蛇亡魂
「なんですと!?」
イト国王即位後のハッチの行動は、破天荒すぎて理解できないものだった。
いきなり三人斬り殺し、そしてなんと女王の棺を破壊したのだ。
「な、なにをする!? がっ」
痩せた男が叫んで、白眼を剥いて倒れた。
あまりの出来事に意識が持たなかったようだ。
「ショータイムだぜっ!!」
ハッチが嬉々として神剣アメノムラクモノツルギを構えなおした。
「なんだ!?」
地鳴り、地震か!?
腹に響くような低い音と振動が、足元からやってくる。
「オオナムチさん、空が!?」
いつの間にか空が赤く暗い。
今は朝だしさっきまで快晴だったはずだぞ?
「なにが来る?」
やばい予感がビンビンに警報を鳴らす。
鳥肌、寒気が走る。
万宝袋から天地理矛と生太刀を取り出す。
ミナも宝剣ライキリを構えた。
「生命力強化! 継続回復息吹」
スセリが補助魔法を唱える。
「でかいのが来る! 結界を!」
スセリが俺たちのまわりに結界を張った。
俺は広場も含めてあたり一面に結界を構築する。
地下にも張り巡らせる形で、球形に結界をイメージした。
範囲がでかいので薄くなるが、大型トラックの激突程度の衝撃なら防ぐことができる代物だ。
「ククク、来い!」
女王の棺の残骸に対峙して、不敵な笑みを浮かべるハッチ。
自然体で立ち、両手の神剣アメノムラクモノツルギをだらりと垂らしている。
無防備な背中に見えるが、全方向に瞬時に対応できるよい脱力の型だ。
「なにが起こるのでしょうか?」
スセリが真剣な表情であたりを見回す。
「わからんが威圧が上がった。来るぞ!」
広場は混乱しているが、あまりの異質にパニックは起こっていない。
しかし、誰もが何かが起こることは理解している。
そして、それがよくないことだということも気づいている顔だ。
逃げ出そうにも、どこに逃げていいのかわからない。
ただ、息を飲んで次の瞬間を待つだけだ。
赤い空を黒雲が覆っていく。
世界が闇に包まれていく。
そしてその瞬間が訪れた。
「後ろかよ!?」
ハッチが振り向くと、広場の地面がぱっくりと口を開けた。
文字どおり口を開けたのだ。
「ギャアアアアアアアア」
広場の400人を巨大な口が飲み込み天に昇る。
結界はその巨大な三角の歯で噛み砕かれた。
地面が割れて黒髪が噴水のように噴き出していく。
血走った黒い目には、赤い瞳が濁った池のように揺れている。
顔の真ん中には耳まで裂けた赤い三日月のような口がある。
その縁には三角の鋭い歯がびっしりと取り囲んでいる。
黒い巨大な顔の下には、蛇の胴が続いていた。
「蛇女? なんだこれ?」
「蛇亡魂、哀れな女王のなれの果てさ」
ハッチが俺の横に並び立った。
これが女王だと?
首を傾けながら、赤い瞳で俺らを睨んでる化け物は、高層ビルをもしのぐ大きさだぞ。
黒髪を逆立てて、ゆらゆらと動いている。
「霊的エネルギーが実体化していますね」
女王を見上げるスセリの瞳には、とまどいと焦りが浮かんでいる。
しかし、スセリはスサノオ大王の娘、恐怖の色が無いのはさすがだ。
ヤカミも落ち着いているし、ミナは今にも飛びかかりそうな勢いだ。
頼もしいパーティーだが、相手がでかすぎじゃね?
「要はHPを削り切ればいいだけのことよ。まあ、さすがにこいつはやばい相手だ。ピッキ、いやムイチ、力を貸してくれるか?」
「おい、今ピッキーって言いかけたろ?」
「いや、言ってねーって!」
「ピッキの続きはなんだよ?」
「いや、それはそのあれだ! あれだよ!」
「どれだよ!?」
「お二人とも今は言い争っている場合じゃありません!」
「うお!」
女王が毒を飛ばしてきた。
地面が白煙をあげて溶けている。
結界も三枚割られた。
「空間解毒」
スセリがあたりに立ち込めた毒霧を解毒する。
「届かないところから遠距離かよ? どうする?」
「おめーらは魔法が使えるだろうが! あいつの頭を下げさせろ。そしたら俺とそこの幼女で頭を割るからよ!」
「あ、そうだった。ヤカミ、火だ! 女王の胴を狙え」
「わかりました。少し時間を稼いでください」
「おうよ!」
火魔法で女王の胴を狙う。
頭を狙わないのは避けられたりブレスで無効化される可能性があるからだ。
地面の穴から出ている胴なら的もでかいし、穴が邪魔して避けにくいだろう。
ハッチとミナは結界から飛び出して女王の胴に斬りかかっていった。
スセリは女王の毒を懸命に解毒している。
「おうあ」
女王の尻尾が地面を突き破ってハッチとミナを襲った。
「いけます!」
ヤカミの火魔法の呪文詠唱が終わったようだ。
「ヤカミ撃て!」
「煉獄火砕流」
ヤカミが両手をかざした3メートルほど先から、白い光とともに炎が噴き出して女王に向かう。
ヤカミのドレスが風に煽られてはためいている。
「推すぞ!」
ヤカミの炎を風魔法で増幅する。
風に煽られて炎の勢いが増した。
「ミナ、ハッチ避けろ!」
女王の胴まわりの空気の酸素濃度を上げていく。
「当たった!」
女王の胴で火魔法が白く弾けた。
白い炎が螺旋状に女王の胴にまとわりついている。
「ブバァアアアアアア」
腐肉が焦げるような嫌な臭いと女王の絶叫。
内臓まではダメージが通っていないようだが、表面の鱗はボロボロになって焼け落ちている。
「ヤカミ!」
「はい」
追撃をかける素振りを見せると、女王が胴をかばって頭を下げた。
「キタキタキタキタ!」
ハッチが両手の神剣アメノムラクモノツルギを女王の頭に振り下ろす。
「あい」
宝剣ライキリを振るうミナは鬼の貌だ。
「ダァアラァラララアアア」
ハッチが乱れ突きだ。
ものすごい勢いで女王の頭に剣を突き立てている。
「ブォワアアア」
女王が苦悶の叫びをあげる。
脳みそをかきまぜられてるような状態なのだから、その苦痛は計り知れないものだ。
「シャア」
ミナが女王の喉もとを切り裂いた。
あふれ出る毒液と体液をスセリが魔法で浄化する。
「仕上げだ! 大蛇流回転撫斬り!」
ハッチが回転しながら女王の頭を斬り飛ばした。
うらめしそうな目をして地に落ちた女王の首は、ほどなく動きを止めた。
頭部を失った胴が力なく地面に崩れ落ちた。
ふう、やばいかと思ったが、俺たちのパーティーって強いな。
近接、魔法、補助回復とバランスも取れている。
女王の体は黒い霧になって天に昇っている。
もはや毒性は無いようだ。
「やったか?」
ハッチが叫ぶ。
そういうのはフラグだからやめろと思ったが、さすがにもう大丈夫だろう。
女王の体はもう消え去る寸前だ。
「ふう、終わったか」
そうつぶやいたとき、それがやってきたのだった。
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