読切 メリイクリスマス
友達同士の正和と直之。二人はそれぞれに奈々子、里美という恋人がいました。けれども二人とも間違いをお互いに犯してしまい、里美の発案で冬の海でサーフィンの勝負に出ます。しかし実は正和は里美が好きになってしまった。そこで直之は冷たい冬の海に硬直し、そのまま亡き人に。それから二年が過ぎた。その間に正和は里美と付き合い始め、奈々子とは別れた。自然の流れだが決してそうともお互いが言えない二年間だった。そしてそんな日々に決別しようと里美は正和をクリスマスの、直之の命日に、海に呼び出して・・・。
正和は波打ち際でただ一人、呆然と立ち尽くす。そして今にも海に入って何かをしようとする仕草を繰り返す。しかしついにためらってしまう。その様子は何だか悔いているような、懺悔したいような、そんな雰囲気にも見える。
「もうよそうよ。」
「どうしてさ?。」
「だって………そんな事したって………。」
里美は言い掛けて黙った。そして吹き付ける強い風の中で、凍える手に少しでも温もりを与えようと缶コーヒーを握り締めてまた黙り込んでしまった………。
浜辺で沈む夕陽を眺めながらその二人はただ呆然としている。吹き付ける強い海風も関係無い。ただそこにあるのは沈みかけた陽の、冬にしか醸し出さない独特の影の長い冬景色とそこに佇む二人だけだ。
「どうしていきなり………よりによってここに来い、なんて言い出したんだ?。」
正和は里美に尋ねた。しかし里美は何も答えようとはしない。その様子に少し苛立ちを隠せずにいる正和は堪りかねて、
「おい、里美!。」
すると里美は缶コーヒーを一気に飲み干して、何かを打ち消すように、
「怒鳴らないでよ!。」
とキッ、と叫んだ。けれどもそのか細い叫び声も海の強い風に掻き消されてしまう。
その様子を見ながら正和は、
「海に来たら思い出すだろう。特にこんな時期に来ちまうと………。だから俺は嫌だったんだ。考えた事あるか、思い出す度にいつも憂鬱になって………まるでヘドロが頭を占領
しようとするような感覚を………。」
と、里美に責めるように叫んだ。里美は返すように、
「いつも思っているわよ。」
「だったら、何もこんな時に………。」
「だからなのよ。」
また、里美は正和に向ってキッとなった。そして、
「もういい加減に、ちゃんと向き合わないといけないから。」
キッ、となっている里美を今度は宥めるようにしながら正和は、
「向き合った所でどうなるんだ!。あいつはもう戻らないだろう。」
と、言うと、
「でも、逃げ続けるよりはマシでしょう。」
里美はそう答えた。しかし正和はまた、宥めるようにして、
「もういいじゃないか、弔いはとっくに終わったんだ。戻らない事実を再認識した所でもうどうにもなるような問題でもないだろう。それよりもこれからの事を考えた方がいいんじゃないのか?。」
「確かにそうだけど、でも………。でも、直之がこの海で死んでもう2年も経つのよ。いい加減に逃げるのは良くないでしょう?。」
「だからって………。」
「………本当は私がいけないのよ。私が………変な嫉妬心持って貴方と直之をこの海で、この冬に………。」
「それは言うなよ。」
「でも………。」
「お前が悪い訳じゃないだろう。むしろ男の俺の方がしっかりしていなかったから。」
「それは違うわよ!。悪いのは私の方よ。直之が死んでからずっと、どうしてあんな事言い出したのか、ずっと、………後悔し続けているのは貴方だけじゃないわ!。私だってそうよ。それに、奈々子だってそうよ。」
「奈々子の名前は出すな!。」
「お互いそうやって自分を責めても何も始まらないだろう。」
「………そうね………。」
波と風の音だけが強く、そして冷たく二人を打ちつける。二人はそこでもう、何も言えないお互いを発見して、立ち止まってしまうお互いに、ただただ、苦笑いだけが零れ落ちるのをお互いが感じた。ビュー、と突風が二人を吹き付ける。
正和は気を取り直したように表情を変えた。そして、コートの内ポケットから小さな包み箱を取り出した。そして何も言わずに里美に渡した。里美は少し驚いて、
「何、これ?。」
「少し高かったけどな。開けてみてくれ。」
手渡されたその小さな箱の包装を里美は凍える手で、しかし丁寧に開けた。また里美は驚いた。
「………サイズ、合っているよな?。」
里美は驚きながら、
「どうしたの?、これ?。」
正和は少し照れ臭そうにしながら、
「いいだろう、だって今日はクリスマスだ。」
里美はまた驚く。
「えっ?。」
「忘れていないか?。確かに正和の命日だけど、クリスマスだ。」
少し里美は落ち着きを払いながら頷いた。
「………確かに………そうね。」
その様子を見て正和は、
「そうだろう?。」
「だからって………、受け取る資格なんて私にはないわよ。それに貴方には奈々子がいるじゃないのよ。」
「いいんだ。お前じゃないと駄目なんだ。それにアイツとはもう、ずっとあれから会っていない。いつもお前は邪推するけれども、現実にはもう、奈々子には会っていないしアイツがどうなっているのかなんて俺は知らない。今の俺にはお前しか………お前しかいないんだ。この二年間、ずっとためらってきたけれども。けれども、ここじゃないと駄目なんだ、ってお前に呼ばれて気が付いたよ。」
「どうして?。」
「俺がお前の事を好きなのに理由なんているか?。この二年間は本当に長かったけれども、けれども一緒にやって来たじゃないか。それに、もう一回言うぞ。俺はここにお前から呼ばれた時に決心したんだ。もう、直之の事は忘れよう、ずっと過去に捉われていても仕方が無いじゃないか、って。」
そう正和は言い終えると里美の様子を伺った。里美は俯いている。
「………。」
「直之の事、まだ忘れられないのは分かっている。」
その言葉を聞いた途端に里美は表情を変えた。驚きから真顔になった。
「私、アナタの事裏切ったのよ。」
「いいさ。」
少し冷たい表情で里美は、
「また裏切るかも知れないわよ。」
「大丈夫だよ。」
そう言われると里美も少し揺れ動くが、それでも、
「でも………。」
と拒否の姿勢は崩さない。
「いいから、受け取ってくれ。」
「いや………そうじゃなくて………。」
「受け取ってくれないと二人で歩いたこの二年は何だったんだ?って事になっちまうだろう。」
「それは………。貴方はためらっていたんでしょう。」
今度は里美は攻めるように正和にそう呟いた。そしてその勢いのままに里美は正和にそれを返す仕草をした。一瞬、突風と共に二人に沈黙が流れた………。正和は、一瞬、まさか、という表情をしたが、
「そうか………。」
と、項垂れた。そして黙ったまま、返された包み箱を受け取った。
「ごめんなさい。」
一瞬、また、沈黙が流れた。しかし凍える寒さからか、もう一秒でも早くここを立ち去りたい、そんな気分が二人を包み込む。その雰囲気を察知して、正和は、
「まっ、仕方ないな。」
それ以上二人の間には何も言葉は無かった………。
しかし正和は、波打ち際に向かって一人で歩いた。その様子を肩を竦めながら里美は見ている。里美は正和を追っ掛けはしない。………トボトボと歩きながら波打ち際に辿り着いた正和は、
「直之、俺、どうやらお前に負けたみたいだな。」
そう小声で呟いた。湧き起る正和の感情、それを止める事など出来ずに一筋の涙をこぼし、コートの袖でそれを軽く拭った。再び震えながら立ち竦む里美の元に正和は戻った。
そのまま車に戻る事を正和は促して里美もそれに応じた。
急いでエアコンを付けて車を走らせた。正和は、里美は、やるせない気持ちだけを残して海を後にした………。車内では二人、会話は………無かった。
浮き足立つ街に戻る二人。正和は里美を駅迄送った。これが最後になるだろう、そう思うと正和はどうしてもやるせない気持ちになった。そしてこれからは果てしなく続く道を独りで歩き続けなければならない事だけを………。
そうして月日は流れた。もう二人は会う事など無くなった。正和はまた、クリスマスがやって来たのを感じて、不意に車をあの浜辺に向かいたくなった。そして気の赴くままに車を走らせた。良く晴れたお天気、綺麗な夕暮れ、吹き付ける潮風、一年前の苦い思い出………。友だった直之を失った事実………そしてその直之と自分は一体何を争い、何を手に入れたかったのだろう?。そんな思いが、様々な言葉が、正和の頭を交錯する。そしてこの一年、ずっと思い描いていた里美の笑顔も………。
段々海岸線が近付いた。見渡す限りの青い海、その向こうは太平洋、地平線が遥か彼方に見える。カーステレオから流れるFMは、クリスマスソング一色だ。あぁ、またやって来たんだ、そう正和は思った。そして、車を浜辺に止めた。
すると………正和は一瞬、眼を疑った………。
里美が………缶コーヒーを握り締めながら、じっと沈みかける夕陽を眺めていた。
「何やってんだよ。」
正和は里美に声を掛ける。里美はそれ迄は肩を震わせていたが、その声に気付くと、
「貴方こそ。」
と、遠くの正和に向かって走り寄る。その顔に、曇りは………。
超短編で書きました。短い中にストーリーを凝縮させるのは本当に難しいと改めて実感した次第です。結末の部分はお読み下さる皆様のご想像にお任せします。