「もうすぐだ」
通路が終わる。
目の前にドーム場の広い空間が現れた。
「日出太陽」
スセリが杖の先から小さな太陽を射出した。
広い空間の上のほうに留まり、まるで太陽のようにあたりを照らす。
いきなり無用心かとも思ったが、どうせ通るのだし目立ってもいいや。
暗闇から不意打ちをされるよりは、こうして広範囲に確認できるほうがいい。
スセリの判断は的確だと思った。
「広いですね」
スセリが驚いている。
地面は岩がごつごつしていて、起伏が激しい。
奥のほうは暗いのと霞んでいて、肉眼ではあまりよく見えない。
「小さな町くらいの広さがあるな」
ここは地下のはずだが、こんな空間があるとはどういうことなのだろう。
自然のものなのかそうでないのか、ちょっとよくわからないな。
「生命力強化」
一応、補助魔法をかけてもらい広い空間に足を踏み入れた。
「魔素が濃いな」
「気持ち悪いな。早く出よう」
痩せた男が文句を言うが、たしかにここは気持ちの悪い場所だ。
「岩が光っています」
空に浮かぶ小さな太陽の光に照らされて、岩の表面がキラキラと光っている。
「金かな。まあ分析してみないとわからないな」
俺は天地理矛で岩を崩すと、万宝袋にそれを収納した。
視界は200メートルくらいはある。
見える範囲には、脅威になりそうなものは見当たらないが、魔素が濃すぎて魔物の気配がわからない。
マップを確認すると、500メートルほど先のところに大きな赤い丸が表示されている。
これは出口ってことだろうか?
「この先になにかある。出口かもしれない」
「やっと出られるのですね」
スセリもほっとした声を出している。
この女王の迷宮に入ってから、ひっきりなしに戦闘が続いている。
ミナが軽く片付けているとはいえ、緊張の連続なのだから、気力も体力も消耗してしまうのだ。
「やっとわかりました。根の国に似ています」
スセリがハッとした表情で言った。
ずっと悩んでいた計算問題が、不意に解けたような顔だ。
「なにが?」
「ここに入ったときから感じていたのですが、この空気は根の国と似ているのです」
進むほどに魔素が濃くなっている。
スセリの育った根の国って、こんな感じのところなのか?
ちょっと育児環境としてはよくないんじゃないかと思った。
「うぅ、気持ち悪い」
痩せた男が青い顔をして愚痴をこぼしている。
今にも吐きそうな感じだ。
「審神者なんだろ。しっかりしろよ」
痩せた男の愚痴は多くなったが、逆にニートは静かになった。
赤い丸のところまで200メートル、そろそろ肉眼でも確認できるはずだ。
すんなりと出口であってほしいと思った。
「って、えっ!?」
人がいる。
マップの赤い丸の表示の場所と思われるところに、髪の長い女性が立っている。
「ちょ、なにこれ! でかくね?」
まだ200メートルくらいあるはずなのに、遠近法を無視してでかい。
真っ白な長いざんばら髪で顔は隠れているが、赤い着物を着た女性だ。
いや、女性というか性別が女だろうというだけで、間違いなく人間ではない。
これはつまり巨人だ。
出口であってほしいという期待は、あっさりと裏切られたのだ。
「ぁあーーぁああああああ!」
身長30メートル以上はあるだろう巨人は、こちらに気づいて絶叫をあげた。
あたりの空気がビリビリと震えて、魔素の濃い風が吹いてきた。
「来ます!」
やばい、走ってくる。
足を下ろすたびに地面が揺れる。
髪で顔は隠れているが、目が赤く光っている。
真っ赤な三日月のような口は、女王とどこか似ている感じだ。
痩せた男は恐怖で尻餅をついた。
「ミナ下がれ! 俺が止める」
「あい」
両手に黒い棒のようなものを持っている。
その棒の先からは黒い埃のようなものが噴き出している。
触れたらやばいものだというのが直感でわかる。
背筋が沸騰するような悪寒に鳥肌が立つ。
これはまごうことなき死地なのだ!
「スセリ、結界と浄化魔法を!」
「はい」
魔素がさわれるくらいに濃くなっている。
前方に結界を張って、あたりの魔素を浄化魔法で散らす。
あと20メートルのところまで走ってきた。
なんてでかいんだ。
「ぐーーーーってーーーっ!」
俺は万宝袋から生弓を取り出して撃ち出した。
破魔の効果のある光る矢が、駆けてくる巨人に向かって連続で飛んでいく。
「ぁあーーあーーぁあ」
黒い棒で矢は払われたが、20本程度は肩から顔にかけて突き刺さっている。
しかし、まったく意に介していないようで、ほとんどダメージはないようだ。
「ならぁ!」
結界が4枚破られた。
さらに生弓を撃ち出す。
至近距離から手と顔に当たったが、刺さった矢が黒く朽ち果ててボロボロと崩れ落ちている。
瞬間的に腐食させているというのか?
生弓から撃ち出した矢は、エネルギー体なのだが、それすら腐食させてしまうというのか?
「ヤカミ、炎を!」
ヤカミが火魔法を撃つが、本体にはダメージが通らないようだ。
黒い棒から出ている埃のようなものを散らすことくらいしかできないでいる。
ミナが宝剣ライキリを溜めている。
しかし、直接の斬撃には、相手があまりにもでかい。
「ぁあ!」
畳八枚くらいの大きな手を振り下ろしてきた。
結界がシャボン玉のように割られていく。
「ダラァ!」
天地理矛を伸ばして先端に結界を張り、巨大な手の攻撃を防御する。
結界を出しっぱなしにしているが、かろうじて防げているだけだ。
ちょっとこれはやばいかもしれない。
「オオナムチさん、ダメです」
「どうした?」
「魔力が切れます」
「なんですと!?」
スセリの魔力が切れたら結界が無くなる。
補助魔法や回復ももらえなくなるから、これは完璧にピンチだ。
まだ戦闘がはじまったばかりだというのに、この相手は普通ではない。
鑑定できないから正確にはわからないが、手を合わせた感触として、女王が1だとすると、この女巨人は600はあると思う。
はっきり言って桁が違う。
今までで最強の敵かもしれない。
俺の魔力はまだ余裕があるが、結界を張る速度が追いつかない。
頭の中を死がよぎる。
ダメだ! 弱気になるな。
もっとやれる! 絶対に勝てる!
なかば暗示のように自分を奮い立たせて、必死に結界を張り続ける。
「魔力切れです」
スセリがふらついて倒れた。
ヤカミが受け止めている。
どうする? なにができる?
考えろ俺!
「あぁああ」
振り乱した髪の隙間から、巨大な赤い目が覗いた。
吸い込まれそうな漆黒の瞳。
それは感情の無い虚無、なにも映さない暗黒の瞳だ。
「だっ」
振り下ろされた右腕を、天地理矛で受け止める。
しかし、すかさず左腕が俺を襲ってきた。
やばい、間に合わない。
「がはぁ」
弾き飛ばされて岩に叩きつけられた。
受身は取ったが呼吸ができない。
左腕が折れたかも、気合で骨を繋ぐ。
瞬時に視線を戻したが、黒い棒を持った腕が振り下ろされている。
「逃げろ!」
逃げろと言ったが、間に合わないのはわかっている。
ヤカミはスセリを抱えて座り込んでいるし、いくらミナでもこの圧はどうしようもない。
終わりか? 俺の国造りはこんなところで終わりなのか?
絶望に負けそうになったとき、信じられないことが起こった。
「鎮まれ八十禍津日神」
筋骨隆々の男が、巨人の腕を片手で受け止めている。
八十禍津日神と呼ばれた巨人は、さらに力を込めているが、男は少しも揺らぐ素振りすらない。
そして、筋骨隆々の男の顔を見た俺は驚いた。
俺たちを助けてくれたのは、なんとニートだったのだ。
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