奪われ崩れた者
どうやら僕は死んでしまったようである。
あれは、確か学校の帰り道、家に帰る途中にある長い坂を横切った時のことだ。
何やら風を切る音と誰かの叫ぶ声が聞こえて、そちらを見れば無人のトラックが坂を下って、僕に突っ込んでくる所だった。
そして、その後のことは覚えていない。
死んだ瞬間もその痛みも。
「それで、ここは何処なんだ?」
気付けば暗闇の中ぽつんと立っていた。周囲を見回しても、ここは暗くて周りは見えやしない。
すると、僕の声に反応したのか、この空間に明かりに包まれる。
「高千 志鏡さんですね」
そこに居たのは、小さい女の子。白いワンピースに天使みたいな羽を付けて、生足を出してる。
僕はロリではないので心惹かれないが、美少女であることに間違いは無い。将来有望そうだし。
「はい、そうだけど、君は?」
「私は神様です」
「……は?」
無い胸を張ってる女の子は放っておいて、あれかそういうごっこ遊びが流行ってるのかな?
「馬鹿にしてますね。私が神なのです」
「そうなのかー、神様かーすごいなー」
うん、ここは素直に乗ってあげるのが優しさだと思う。
「はい。で、ですね。実はちょっと失敗してしまいまして」
「失敗?」
「ちょっとクシャミをした拍子に風を吹かせちゃいまして、それで坂道に停めてあったトラックのストッパーが壊れて、貴方にぶつかった……という訳です」
え、何言ってるのこの子?
あれ、そういや僕なんでこんな所に居るんだっけ?
「って、僕が死んだトラックは君のせいだって言うのっ」
「そうですよ。ですから誤ろうかと、すいませんでした」
何、何、何、僕ってこの子の失敗で死んだのっ。しかも、全く悪いことしたって感じで誤ってないし、形式上って感じじゃんっ。
でも、あれ? 何かこんな展開を見たことがあるような。
「あっ、もしかして転生とかあれか。ニコポとかチートもらって活躍できる奴」
いや、最近ニコポは無いな。
でも、特殊能力とか、ポイント制とかなら……。
「何、言ってるんですか?」
「えっ?」
「そんなのある分けないじゃないですか」
何言ってるの、この子。何かさっきからずっと、これしか言ってない気がするけど、何言ってるのっ。
そうだ、ここに呼ばれた以上、何か意味があるはず。
「じゃ、じゃあ何でここに呼んだの?」
「ですから、誤る為ですよ。すみませんでした」
女の子は面倒くさそうにため息を吐いた。
「ちょっと待ってよっ。それだけ? 僕死んだんでしょ」
「それだけって、神自ら謝ったんですよ。十分じゃないですか」
冷徹な目で睨みつけてくる少女。……いかん、ちょっと拙い。冷静になれ僕。
僕は心から湧き立つモノを必死に抑えようとした。だけど、そんな僕を嘲笑うように女の子は言葉を続ける。
「では、私も仕事がありますから。それでは」
女の子がそう言って手を一回叩くと、足元にあったはずの空間が開いての浮遊感。
ちょっと、落ちる、落ちるっ。
必死に穴の淵に手を伸ばすけど、触ることすら拒否するように穴は広がり、僕は奈落の底へと落ちていった。
「ぎゃああぁぁぁぁーー」
くそおぉぉぉ、こんな事なら何も分からないまま死んでた方が良かったじゃないかぁーー。
鬼、悪魔、人でなしーー。
『くはは、面白れぇ』
そんな声が響いたかと思うと、浮遊感はなくなり僕は思い切りお尻を地面に打ち付けた。
「いたっ」
そうは言ったけど、痛いのかどうかは分からない。ただ、生きていた時の反射でそう言ってしまっただけ。
そして周囲を見回しても、さっきと逆で僕の周囲だけが明るく、離れたところは暗闇で何も見えない。
「アイツの謝罪劇を久々に見たな」
その暗闇から足音を鳴らして誰かが近づいてくる。
もう警戒心はMAXレベル。それよりも、こんな事が続いて良く落ち着いてる自分を褒めてあげたい。
「よぉ、人間」
そして現れたのは…………おっぱい。いや違う違う。
黒髪ロングに羊のように捩れた角を付け、背中から蝙蝠ような翼を生やした女性だった。
背筋が自然と伸びるような、美しい目から向けられる冷たい眼差し。他人を見下していてもそれが許される、そんな雰囲気がある。
でも、問題はそこじゃない。問題は着ているその服だ。
「前の奴ん時は無かったが、転生にチート? 面白そうだ」
お腹には貴族令嬢のようにコルセットのようなものをつけて、上着は白衣のようなものを羽織ってるだけ、しかも前を止めてないのに先っちょは丁度隠れてるというチラリズム。
下は黒いミニスカートに、ヒールの高い茶色いブーツ。
こんな眼福にあずかっては、ごちそうさまと一緒に感謝まで言いたくなる。
「よし、その欲望、オレが叶えてやる」
「ありがとうございました……?」
崇め称えている僕を余所に、彼女はどこかで見たように手を叩く。
そして、再び内臓が浮き上がるような感覚。
「またかぁぁぁーーーー」
今度も闇の穴へと落ちていき、その途中で僕は意識を失った。
◇◇◇
気が付いたのは良く分からない場所。というより、気持ち悪い場所。
何かぐちゅぐちゅの液体に、繊維やら何やらが混じった。まるで熟れ過ぎた果実みたい。
訳は分からないけど、取りあえず手足を伸ばして脱出を試みる。
すると、何かに当たったかと思うと、そこから裂けていく感覚……で、三度の落下。
「ぐぅっ、痛い」
受身を取れるはずも無く、久々とも言える地面にぶつかる。
痛い、今度は思い込みとかじゃなく、普通に痛かった。
起き上がって落ちてきた所を見ると、凄くでっかい木だった。
そこにはいくつかの実が生っていて、僕が出てきたのはその中の一つみたいだ……って、あそこから落ちてよく無事だったな。
「よぉ人間、いや元人間か。調子はどうだ?」
「ひょわっ」
背後から話しかけられ思わず変な声を上げてしまう。振り返った先にいたのは、やっぱりさっきの美女。
でも、そんなことより気になることを言っていた。
「元人間?」
「あぁ、ここは魔界。人間だと毒になるものが多くてな。せっかくだから造り変えてやったよ」
いきなりの展開に驚き、僕は自分の両手を見るけど、そこには前となんら変わらない肌色の手。
「多少丈夫になっただろうが、見た目や筋力何かはそう変わってないぞ。面倒だったからな」
そう言って彼女は大樹の側に寄ると、そっと手で触れる。
「こいつはオレが新たな種を生み出す時に使う『命の樹』だ。だから、ここから生まれたお前は、既に人間じゃなく魔族」
「人間じゃ、ない」
「まあ感覚はあんま変わんねぇだろ。それと、チートとやらの件だが」
人間を辞めた事にショックを受けた僕だったが、その一言で顔を上げる。
そうだ、それがどうなったのか聞かなきゃ、魔界とやらでやっていけないじゃないか。
「良く分かんねぇから、お前の国にある二胡って楽器を、いつ何個でも出せるようにしてやった」
「えっ?」
「右手に【来い】って念じてみろ」
嫌な予感がしながら右手を見て念じる。
来い、二胡がポッと現れた。
どこからどう見ても『ニコポ』です。ありがとうござざざざ……
「ちょっ、ちょっとーー」
第一、二胡って中国の楽器だしっ。
「じゃあ基本、力が全てな世界だが楽しんでってくれや」
最後に爆弾落とさないでっ、そんな世界で二胡をポッと出せる力でどうすればいいの。
僕は飛び上がろうとする彼女の足に縋り付いた。
「お願いします、何でもしますから。力を、戦っても生きていけるだけの力を下さい」
この時の僕は恥も外聞も無く縋り付いた。
いや、でも仕方ないことだと思うよ。何せ分からないまま魔族になって、頼りのチートは役立たず、そして力とか上がってないのに実力社会。
だから、混乱して地が出てしまったもそれは仕方のないこと。
「靴を舐めれば良いですか? 舐めますから、いやむしろ舐めさせて下さい」
「汚れんだろボケ」
少女相手なら何とか堪えらる紳士だけど、美人な大人の女性になら問題ないよね。
ただし、それに相手が答えてくれるかは別問題。
彼女は僕を蹴り飛ばすと、艶やかな黒髪を弄り何事か考え込む。
「そうだな、こうしよう。お前の崇め方は中々いいもんだった」
何か閃いたのか、指を髪から離して手を叩く。
崇め方というと、彼女とおっぱいとM心を刺激する服装に出会った時のですね。
「オレらはああいったのが力になる。んで、お前はここでオレを崇める奴を増やせば、その内の一割をお前の力に加えてやろう」
つまり、僕に宗教活動をしろということか。
「でも貴女が神様なら、もう意味ないんじゃないですか?」
「まあ似たようなもんだが、神ってだけなら、あのちまっ娘のことだ。オレは魔神だしな」
良く分からないけど、神というのは個人を示す言葉で、彼女は魔神様という個人なのか。
でも、どっちにしても大差ないんじゃないの?
「それに、この世界を創ったという意味ならそうだが。無数に創ったうちの一つ、いちいちオレが創った何て話してねぇよ」
知名度はない、ということね。
それにしても、力を貰えるのが一割ってのは少なく思えるけど、それをごねて無しにされても仕方ないし。
「分かりました」
「よし、じゃあこっちに来い」
普及活動を受け入れた僕は、さっき魔神様に蹴飛ばされたままなので、立ち上がって近くに寄る。
何か繋がりとか創るのかな? 契約とか?
僕が魔神様の手の届く範囲まで近づくと、その白く細い指で腕をつかまれ、強引に引き寄せられる。
抵抗する間もなく引き寄せられた僕は、腰にもう片っ方の手を回されて……
「んっっ」
無理やり唇を奪われた。
柔らかい唇とおっぱいの感触とは反対に、強引に引き寄せられる腰とつかまれた腕。
だいぶ経ったのかそれとも直ぐなのか、彼女の舌に運ばれて何らかの液体が入り込み、僕は思わずそれを飲み込んだ。
そして離される手。
支えを無くした腰は僕の意思とは無関係に崩れ落ちる……腰が抜けた。
「な、なななぁな」
「何だ始めてだったのか?」
「はははは、はぃ」
今の顔は自分でも分かるほど真っ赤だろう。
すごい心臓がバクバクで、口から飛び出しそう。
「ま、これで契約完了だ。後は第二の生涯を楽しむことだな」
魔神様は艶かしく唇を舐めると空に飛び上がる。
あっ、魔神様が去っていく前に、どうしても知りたいことがあった。
「あのっ、お名前は?」
「あぁ、お前らじゃ理解できねぇ。好きに呼びな」
そして、挑発的な笑みを残して、魔神様は消えていった。
ダメ、何か刺激が強すぎて死にそう。
「……先ずは人? が居るところに行かなくちゃ」
ただ、いつまでも呆然としていられないし、僕はようやく動きだすことにした。
幸い道みたいのが続いてるから、そこを進めばいいのかな。
木も草も生えていない一本道を進む。
時々変な鳴き声が聞こえてくるけど、今の僕には気にする余裕もない。
何故なら……
「お腹すいたーー」
生まれたてのこの身体が栄養を欲してるのか、何も食べてないまま数時間は歩きっぱなしで、食べ物はないし飲み物もない状態。
周りを見ても、不気味な色と形をした木ばっかり。
そんな状況で次に目にいくのは、手に持ったままの二胡。
かなりマシに見えるから、食べても問題ないかなー、なんて思ったり。
ほ、ほらゴボウとかウドとか食べるし、自然薯とかサツマイモとかと一緒だよね……ごくり。
◇◇◇
あれから月日は流れて数ヶ月。
街みたいなところにたどり着いた僕は、そこの一番偉い魔族、魔王様にあって二つの許可を貰った。
魔神様が言っていた「基本、力が全てな世界」の通り、魔王様は一番強い魔族がなるらしいけど、自分が楽する為のルールを作るから、基本的な決まりごとはあるんだ。
そして、貰った許可は
1つ目はもちろん、魔神様の「エスナ・ビジョオー」という名を広める許可。
2つ目は食事の販売許可。
うん、そうなんだ、魔族になって味覚が変わったのか、二胡すごく美味しいです。
木は香ばしい煎餅みたいで、蛇皮はそのまま皮でパリパリだし、弦は噛み切りにくいけどスルメみたいだったし。
それで今は屋台を引いて、二胡を売り歩きながら普及活動中。
「ありがとうございましたー」
今も男女の魔族がお買い上げ。
棹のところを持って、一緒にバリバリと食べ歩く姿はちょっとシュールだ。
売り上げの六割は持っていかれるけど、二胡の元手はタダだし、魔王様から許可を貰ってるから、この屋台を襲うような魔族もいない。
だから、そっちの方は順調なんだけど。
「おう、司教さんよ。ちょっと聞いてくれ」
エスナ様を魔神と崇める宗教、『マーゾディス』教を広めてる僕は、いつしか司教と呼ばれるようになった。
まあ、呼び方が名前と一緒だけどね。
そして、問題なのは……
「さっき、空腹でぶっ倒れてる野郎がいてな、蹴りを食らわしてやったぜ。もう直ぐ死ぬんじゃねぇか? がはははは」
これだ。元人間の僕と魔族である彼らとの思考の違い。
こんな中で宗教を広めることの大変さっ。
「そ、それは惜しいことを。今、空腹を満たせば、再び餓死の恐ろしさに脅えさせることができますよ」
「……おぉ、そいつは最高だ。さすがマーゾディス教の司教だな」
こんな事が次から次に。
「じ、じぎょう、おで、ふりぶがない、あいづ、ごろず」
「そそそ、その前に誰かを雇い襲ってみては? そこを颯爽と貴方が駆けつける。騙して振り向かせるのです」
「やっでみる」
「司教さまー」
「司教さん」
「シキョウ」
こんな日々が続いてる。女性になら厳しくても嬉しいけど、こんな厳しい状況はごめんです。
もう、誰か助けて神様ぁ……ってそれだとあの女の子じゃんっ。
「くしゅん…………あっ」
二胡ポッがやりたかっただけの短編でした。
オレ様キャラを意識してみたんですが、エスナ様はどうだったでしょうか。
特にあの契約シーンは、志鏡を女の子っぽく妄想していて、エスナ様の頬を叩こうかと脳裏に過ぎったりしていました。