第十話 免許皆伝のその次は?
宿屋に帰ったらなぜか食堂にミナ様がいた。
「ミナ様? なんで!?」
別に家臣として仕えているわけではないのだが、なんとなくミナ様と呼んでしまう。
高貴なお方への耐性なんてないんだよ!
ジジイからは武術しかおしえられていないし、常識が無い自信はあるんだけどね。
キクムさんが不思議そうな顔で俺を見た。
「ん? おまえの部屋の前にいたからな。友達なんだろう?」
ミナ様は黙々とパンを食べているが、見た目はあきらかに幼女だな。
黒髪を後ろで結んでいる。
「いや、限りなく初対面に近い感じだと思うのですが・・・」
ミナ様がこっちをにらんだ。
ツリ目で気が強そうな感じでちょっと怖い。
「あ、と、友達です」
俺は無言の圧力に屈した。
すると、ミナ様は満足そうな顔をして、またパクパクとパンを食べはじめた。
とりあえず席に着くと、ほどなくしてパンとスープ、なにかの肉のステーキが運ばれてきた。
このステーキにかかってるソースはなんだろう?
甘くて香ばしい食欲をそそる香りだ。
「何かいいものはあったか?」
キクムさんが聞いてきた。
「武器や服、いろいろとありました」
「ああ、そうか。おまえは袋があるんだったな」
キクムさんが小声になる。
俺は手ぶらに見えるから、何も買っていないと思ったのだろう。
町の中で観察していたが、異空間収納を持っている者はとても少ないようだ。
やはり、俺が万宝袋の異空間収納が使えることは、隠しておいたほうがいいと思った。
「先に部屋に戻っている。今夜はもう寝る。明日の朝は日の出には起きてこいよ」
そういうとキクムさんは席を立った。
ジレは俺にウインクをして、小声でがんばれよと言って去っていった。
こいつは絶対なにか勘違いをしている。
俺は幼女趣味はないぞ。
とりあえずパンと肉を口に入れて、無心で食事をした。
会話ははずまないというか終始無言だ。
空気が重過ぎるし、極度の緊張で味はほとんどわからなかった。
ミナ様は幼女とはいえ女子だ。
実は女子と二人きりで同じテーブルで食事をするのははじめてだ。
不本意だが俺の人生にリア充という言葉は無かった。
武道とオタク道で忙しかったのだ。
その結果として俺は立派な妖精になれた。
しかも、自動的に魔法使いになれるエリートな妖精だ。
女子への対応など二次元やゲームの知識しかないが、それらがほとんど間違っていることくらいは、さすがの俺でもわかっている。
妄想と現実は違うのだ。
そうこうしていたら食べ終わってしまった。
横目で隣を確認すると、ミナ様はもう食べ終わっている。
どうしよう?
なんて声をかける?
対面も恥ずかしくて緊張するだろうけど、隣に座ってる距離感って、初心者にはむずかしすぎる。
しかし、ここは男である俺がしっかりとリードしなければ・・・。
「あ」
「あい」
「へ?」
勇気を出して声を出した途端に、ミナ様に袖を引っ張られた。
不意をつかれて思わず間抜けな声が出てしまった。
あ、って、俺は何を言おうとしてたんだっけ?
それすら動揺して忘れてしまった。
すたすたと歩いていくミナ様の後を追って宿屋から出ると、あたりはすっかり暗くなっている。
どこへ行くのだろう?
少し歩くと公園のようなところに着いた。
町外れって感じの場所で、人通りは無くさびしい感じだ。
「ここは?」
なんだろう? まさかいきなりの告白?
って、相手は幼女だしありえないな。
ミナ様は無言だ。
二人の間を一陣の風が吹き抜けた。
夏草の匂いがする生ぬるい風だ。
じっと見つめあっているが、どうすればいいんだろう?
こういうイミフな空気は耐えられないし、なんだか緊張してきた。
ミナ様が深く息を吸うと、唇が小さく動いた。
ん? なにを言うんだろう? まさか、やはり告白?
幼女からの告白はまずすぎる。
俺はまだ、そっちの業界に行くつもりはないぞ。
「あい!」
違う、呼気だ!
強く踏み込むための呼気なのだ。
俺の期待は逆方向に裏切られた。
ミナ様は鋭く息を吐いて、一足飛びに突いてきたのだ。
「うおっ!? 速い!」
瞬間移動のように飛び込んで右の抜き手を放ってきたが、その不意打ちを左に回って避けた。
ジジイに鍛えられた俺だ。避けることなら俺は専門家だからな。
「いきなりなんだ?」
俺の問いに答えはなく、ミナ様は次の攻撃の機会を狙っているようだ。
半歩下がって距離を取り、半身になって構える。
「あい」
あ、これはダメなヤツや。話しても無駄なヤツ。
このミナ様って、うちの武闘派ジジイと同じ目をしている。
「あい」
問答無用で連続して襲い来る突きと蹴りは、空気を裂く音が鋭い。
「マジかよ!」
この可愛らしい姫様は戦闘民族のようだ。
困ったことに殺すつもりで来てる。
突きに手をそえて崩すが、体軸がしっかりしていて崩せない。
天性の才能と鍛錬に、場数も踏んでいるようだ。
この年でこれほど極まっているのは素直に驚く。
姿は幼女だが、その中身は達人だ。
村の勇士のレベルを聞いて少しこの世界をなめてるところがあったが、やはり強兵はいるものだ。
しかも、ミナ様にはまだまだ伸び代が感じられる。
家臣の人たちが大丈夫だと言っていた意味がわかった。
この姫様・・・、強いのだ。
心配するならば、むしろ加害者になる心配だろう。いやあ、世界は広いな。
ミナ姫様がにらみつけてきた。
俺が本気を出していないことに気づいて怒っているようだ。
「あい」
強烈な殺気とともに踏み込んでくると、左の拳が弧を描いて俺の鼻を狙う。
うーん、殺気が強すぎて狙いがわかりやすすぎるな。
ちょっと闘い方が素直すぎるのかもしれない。
すると、俺の顔に向かっている左拳が突然に開いた。
「うぉ!」
なんと、石を投げてきた。
その小石がまっすぐに目に向かって飛んでくる。
いつの間にか左拳に小石を握りこんでいたのか、小石とはいえ目に当たるときついぞ。
石を投げた左手は、手刀へと変化して俺の喉を狙ってきた。
石を避ければ手刀で喉をやられるし、喉をかばえば石で目をやられる。
いやはや、なるほどたいした戦士じゃねぇか!
ミナ姫様の殺気が膨れ上がった。
うむ、これは鬼の貌だな。
左拳の軌道を読み、ギリギリで避けようとしていた俺は、ミナ様の殺気に当てられてついつい本気になってしまった。
「破ん!」
俺が腕を引くと、ミナ様はその場に崩れ落ちた。
「痛ぅ」
俺の左側頭部からは血が流れている。
左から飛んできた石を頭を振って弾き飛ばしながら、沈み込むようにミナ様の左に回りこんだ。
そして、ミナ様の視界の外から掌低で顎先を打ち抜いたのだ。
首を軸にして頭が瞬間的に回転した形だ。
視界の外からの打撃なので、ミナ様はなにが起こったのかわからないだろう。
激しく脳を揺らしたので、脳震盪を起こして倒れたのだ。
見えてない攻撃は、心構えができないから効くんだよな。
この手ごたえだと、しばらくは立てないと思う。
くそう、俺もまだまだだな。
ついつい本気を出してしまったが、幼女に対して大人げないよな・・・。
「ぅう」
うわ、マジかよ!? もう立ってきた。
さすがに足にキテルようだが、それでも驚異的だ。
「ごめん。大丈夫かな?」
近寄ろうとしたら大声で泣き出した。
「うお」
ひたすら泣いているが、うーん、どうしたらいいんだろう?
泣いているというか、もはや慟哭のミナ様と、おろおろしながら棒立ちの俺。
これって傍目に見たら、めっちゃ悪い人だよね?
幼女をいじめる悪い人?
ミナ姫様は10分以上泣き続けた。
人間ってこんなに泣けるんだな。
「責任」
泣いてボロボロの顔でミナ様が睨んできた。
「え?」
ちょっと待て!
責任ってなんだ?
やばい、もっと真面目に憲法とか勉強しとくんだった。
いや、待て、憲法じゃなく刑法か?
六法全書か?
なんか根本的に違ってる気が否めないぞ。
「負けた」
「あ、ああ」
負けたのがショックなのか?
俺なんていつも逃げてるし、負けるのには慣れきってるから、そういう気持ちがわかんないっす。
「責任」
ミナ様が泣きながら睨んでくる。
「ど、どうすれば?」
「弟子」
「えっ?」
俺は想定外の答えにあっけにとられた。
「師匠」
ミナ様はそう言って俺を指差した。
「えっ?」
とても断れる雰囲気ではない。
こうして俺にはじめての弟子ができたのだった。
ヒロインって重要ですよね。