やたらと穴に落ちました
蛇亡魂、女王の亡霊のようなものだろうか、その巨大な蛇体を屠り、気を抜こうとした俺たちは南の空を見上げて戦慄した。
「あれは!?」
空に船が浮かんでいる。
赤暗い空に広がる黒雲を裂いて現れたのは、クマノの山の上空から姿を消していたスサノオ大王の居城、天鳥船の巨大な船体だった。
そして、次の瞬間、俺たちはさらに驚いた。
「砲撃かよ!?」
天鳥船の船体の両サイドと下部から、無数の砲が突き出したのだ。
その黒い突起から、赤い炎が大地に向けて照射される。
「撃ってきたぞ? なんだよ!?」
町が、森が焼き尽くされていく。
いつもこうだよ。
スサノオ大王が絡むと、常に理解不能の破滅的な状況になるんだよ。
なんでここにいんの? なぜ攻撃してくるんだよ?
あの人ってなんでも破壊すればいいと思ってんじゃないのか。
スセリもただ首を振っている。
「クマソだ!」
気絶していた痩せた男が意識を取り戻して叫んだ。
「え? クマソってあれ?」
「そうだ! 南のクマソが侵攻してきたのだ!」
痩せた男は青い顔をしているが、スサノオ大王ってこっちじゃクマソって呼ばれてんの?
天鳥船は大地を焼き尽くしながらこちらに向かってくる。
赤暗い空を燃え盛る大地が赤く照らす。
ちょっとこれは地獄絵図なんじゃないでしょうか。
「やべー、マジあいつしつこいのな」
ハッチがつぶやく。
「え? どゆこと?」
「死にそうになりながら海を越えたのに、もう追ってきやがった」
「え? なにが?」
「いや、しつこい追っ手の話だよ」
ハッチが苦い顔で指差しているのは、まさに天鳥船だ。
「スサノオ大王に追われてるのかよ!?」
そういや追っ手に追われてこの国に来たとか言ってたけど、追っ手ってスサノオ大王かよ!
最悪の追跡者じゃねーか、関わりたくなさすぎる。
「すまん、国王は無理になった! 代わりを探してくれ!」
そう言ってハッチは、痩せた男に手を合わせた。
「おめーらは穴ぼこに隠れてろ!」
両手の神剣アメノムラクモノツルギが二度煌くと、俺たちの立っている地面が傾いた。
「地盤を斬ったのか?」
「じゃあな! 鬼ごっこをしてくるぜ!」
ハッチがにかっと笑って地面を蹴ると、俺たちは地面ごと女王の出てきた穴へと飛ばされてしまった。
「ハッチ、死ぬなよ!」
「おうよ! またな!」
ハッチの笑顔が見えなくなると、すぐに天鳥船から照射された炎がそれを追った。
地面に乗っかったまま穴に落ちていく俺たちを、炎が追いかけてくる。
結界を張りながら風魔法で冷気を送る。
水魔法を考えたが、水蒸気爆発とかされると困るので、ひたすらに結界を張った。
痩せた男は地面に寝転がって頭を抱えている。
スセリとヤカミは膝立ちになっていて、ミナは器用にバランスを取っている。
「捕まれ!」
俺は天地理矛を地面に突きたて、全員にそこに捕まるように言った。
「スセリ、下に向けて結界を張ってくれ!」
「はい」
女王の出てきた穴は直径15メートルくらいあって、垂直に下に向かっている。
俺たちの乗った地面は、その穴にぶつかりながら、下に落ちていっている。
炎は来ない。空が小さくなっていく。
これは深い穴だ。
ものすごい勢いで落ちている。
穴の壁にぶつかる衝撃を、結界でなんとか吸収している。
岩と岩がぶち当たる激しい音。
なんだこのアクション映画のような展開は!
「うおおおおおおお!」
地面の下に向けて風をイメージする。
風魔法をクッションにするのだ。
下がどうなっているかわからないので、イメージがきちんとできなくて効率が悪いが、少しずつ落下速度が落ちてきた。
「底か!」
下方に重ねた結界が壊れていく。
どうやら穴の底に接地したようだ。
土魔法で粘土をイメージして、地面の下に展開していく。
ほどなくして、ズシンとした衝撃とともに、地面の落下が終わった。
「フゥーフゥー」
何百メートル落ちたのだろう?
痩せた男が青ざめた顔で汗だくになっている。
過呼吸になっているようなので、顔のまわりの酸素濃度を上げてやると、ほどなくして落ち着いたようだ。
水とコップを万宝袋から出して、全員で飲んだ。
やっと一息をつく。
「ここはなんなんだ?」
「横穴が続いていますね」
俺が問うとスセリが答えた。
痩せた男はまだ放心状態だ。
「深い穴だな。外が見えない」
落ちてきた穴を見上げるが、真っ暗で光が見えない。
ひょっとしたら崩れたのかもしれない。
「地下迷宮だと!?」
オートマッピングの地図をなにげに確認すると、女王の地下迷宮と表示されている。
現代では発見されていないし、ここはなんなのだろう?
「地下迷宮?」
「あ、いやなんでもない」
スセリが聞き返してきたが、慌ててごまかした。
マップのことはまだ内緒にしているのだ。
「おい、ここはなんなんだ?」
痩せた男に声をかける。
「う、わからない」
痩せた男は目がうつろだが、次第に力は戻ってきているようだ。
「あれはクマソなのか?」
スサノオ大王の天鳥船に間違いないが、あえて男に聞いてみた。
「そうだ。南方の蛮族クマソだ」
たしかに天鳥船は南の空から現れた。
歴史的にもクマソと呼ばれる勢力がいたことは間違いないが、でもあれはスサノオ大王の天鳥船なんだよな。
なんだか、混乱してきたぞ。
「女王はなんだったんだ?」
話題を変えてみる。
「うーん」
男は目を閉じて首をひねっている。
「我らの神は蛇神であるという話は聞いたことがある。海の底にいる神だと。ただし、神託を降ろす巫女である女王にしか、詳しいことはわからない。わたしのような審神者ですら、そういった込み入ったことはわからないのだ」
審神者とは、祭祀において受けた神託を解釈して人に伝える役目なのだそうだ。
女王が巫女として神託を受け、それを審神者が解釈して人に伝えるということだ。
「ハッチマンがよく知っているのではないか?」
「ハッチが?」
たしかに、ハッチが女王の棺を斬ったことが発端だ。
この結果を知っていてやった可能性が高い。
今度会ったら、いろいろ問い詰めないといけないな。
「とりあえず出口を探しませんか?」
スセリが提案してきた。
上に登るのはむずかしそうだし、この横穴の先を調べるほうがいいだろう。
女王の地下迷宮ってマップに出てるし、なにかわかることがあるかもしれない。
俺たちは地下迷宮の探索に乗り出すことにした。
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