事情を知ったら仕方ないでしょ
「な、なんだ!?」
痩せた男は驚いて一歩下がった。
兵士たちが痩せた男をかばうように前に出る。
「争いに来たのではありません。俺はワ国イズモから来た大波武一です。ツシマ国ヤクマ王よりの証もある。女王に挨拶に来ました」
証としてもらった金の腕輪を見せつける。
男は腕輪をガン見している。
「挨拶だと? これは侵略ではないのか?」
まあ、死人出てるし挨拶って感じじゃないわな。
「騒動を招いた責任は認めますが、侵略ではありません。死人が出たことは詫びます」
なんか悪い気がしてるので、わりと敬語になっている俺がいる。
神妙に頭を下げた。
犯人のハッチは、柱の影からチラチラとヤカミを見ている。
「それはよい。この者たちは親衛隊などと自称して、国に俸禄をせびる寄生虫のような者たちだ。なまじ家柄と武力があるだけに困っていたのだ」
嫌われ者っぽい隊長だったけど、本当に嫌われてたみたいだな。
まあ、俺の嫁をねだった罪は、万死に値するから同情などしない。
「オオナムチよ。なんの挨拶なのだ?」
痩せた男は落ち着きを取り戻したようで、部下に命じて死体を片付けさせている。
ひ弱そうに見えたが、なかなか胆力があるようだ。
「スサノオ大王の娘ワカスセリ姫、そしてイナバ国王の息女ヤカミ姫、二柱の姫を娶り、次期ワ国大王となることを告げに来ました。今後の国交や交易について話したい」
「次期大王になられると!? スサノオ大王が崩御したと言われるか?」
「いえ、全然元気っていうか、あの人って死なないんじゃないですかね」
スサノオ大王、あれは異質だ。
神だと言われても素直に頷けるし、むしろそうでないとおかしいほどの力を持っている。
身長3メートルくらいあるし、人類とは思えない。
全身からほとばしる暴の覇気は、思い出しただけで身震いがするほどだ。
「女王に会わせてもらいたい」
痩せた男は返答に困っている。
「どうしてもと言われるか?」
「次期大王として会っておきたい」
俺がそう言うと、痩せた男はさらに考え込んでいる。
「いいでしょう。着いて来られるがよろしい」
しばらく考え込んでいたが、観念したようだ。
奥の壁にある大きな扉が開けられ、痩せた男に先導されて、俺たちは広い部屋に足を踏み入れた。
「暗いな」
「広い部屋ですね」
俺のつぶやきにスセリが答える。
部屋はとても広いが、かなり暗い。
痩せた男は松明に火を点けている。
最後尾のミナが部屋に入ると、扉が外から閉められた。
部屋に入ったのは、痩せた男、俺、スセリ、ヤカミ、ミナの五人だ。
ハッチは部屋に残っている。
痩せた男は護衛も連れていないが、いいのだろうか?
ちょっと無用心だと思った。
「この部屋にわたし以外が入るのは8年ぶりだ」
先頭を歩く男が言った。
「なぜ?」
「着いてくればわかる」
暗い部屋の奥へと進んでいく。
松明に照らされるている範囲には、なにも無い。
女王の間とは思えない異様な雰囲気だ。
20メートルくらい歩いているが、ここが宮殿の最深部だろう。
玉座が見えてきた。
暗くてよく見えないが、女王が座っているようだ。
痩せた男が松明をかざした。
「こういうことだ」
照らし出されたのは、女王のミイラだった。
玉座に腰掛けたまま息絶えている。
安らかな死に顔だが、死後どのくらい経っているのだろうか?
「女王の死を隠してるのか?」
「女王陛下の意思なのだ。この国は女王でしか治まらぬ。後継の女王を擁立するまで死を隠す必要があるのだ」
「なぜ次の女王を立てない?」
「見つからぬのだ。次期女王となられるはずの姫は行方知れずだ」
「生きているのか?」
「幼きときに国を出たらしいのだが、女王が存命中に、一度戻られたことがあるらしい。国を統べる器となって、いずれ戻ると宣言されたそうだ。またすぐに国を出られたそうだが、その姫が戻り女王として統治していただけるまで、女王の死を隠す必要があるのだ」
「姫の行き先は?」
「わからん。隣国にいるとも、海の向こうの大陸にいるとも聞いた。手の者を放って探させたが、手がかりすら掴めていない」
「このことを知る者は?」
「おらぬ。知った者は粛清した」
「俺たちになぜおしえた? 俺たちも殺す気か?」
「まさか。そなたらのような強兵を討てる者はこの国にはおるまいよ。隠せないと判断しただけだ。それに、一人で抱え込むには、わたしももう疲れた」
痩せた男は、悲壮な顔でため息をついた。
「次期大王よ。この国の先行きは暗い。国を出る者が後を絶たず、町はすっかり寂れてしまった」
「なぜ王にならない? 女王でないとダメだというなら、他の女王を立てるわけにはいかないのか?」
「わたしは女王の弟だ。姉の最後の言葉を違えることはできぬよ」
この痩せた男は、女王の弟だったのか。
女王が統治する国、弟が女王の世話をしていて、女王が死ぬと国が乱れる。
邪馬台国の卑弥呼の話ととても似ているが、時代が違うよな。
神話知識と照らし合わせてみたが、解決のヒントや糸口は見つけることができない。
さて、どうしたものかね。
「次期大王オオナムチよ頼みがある」
「なんでしょう?」
「女王が王を任命する神託を受けて崩御したと宣言する。この国の王になってもらえぬか?」
「なぜ俺が? あなたが王になればよいのでは?」
何を言い出すんだこの男は・・・。
まったく意味がわからない。
しかし、痩せた男は強い口調で続けた。
「わたしでは器が足りぬ。それは自分がよくわかっている。この国の荒れ様を見れば、器が無いのはわかるだろう?」
痩せた男は自虐的に笑った。
まあ、たしかに死んだ女王を隠しながら、8年間も政治を担ってきたのだ。
権威は女王にあるままだとしても、実際の政策判断は行ってきたのだから、その結果として町が寂れていることは、この男の能力不足を如実に示している。
託された故国が寂れていくのは、ものすごく辛いことだと思う。
むしろ、8年間もよくがんばってきたと感心するくらいだ。
「王になられるべきです」
スセリが強い目で俺を見て言った。
ヤカミも同意して頷いている。
「しゃーないな」
覚悟を決めた俺は、イト国の王になったのだった。
よろしければブックマークや評価ポイントをいただけると喜びます。
とても励みになります。
感想も気軽にお寄せ下さい!