ニートはご褒美がすき
「兄貴なのかよ!?」
女王の迷宮の中心にある部屋にいたニートを、痩せた男は兄さんと呼んだ。
「あ、いえ、違いました。あまりに似ていたもので・・・。兄は女王崩御の際に殉死したのです」
殉死とは、貴人の死に伴って、家臣や奴隷などが後を追って死ぬことだ。
この痩せた男の兄は、女王崩御において自らも死を選んだということか。
「ここでなにをしているんだ?」
警戒しながらも近寄って、ニートと表示されている男に聞いてみる。
膝を抱えてうつむいている男の表情は見えないが、身にまとうオーラは暗く寂しいものだ。
「・・・・」
ニートが顔をあげた。
返事は無い。
一直線に上がった眉、鼻筋は通っていてイケメンだ。
しかし、その目はうつろで顔色は悪く、表情にも生気は無い。
視線は小刻みに動いていて、神経質そうな印象を受ける。
病んでる。
そう、一言で表現すると病んでる男だ。
なんだかわからないものと戦っていて、そしてそれに負け続けている顔だ。
まだなにもしていないのに、俺を恨んでいるような目を向けてきている。
ミナが斬ろうとしたので、とりあえず止めた。
「わたしにおまかせください」
ヤカミが水を出してくれというので、万宝袋からコップを出して水を入れた。
「水をいかがですか?」
ヤカミがふわっと近寄って、ニートに水を差し出した。
ニートはきょどっている。
それはそうだろう。
ヤカミほどの美少女にやさしい笑顔と言葉をかけられて、心が動かないやつはいない。
てか、嫉妬しちゃうんですけどくそう。
「どうぞ」
ヤカミがさらに水を差し出すと、ニートは恐る恐るという感じで手を出して水を受け取った。
くそう、命拾いしたなニート。
水を受け取るときにヤカミの手に触れてたら、俺の生太刀でみじん切りにしてたところだぜ。
「お飲みください」
ヤカミに促されて、ニートがこくこくと水を飲んでいる。
うおおお、羨ましい。
やばい、このままじゃ嫉妬で暗黒面に落ちてしまう。
俺が外人だったらファックとシットを63回は連呼している感じだ。
「落ち着きましたか?」
「あ、ああ」
ニートが視線を小刻みに動かしながらも、答えている。
チラチラとヤカミを盗み見ているようだ。
キモい。
自分を見ているようで耐えられない。
俺が落ち着かなくなってきたぞちくしょう。
「ここでなにをしているのですか?」
「な、なにもしていない」
「いつからここにいるのですか?」
「ず、ずっと昔からです」
「なぜここにいるのですか?」
「わ、わからないんです」
ニートがいちいちどもるのがうぜえ。
しかも、少しずつヤカミへの態度が従順になっている。
くそう、俺もヤカミに服従したい。
くやしい、ぶっ殺してやる!
「チッ」
俺は隣にいるスセリの舌打ちで我に返った。
あぶねえ、もう少しで俺がスセリにぶっ殺されるところじゃねーか。
女王の迷宮、ここは難易度の高いダンジョンだぜ。
「どうしたいのですか?」
ニートはヤカミの問いに、うつむいて考え込んでいる。
やがて目を泳がせながらも顔をあげ、早口で語りはじめた。
「僕には夢が無いんです。やりたいことがわからないんです。どうしていいかわからない。わからないから不安なんです。怖いんです」
病んでる。
もう支離滅裂でわけがわからない。
すると、ヤカミの右手がすっと上がった。
「痴れ犬」
ヤカミが罵声とともにニートの頬を張った。
バチンという音がして、ニートの顔が横を向いた。
その目は驚きに見開かれている。
「な、なにをするっば」
ニートの言葉を遮って、ヤカミが逆の頬を張った。
鼻血が出ている。
「立ちなさい!」
ヤカミが厳しい声で言うと、ニートはすっくと立ち上がった。
「ここから連れ出してあげます。地上に出たら働いて国に尽くしなさい。それがあなたがやることです」
ヤカミの冷たい視線と厳しい言葉に、ニートがなぜだかモジモジしている。
あ、これはアレだ。
あかんやつだ。
このニート、そっちの業界の人のようだ。
その業界では、ヤカミのような美少女の冷たい視線や罵声は、極上のご褒美だと聞く。
ニートは顔を赤らめて、ぽーっとヤカミを見ている。
キモい・・・変態まるだしだ。
しかし、ちょっとうらやましく思う俺もいる。
はっきりしない男に、ヤカミがまた右手を振り上げた。
「がっ」
頬に激痛が走る。
目から火花が出た。
ニートをかばって前に出た俺に、ヤカミの張り手が炸裂したからだ。
「あ!」
「な、なんでかばう!?」
ニートが動揺している。
しまった! この変態からヤカミを守ろうと、とっさに俺が受けてしまった。
けして、ヤカミの張り手というご褒美がほしかったわけじゃない。
いや、ほんと違う。
それはちょっとだけなんだ。
俺は変態ではない。
「長いことここにいたんだろう? 衰弱してるだろうからかばっただけだ」
それらしい理由をつけてみた。
スセリは俺の行動を、弱者をかばう英雄的行いだと勘違いしている顔だ。
「見ず知らずの僕を・・・なんで!?」
理由などない。
あえて言うならば、それは本能なのだ。
「ここから出る。ついてこい」
「わ、わかった」
ニートは勢いに押されて返事をしたようだ。
こうして、俺たちのパーティーにニートが加わったのだった。
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