お言葉ですが、魔王様。
ここは魔王城、そして我が主は悪名高き魔王である。
細身で長身の彼の頭には猛々しい2本の角が生えている。
しかし最も印象的なのは魔王の血筋を明確に示す赤く煌めく瞳。
並大抵の魔族では、彼の目を見ただけでも恐れをなしてしまう。
「おい、お前」
低く厳かな声が響く。
ここにいるのは魔王様と私のふたりだけ。
自分が呼ばれたと理解し、魔王様の前に跪く。
「なんでしょうか」
「一つ聞きたいことがあるのだが」
魔王様は一呼吸おいてから呟いた。
「……お前の名はなんという?」
我が主の声は、わずかに震えていた。
——あれは雷雨の激しい日だった。
雷による閃光が魔王城を包み込んだ瞬間に魔王様は唸り声をあげた。
その時から、魔王様の様子がおかしくなったのだ。
具体的にどこがおかしくなったと言えば立ち振る舞い。
これまで魔王様は、非常に威厳のあるお方であった。
四天王でさえも恐れをなすほどの、畏怖されるべき存在。
しかしその日を境に、魔王様の立ち振る舞いが薄っぺらくなったのだ。
「私の名をお忘れですか」
「……いや、ただの確認だ」
腕を組んで私から視線を逸らす。
「魔王様、以前から気になっていたのですが」
「なんだ、言ってみろ」
話が変わってほっとした表情になった魔王様を確認しつつ、額づいて口にした。
「もしかして魔王様は転生した人間ではございませんか」
「……ん?」
間抜けな声が部屋に響く。
やはり私の考えは間違っていなかったらしい。
魔王様は現世から異世界転生した普通の人間である。
なぜ私がそのことに気づいたのかというと、理由が二つある。
一つ目はさっき述べた我が主の立ち振る舞いの変化。
いきなり魔王様が安っぽくなってしまったのだ。
二つ目は、少し説明しにくい。
まあ単刀直入に言えば、私も異世界転生した普通の人間なのだ。
元々私は普通の女子高生だった。
そんな私がある日、目が覚めると魔王城の側近として仕えていたのだ。
最初は落ちるサイド間違ったな、って思ったけどこの生活も案外悪くない。
みんな私のことを尊敬してくれるし、TRPGやってる気分で演技ができる。
自己肯定感が満ち満ちている今の生活には、かなり満足していた。
「俺が人間である、とお前は言ったな?」
「申し訳ございません」
どんなにペラくても魔王は魔王。
無礼を働いたともなれば極刑は免れない。
まあそんなことする勇気ないだろうけど。
「なぜそう思ったのだ?」
ぎらつく赤い瞳は私の姿を射抜く。
並大抵の魔族では、腰が抜けるほどの鋭い目力である。
「ある日を境に魔王様がしなくなったことがございます」
「それでこの僕……いや俺が人間であると考えたのだな」
転生前の一人称は僕だったのかな。
へぇ、ちょっと可愛いじゃん。
「左様でございます」
私は額づいて応えた。
「して、それはなんだ?」
手を組んで前かがみになる我が主。
よほど自分の立ち振る舞いが気になるらしい。
一呼吸おいてから、私は続けた。
「魔王様は語尾に『フハハハハハ!!』と笑うものでございます」
嘘である。
以前の魔王様は笑みを一度も浮かべない、冷酷無比なお方だった。
それならなぜ私がそんなことを言ったかといえば、面白そうだから。
真面目な顔でふざける性格が抜けきっていないのかもしれない。
ちらりと魔王様を見ると、とても深刻な表情をしていた。
「……それは本当か?」
「もしかしてお忘れですか」
「そんなはずはないだろう、フハハハハハ!!」
「むぐっ」
慌てて口元を押さえる。
ヤバいヤバい、ほんとに笑っちゃうって。
この人、マジで私の言う通りのことしてくれるじゃん。
「他には何かないか、フハハハハハ!!」
「恐縮ですが魔王様、ここで笑うのはおかしいかと」
「……もちろんわかっている」
ごほんごほん、と魔王様は喉を鳴らして誤魔化した。
この人、流石にちょろすぎない?
現実世界で騙されたりしてないよね。
「……魔王様は2人だけのとき、いつも頭を撫でに来られます」
私の声が、静かな部屋の中に響く。
これも真っ赤な嘘である。
私の虚言がどれだけ通用するのか見定めるために、極端な嘘を吐いたのだ。
もし私が魔王様であれば、こんな嘘一発で見抜ける。
でも——
「……そうだったな」
我が主は玉座から腰を上げ、私に近づいてきた。
待って待って、この人マジで信じ込んでるんだけど。
嘘まみれのSNS社会をどうやって生き抜いてきたんだ。
そんなことを考えているうちに魔王様は床に腰を下ろし、私に頭を傾ける。
「それでは、よろしく頼む」
「はい、よろこんで……」
あまりにも上手く進んでしまいドギマギしつつも、魔王様の頭を優しく撫でた。
「髪、めっちゃ綺麗ですね」
「そうだろう、フハハハハハ!!」
「耳障りなのでやめてください」
「あ、ごめん」
すぐに頭を下げた。
ほんと威厳ゼロだな、この人。
漆黒の髪を梳いて、軽く整える。
少し触るのを躊躇ったが、2本の角にも触れてみることにした。
とりあえず、先端部分を軽く触ってみる。
「……ひゃっ」
「どうしたんですか、魔王様」
間抜けな声出てましたけど。
「角は良いから、髪だけ触ってくれ」
「どうしてですか?」
「……」
魔王様は何も言わない。
だから角の部分を掴んで、何回かストロークいれてみた。
「ちょっ、マジでやめてっ……」
すぐに角が手からすっぽ抜けた。
魔王様の顔を見ると、少しだけ赤くなっている。
その様子を眺めながら、私は口を開いた。
「もしかして魔王様、アレですか?」
「なんだ、アレって」
「角が性感帯、みたいな」
「……まさか」
お言葉ですが魔王様、否定が弱いです。
「……ともかく、頭を撫でるのはこれで終わりだ」
手で髪を払いながら、魔王様はすぐ玉座に戻った。
もうちょっと遊べそうだったのにな。
「話は戻るが、お前の名は何という?」
先ほどの気の抜けた声から一変し、厳かな声が響いた。
「私の名は、セシリアと申します」
前世の名前は坂宮春香ですけど。
ちなみにあだ名は、はるちゃん。
「それではお前のことは、これからセシリアと呼ぶ」
「いいえ魔王様、そんなことあってはなりません」
少し強めに否定する。
「どうしてだ?」
「魔王様が名を呼ぶとき、体内で大きく魔力を消費しているのです」
魔王様と呼んでいるのはそのためだと補足すると、すぐに訳知り顔で腕を組む。
全部でたらめだけど、理解してくれたみたいだ。
もう少し私の言うことを疑うべきだと思う。
「それならばなんと呼ぶべきだ?」
「私のことは大魔王様とお呼びください」
「俺より上じゃないか」
そんな話をしているうちに、使いのものが慌てて部屋に飛び込んできた。
「魔王様、勇者がすぐそこまで来ております!」
「なんだと……?」
使い者によると、すでに入り口を超えてここまで向かっているそうだ。
「勇者ごとき粉々にしてくれる、フハハハハハ!!」
ピッタリな状況でピッタリな笑い声を上げながら、魔王様は勇者を出迎えに行く。
でも魔王様、こういう時は玉座で待つべきだと思います。
しかし面白そうだったので、私は黙ってついて行った。
長編にしたいなって思ってる作品のプロトタイプです!




