世界間渡航
2254年8月3日、《検閲済》社ネット記事
「『航世法第一条。如何なる場合にも、異世界に現実世界の痕跡を残してはならない。』
かの有名な航世法はこうして始まる。2200年に一つ目のパラレルワールド(異世界)が見つかった際に出来た比較的新しい国際法律だ。
かつて世界間渡航は非常に危険な行為であったが、M氏がタイムトラベル理論を世界間渡航に応用した技術を発表すると、世界中のロケットメーカー、車メーカーがこぞって『世界間ワープボート』の開発を始めた。安全性に難ありだった今までのワープボートの欠点を確実に補えるアイデアをM氏の技術より見出すことができたからである。要は、タイムトラベルを短時間の間に繰り返して時空に歪みを作り、その歪みから異世界へ行くわけだ。
さて、そんな世紀の大発明をしたM氏こそが、異世界の第一発見者でもあることはご存知だろうか。驚くべき事実だ。ここからは、我々が独自にM氏本人から得た情報をもとにこの事実を綴っていく。
若かりし頃のM氏は、趣味でタイムトラベルを楽しんでいた。人類が一番栄えたという20世紀や、AIの反乱が記憶に新しい22世紀。1日のうちで何回も時間渡航を繰り返すという日々を送っていた彼は、ある日ついに発生した時空の歪みに飲み込まれてしまった。
目覚めると、M氏は旧名古屋のC区にいた。しかし、先の反乱によって破壊されたはずの建物や、存在しないはずの人物による広告が目の前に広がっていたのである。
非常に聡明な彼は気がついた。自分はパラレルワールドへ来てしまったのだと。
それから彼は何度も世界間渡航の実験を繰り返して現世界へ帰ると、以下の発見をノートに書き留めた。
『
· タイムトラベルを短いうちに繰り返すと時空に歪みが発生する
· パラレルワールドは実在する
· 時空の歪みに入ることでパラレルワールドへと辿り着ける
· タイムトラベルを繰り返した数だけ時空の歪みは大きくなる
· 大きな歪みに入るほど、変動率の高い異世界へ行ける』
ここで『タイムトラベルを繰り返す』の定義について確認しておこう。これは『24時間のうちで、5回以上時間渡航をする』行為を指す。通常はこんなことをすれば身体が持たず、急激に老化してしまうが、(時空局公式ページ参照)M氏はなんとそれに影響されないという技術を独自に開発していた。それを記したのが、『タイムトラベル論応用Ⅱ』である。
M氏はパラレルワールドの存在とその証拠を匿名で国へ訴えた。国はすぐさまM氏監督のもと調査を始めた。しかし、うっかり例の独自技術を国へ伝え忘れたことにより、調査員の男性三人が急激な老化により亡くなってしまった。M氏は当時のことを『何故あんなに大切なことを伝え忘れたのか自分でも分からない』と語っている。
この事故により、『時間渡航を繰り返す必要のある世界間渡航は危険なのではないか』という意見が各地に深く根付いてしまった。M氏が例の技術を『タイムトラベル応用論』として世に発表するのは、世界が異世界の存在を公に出した10年後だった。この本は実名を出して発表したのに対し、異世界実在の訴えは匿名で行われたため。これらが同一人物であると気がつく者はほとんどいなかっただろう。
いかがだっただろうか。今は身近となった異世界旅行、世界間渡航にもこのような歴史があるのだ。
しかしながら、取材しながらも思ったが、このM氏というのは一体何者なのだろう。タイムトラベルにおける老化の無効化を現実にしたその技術力や、国への多大な影響力。ここでは名前を"M氏"と伏せて紹介したが、彼の著書では実名が出ている。これを機にM氏の正体に迫ってみるのも面白いかもしれない。」ー
以上が例の記事です。
「ご苦労。」
しかし、驚きましたね。人間の技術力がここまで来ているなんて。
「いや、恐るべきは人間ではない。」
というと?
「このMという者が、誠に人間だと思うか?その類まれな技術力や国への影響力は如何にして説明がつく?」
言われてみれば…。
「Mの居場所を直ちに特定せよ。必要があれば周辺の街を焼いても構わぬ。Mは必ず生かして捕らえよ。そして、その技術を知る全ての者を消せ。」
御意。
「あの裏切り者が地球にいたか、あるいは知りすぎたただの人間か…。どちらにせよ面白いことになりそうだ。」
Mを捕らえたら、どうするおつもりで?
「何、知っていることを全て吐かせてから消すさ。その後は地球を壊すなり好きにすれば良い。知りすぎるということは罪であり恥だ。技術のある場所は我が星のみでなければならない。」
よくよく心に留めております。
「それなら良いのだ。さぁ、行け、宇宙の果てへ。早急にMを捕らえるのだ。」
御意。




