要領のいい子
派遣のアルバイトに行った時のことだ──
おおきな倉庫の引っ越し作業を手伝いに行った。社員のひとが10人ぐらいいて、アルバイトが私を含めて12人。
大型トラックに載せて運ばれてきた荷物をみんなで運んだ。段ボール箱や鉄のラック、重たいものもあれば軽々と持てるものもある。
男性が重たいものを引き受けてくれて、私の他にも何人かいた女性は軽めの段ボール箱や木のラックなんかを任された。
「おっ? ジュンちゃん、頑張るねぇ」
男性社員の顔がほころぶ。かわいいものを見て目がとろんと下がり、仕事中とは思えない笑顔になる。
「こんなの軽い、軽いでーす……よっ!」
ジュンちゃんと呼ばれた女の子は二十歳代前半ぐらいの、白いTシャツのキラキラしたショートカットの娘だ。つまり私より15は年下だ。結構重たそうな鉄のラックを抱きしめて、小走りの背中から小麦色の肌がチラチラと覗く。
私は木のラックを抱えて、その後ろをついて行っていた。おおきなラックだがとても軽く、170cmの長身があるから地面をこすったりもしない。
ジュンちゃんはちっちゃくてかわいい身体に鉄のラックを抱きしめて、その姿は確かにかわいかった。
アルバイトではなく社員さんなのだろうか? みんなが彼女を知っている。初めて入ったバイト先なので、詳しいことは何もわからなかった。
とりあえずわかることは、ジュンちゃんを見ると男性社員の誰もが笑顔になり、私のことは誰も横目ですら見ないということだった。
お昼にはなかなか豪華なお弁当が支給されるという。それだけを楽しみに、私は単純な力仕事の繰り返しを頑張った。
トラックから下ろした荷物の運び先は何箇所かあった。
社員さんに「一階のF1」とか「二階の奥まで持っていって」とか指示をされ、そこへ足で運んでいく。
社員さんもアルバイトもそれぞれの方向へ散らばり、巣作りをするアリさんのように、広い倉庫には忙しく人間が動き回っていた。
「山田さん、身長高いからパワーありそうだよね」
太めの女性社員にからかわれるように言われた。
「これ、結構重たいけど、持てる?」
渡されたおおきな鉄のラックを持ち上げてみて、私はうなずいた。
「大丈夫です。どこへ持っていけばいいですか?」
「へぇ、すごい!」
冗談で言ったかのように、社員さんが驚いた。
「じゃ、二階のB3にお願いね。……あ、無理はしないでね? へこたれそうになったら近くの男性社員に代わってもらったらいいから」
へこたれるもんか。
私はかわいくないし、トシだけど、パワーになら自信がある。
毎日ロードバイクに乗ってトレーニングし、器具を使って握力も鍛えているのだ。
性格は引っ込み思案だし、オドオドしてるとよく言われるけど、女子プロレスラーに憧れた過去がある。結局夢に終わったけれど、体力作りはずっと続けているのだ。それが今、役に立つ。
二階に上がり、鉄のラックを肩に担いでおおきな段差を二つまたぎ、三つめの段差のところで彼女を発見した。段差にお腹を乗せて折れたような格好で、ジュンちゃんがへこたれていた。
「だ……、大丈夫ですか?」
私が声をかけると、心配させないよう気丈に笑う死にかけのひとみたいな顔でこっちを振り向いた。そのだらんと前に投げ出した手の先には、重たそうな鉄のラックが床にめり込んでいる。
「無理しちゃだめだった」
自分に呆れるようにジュンちゃんが笑う。
「重いしー、デカいしー……。段差につまずいて思わず投げちゃったぁ……。やっちゃった」
周りを見ると二階のそのあたりには誰もいない。ずっと向こうの奥のほうには男性社員やアルバイトが何人かいるのが見えたけど、遠くて気づいていないようだ。
「私、これ置いたら助けに戻ってきますので、待っていてください」
そう言い置いて、段差をまたいだ。
戻ってみると、発見したままの姿でジュンちゃんはそこにいて、うなだれていた。周りには相変わらず誰もいない。
鉄のラックは床にめり込んではいるものの、ひん曲がっていたりはせず、無事なようだった。でも一応ジュンちゃんに聞いてみる。
「これ、どうします?」
「F3に運んでくださーい。できるなら」
「運べますけど──社員さんに壊れてないか見てもらったほうが……」
「大丈夫、大丈夫。あたしも社員だから。何か言われたらあたしが責任もつから」
そう言われたので大人しく鉄ラックを持ち上げた。
これはこの華奢でかわいい女の子には無理だと思えるような重量だった。床から引き抜いて、下部に手を当てて支えると、腰を踏ん張って、私は無言で約20メートルの距離をノンストップで運んでいった。
戻ってみるとジュンちゃんがいなかった。まぁ、気にすることはなく、一階への鉄階段を下り、トラックのところへ戻ろうとすると、後ろからおおきめのヒソヒソ声で呼び止められた。
「おねえさーん、ここ! こっち……」
振り向くと、階段の裏に扉があって、それを少し開けた中からジュンちゃんが覗いていた。私に手招きをしている。
意味がわからないながらも私が近づくと、手を掴まれ、中に引っ張り込まれた。
「な……、なんですか?」
「へへ……。一緒にサボろ? 一人じゃ寂しくってさ」
いたずらそうな笑顔でそう言う。
至近距離で見るジュンちゃんの顔は一般人だった。若くてかわいいけど、肌には年相応の汚いブツブツがあって、パーツのバランスも芸能人みたいじゃなくて、ただ若いだけだ。顔もまん丸すぎる。
ただ唇だけは、磨いたみたいにツヤツヤで、触るとプルプルしてそうに輝いていた。
「だ……、だめですよ。私、アルバイトなんですから。サボったりして、バレたら出入り禁止になっちゃいますよ」
手を振りほどいて逃げようとする私を、ジュンちゃんが床に座ったまま引き止める。
「疲れちゃったの。ね? ちょっとだけ付き合って」
フレンドリーに接してくれるのがなんだか嬉しかった。
男性みんなの人気者と仲良く肩を並べて座ると、自分まで人気者になったような気持ちがした。
「さっきの鉄ラック、大丈夫でした?」
「うん、無問題。あたしと違って頑丈だったよ」
ニコニコ笑顔がかわいい。
私は一人っ子だけど、妹がいたらこんな感じかな? と思った。しかも若い子と話していると、自分までが若くなったように錯覚してしまう。
「あたしさー」
ジュンちゃんがぽつりと言った。
「この仕事、やめようかと思うんだよねー」
確かに、なんだか合ってない様な気がした。
彼女にはもっと、たくさんのお客さんを相手にする仕事のほうが似合ってるような──
でも私には何とも言えず、ただ「そうなんですか」と相槌を打つしかできなかった。
「パワーがないから向いてないんだよねー」
そう言いながらジュンちゃんが私の二の腕をぷにぷにとつまんでくる。
「……意外とぷにぷにしてるんだね。もっと逞しいかと思った」
くすっと笑って、彼女の腕をつまみ返した。普段の引っ込み思案とは思えない馴れ馴れしさに、自分でも少し驚きながら──
「わぁ。こんな細くてやわらかい手で、力仕事なんてよくやってるね」
相手は社員さんなのに、ついタメ口になった。
「いつもは力仕事じゃないんだよー。でもこういう引っ越しとかの時には駆り出されちゃってー」
「大変だねー」
なんだか雰囲気がよかった。
まったりしてしまって、そのままそこで二人並んで仰向けに寝転んだ。
そのまま眠ってしまいそうになって──
「あっ」
アルバイト中だったのを思い出した。
「そ……、そろそろ戻らなきゃ!」
起き上がろうとする私に、ジュンちゃんが覆いかぶさってきた。意味ありげな微笑みを浮かべて、私に言う。
「山田さん……だよね?」
私の名前を知ってくれているのがなんか……気持ち悪かった。
「一目見た時から気になってたんだ。あたし、レズなんだ」
どかせようと思えば簡単なはずだった。
でも、できなかった。気持ち悪いのに、抵抗できなかった。無理に振りほどいたら彼女が壊れてしまいそうな不安もあった。
ガチャッと、音を立てて外から扉が開いた。
「おい、何してる。サボるな」
ムキムキな体格の、社員の男性だった。
ジュンちゃんが私の顔を見ながら、ニヤリと笑った。
そして素速く振り向くと、悲痛な声を作り、男性社員に告げ口した。
「このひとがー! 仕事つまんないからサボりたいって!」
「は? はぁ!?」
私は思わず声が裏返った。
「しかもー! ここであたしと『いいことしよう』って無理やり……」
「ざけんなよ、おまえ!」
私は頭に血がのぼって、言葉が乱暴になってしまった。
「おまえがここに引っ張り込んだんだろーが!」
「ほらほら! 見て?」
ジュンちゃんの口が、回る回る。
「怖いんだ、このひと! しかもね、さっき二階でこのひと、鉄ラック落として壊したのに、見た目壊れてないから、落としたこと黙っててくれって、あたし脅迫みたいにされて──」
「落としたの?」
男性社員が私を睨むように見た。
「なんで僕らに報告しない?」
「決まってんじゃん。事故がバレたら派遣会社に報告されて、評価が下がるのを恐れたんだよ」
面白がるように私を指さしてそう言うジュンちゃんに、私は愕然とするしかなかった。
ジュンちゃんは人気者だし、彼らの同僚だ。対して私はただのバイト。しかも引っ込み思案で世間知らずで、性格が暗い。じつは父親が県会議員をやってるけど、そんなのこの場では何の効力ももたないし、私も権力にすがらず自力でなんとかしたかったし、何より元々勘当されてる身だし……
仕方がないか……
ぜんぶ私がやったことにすれば、丸く収まるなら──
私がそう思った時だった。
「おい」
男性社員さんが、ジュンちゃんに言った。
「『壊れたのに見た目壊れてない』ってどういう意味だ」
「あっ」
コツンと自分の頭をゲンコツで叩いて、ジュンちゃんが舌を出した。
「なんか言い方間違えた?」
「あと──おまえがここでサボってるのはいつものことだろ? 何かトラブルがあったらすぐ誰かのせいにするのも──」
「ごめんなさーいっ!」
派手なリアクションで、ジュンちゃんが頭を下げて、すぐにかわいい笑顔を見せた。
「ちょっとした出来心だよー」
「……いいから仕事に戻れ」
ジュンちゃんにそう言ってから、社員さんが私のほうを見た。
「アルバイトさんも。事故を起こしたらすぐに社員に報告してください」
私が落としたことにされてるのは変わらなかった。
「その……。ジュンちゃんさんに報告しました」
「いーじゃん、いーじゃん」
ジュンちゃんが朗らかに社員さんをなだめる。
「落としたけど、見た目壊れてなかったからさ。べつにいーじゃん?」
「まぁ……。あとで確認しとく」
私にはわからない番号のようなものをジュンちゃんから聞くと、社員さんは扉を開けたまま部屋を出ていった。
「ふー……。悪いことをするとバレるもんだよね」
ペロッと舌を出してジュンちゃんが横目で私を見る。
「さっきのは冗談だから許してね? レズだっていうの、本当はウソだから」
はぁ……と息を吐きながら、私はつい許してしまった。許さないといけないような空気にされてしまった。
現場に戻ると何事もなかったかのように仕事は続いた。みんながジュンちゃんに笑顔にされて、誰もが私のことは横目ですら見なかった。
要領のいい愛されキャラには敵わない。
『ざまぁ』する余地もなかった。
そして私も、落としたことにされた鉄ラックは何事もなく、お弁当は聞いてた通りに豪華で美味しくて、なぜだかそのあと前半よりもよっぽど気持ちよく仕事を続けられたのだった。




