ジジイとの思い出
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「塩の生産設備を作られたのですか?」
ツシマ王城に戻ると、スセリが俺に聞いてきた。
ヤクマ王か文官から、今朝のことを聞いたらしい。
「ああ、イズモですべてやるよりも、ここで作ってもらって交易をするほうがいいからな。ツシマにも豊かになってもらいたいしね」
塩の生産設備はもちろんイズモにも作るし、各地に作っていくつもりだ。
イズモだけ人口が増えても意味が無い。
俺の国造りの視点はもっとでかいのだ。
現代日本のサイズでものごとを考えられるわけだから、まわりから見れば先を見通してるかのように見えるだろうな。
まあ、実際2000年以上先を知ってるし。
しかし、ジジイに仕込まれた武術や技術、そして家の書斎にあった本の知識なんかがすごく役立っている。
山奥で友達もいなかった俺は、ジジイとの武術の稽古、そしてサバイバル技術や農業などの生活技能、そして書斎にある本を読んで育った。
小説や伝記、百科事典まで読み漁ったが、よく覚えていないはずのそれらの知識が、叡智の祝福の思考活性化のおかげで活用できているのだ。
そもそも、塩の生産方法なんてどこで知ったのか、俺自身が驚いているくらいだ。
そういやジジイはどうしてるかな。
自分でも驚くくらいホームシックにならないというか、環境に馴染めてるな。
まあ、両親もいなくてジジイと二人暮らしだったし、ジジイも基本的にはあまり家にいないしな。
中学に上がる頃に気づかされたのは、うちが普通の家とは絶対的に違うということだ。
まあ、そのおかげで今うまくやれてることもあるのだから、ジジイには感謝しないとな。
武術の稽古とか、こんなことがなんの役に立つんだと反発していたことが、今まさに俺を助けているのだから。
「次はどうなされるのですか?」
「イト国とやらに行ってみる。それからイズモに帰るつもりだ」
「イト国?」
スセリはイト国を知らないようだ。
まあ、俺もなんとなくしか知らないけどな。
ヤカミとミナはテーブルに座ってお茶を飲んでいる。
「九州だな。あ、いや、ここから南にある大きな島の北端にある国がイト国だ」
いけね、九州ってこの時代にはまだないよな。
たしかイト国は北九州の福岡県だったと思う。
ヤクマ王は、いろいろな宝物を土産にと出してきたが、蜂蜜だけもらってあとは断ることにした。
この蜂蜜はやたらとうまかったんだよな。
それにスセリが欲しそうな顔をしていたのを、俺は見逃さなかったのだ。
俺は蜂蜜を万宝袋にしまった。
ヤクマ王は昼飯を食べていけと強く勧めてきたが、日暮れまでにイト国に着きたいので断った。
今回は先触れを出していない。
むしろ、出せないのだ。
イト国からの船はツシマ国に来るが、ツシマ国の船はイト国には行かない。
だから、俺たちがイト国に行くのは突然の訪問になる。
ツシマ国王が紹介した人物だとわかるようにと、証の品として金の腕輪をもらった。
俺は礼をして、それを左腕につけた。
船着場まで道案内を出すと言われたが、俺はオートマッピングによって一度通ったところは頭の中に地図表示されている。
船着場の場所もわかっているので、案内は断ることにした。
「ヤカミ、早かったら言ってくれ」
「はい、大丈夫です」
ミナとスセリは一緒に森を踏破したことがあるが、ヤカミとははじめてだ。
イナバ国王の娘だし、箱入り娘として育てられたのかと思ったが、今のところまったく問題なくついてきている。
俺が先頭でスセリが続き、その後ろにヤカミ、最後がミナだ。
川沿いを歩いているが、ところどころで原生林に入ることになる。
植生がイズモとはかなり違うな。
椰子の木も生えている。
南の島から海流によって、さまざまな種子が流れ着くのだろう。
緑と黒の森の中に、木漏れ日が差し込む。
そこだけ光の筋が輝いている。
濃密な森の空気、湿度も高い。
大きな蝶が飛んでゆく。
森には命があふれているのだ。
「着いたぞ」
俺たちは移動が速いので、川船で来たときよりもかなり早く船着場についた。
ヤカミも問題なくついてきた。
疲れている様子も見られないし、これで心配がひとつ減った。
俺の遠征は激しいしヤカミの体力のことを心配していたのだが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
船着場には誰もいない。
俺は万宝袋から、高速船レインボーを出した。
水しぶきを飛ばして着水する。
「足元気をつけろよ」
揺れがおさまってから、高速船レインボーに乗り込んだ。
最後にミナが飛び移ってきた。
「よし、イト国に向かおう」
俺たちは透明な海に船を出して、南に向けて出発した。
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