塩も人口も交易も増やそうよ
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翌朝、俺はヤクマ王とともに海岸に来ていた。
ここはツシマ国でも数少ない海辺の平地だ。
スセリたちは王城に置いてきていて、俺とヤクマ王と護衛と文官だけが朝の日差しに照らされている。
「次代の王よ。朝早くからなにをするのじゃ?」
ヤクマ王は海に来てイキイキとしている。
やはり海人族だ。
がっちりとした骨太の体、浅黒い肌に渦巻き模様のような刺青が全身に施されている。
初老とは思えないほど若々しい。
「手土産を持ってきたんです」
「手土産?」
ヤクマ王はきょとんとした顔をしている。
連れている文官たちは、なにやらひそひそと話をしている。
まあ、手ぶらの俺が手土産って言ったって、なに言ってるんだと思うわな。
ワ国連合の今後の交易を考えるうえで、海人族であるツシマ国との関係はとても重要になってくる。
そして、ワ国の人口を増やすには、それを支える食料が必要になってくる。
とくに冬だ。
保存料なんかの添加物や、冷凍冷蔵庫なんかの貯蔵方法が存在しないこの世界では、雪が降り農作物が収穫できない、冬の間の食料問題が大変なのだ。
まあ、夏も生ものが腐るから、食料保存の重要性は高い。
そして、その食料保存で現状一番に活躍するのが塩だ。
魚を塩漬けにしたり野菜を漬物にしたり、塩を使った保存食は、とても簡単で実用的なのだ。
つまり、ワ国の人口を増やして国力を増強するためには、塩の増産が不可欠だってことだ。
その塩の生産拠点のひとつとして、このツシマ国を選んだのだ。
そう、俺の手土産とは、製塩工場を作り技術を提供することなのだ。
「ツシマ国の塩の生産を3倍にしてみせます」
「なんじゃと?」
ヤクマ王も文官たちもとまどっている。
昨日の宴会のときに、ツシマ国における製塩の事情は聞いておいた。
海草を使った藻塩ってやつだ。
現状のツシマ国の製塩はこうだ。
ホンダワラという巨大な海草を天日で乾かして、それを焼いて水に溶かして濃い塩水を作る。
その濃い塩水を、土器で煮詰めて塩にするのだ。
手間と時間がかかる割に、生産量はとても少ない。
宴会の席でヤクマ王に、塩が増産できれば助かるかと聞いたのだが、それは助かると言っていた。
俺はそれを実現してみせようと思う。
土魔法で地面を平らにならして塩田を作り、表面を硬い石に変えた。
テニスコートほどのサイズごとに水路を作り、海水が流れ込むようにする。
とりあえずテニスコート8面ぶんほどの塩田を作った。
「これは? 魔法か?」
「ええ、俺は魔力が多いんです」
そして、塩田に砂をまいた。
「新しい塩作りの技法をおしえますので、文官の方はよく聞いて覚えてください」
ヤクマ王も興味深そうに、俺に集中している。
「これは塩田というものです。この水路から塩田に海水をまきます」
俺は万宝袋から桶を出して水路から海水を汲み、砂をまいた塩田の上にぶちまいた。
ヤクマ王も文官たちも食い入るように見ている。
「こうして海水をまいて、それを太陽光と風で乾かすと、塩田の上の砂に塩が残ります。それを繰り返して砂にたくさんの塩をつけていきます」
「ふむふむ」
「そして、その塩を土器や桶に集めて、海水で砂についた塩を溶かせば、濃い塩水ができるんです。それを煮詰めると塩ができます」
ヤクマ王はまだ半信半疑のようだが、文官たちは理解しているようだ。
「煮詰めるためにこれを差し上げましょう」
俺は万宝袋から、巨大な鉄鍋を2つ出した。
「これは鉄か?」
「ええ、イズモの鉄で作った最高級品ですよ」
「おお」
黒く光る巨大な鉄鍋。
高速船レインボーを造るときに一緒に作っておいたものだが、われながらよくできている。
文官たちからも驚きの声があがっている。
ツシマ国の塩作りは、土器で塩を煮詰めているのだから、この鉄鍋を使えば効率は跳ね上がる。
俺は塩田に海水をまく日数の目安などをおしえた。
「次代の王よ。感謝する。これでわれらツシマ国は一層潤うだろう。交易について話をしたいということだが、なんなりと言うがいい」
「ありがとうございます。イズモの鉄と米の交易をまかせたい」
「なんじゃと!?」
「そして、イズモにツシマ国海人のための拠点となる村を作る。そこを使ってほしい」
「ほう、見返りはなんじゃ?」
「税なども含めなにもいらない。ただし、交易の内容を報告してほしい。どこに何をどれだけ運んでいるかだ」
「そんなことでよいのか?」
「ああ、イズモは急激に発展する。その人たちを支えるためには、交易を活発化させる必要があるんだ」
「よかろう。報告のための専門の文官をつけよう」
「感謝します」
よかった。
これで流通の動向が把握できる。
ヤクマ王や文官たちは、俺が損しているように思っているようだが、それは違っている。
この世界ではまだ理解されないだろうが、情報はとても重要だ。
それも、俺がこれからやろうとしていること、つまり規模の大きな国造りにはとくに情報が大切になってくる。
そして、ツシマ国が豊かになり交易が活発になることは、人口が一気に増え、そして農作物の生産量や、海産物の収穫量が劇的に増えるであろうイズモ国にとって、願ったり叶ったりなのだ。
「交易のルートをおしえてほしい」
「わしらは海の向こうの半島、オキ、イズモ、イズシ、コシへ船を廻しておる」
「あれ? 南は?」
むむ、九州と交易してるはずなんだけどな。
「南? ああ、それはわしらではない」
「え?」
「南のことはイト国の女王に聞いてくれ。南は戦乱も多くてのう。わしらは何代も前に手を引いておる。今はイト国にこのツシマ国から南の交易はまかせておるのじゃ」
海人族はひとつじゃなかったのか。
まあ、そう言われるとそのほうがあたりまえだな。
イト国、なんだっけ?
なんか聞いたことあるような気もするけど、すぐには思い出せないな。
「イト国に行くことはできるのですか?」
「できるが・・・。まあ、紹介の証の品は出してやろう」
紹介の証の品?
紹介状のようなものだろうか。
ヤクマ王はなぜか苦笑いしている。
まあ、ここまで来てるんだから行くか。
そういうわけで俺はイト国に行ってみることにした。
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