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勇者の孫、転生した魔王と飯を食う

作者:
掲載日:2026/01/13

ある日の晩、じいちゃんは俺に言った。


「のう、はじめ。お前、彼女はおらんのか」


「えっ? 彼女?」


穏やかな夕餉の席。

広い和室の居間にて、ちゃぶ台を挟んだ向こう側でそう言ったじいちゃんの言葉に俺は眉をしかめる。


「何だよ、突然」


「いいから、彼女はおるのか?」


「いないけど」


「お前、童貞か」


ぶふっ、と味噌汁を噴き出す。

噴き出した味噌汁は全て眼の前の老人に直撃した。


「何をする!」


「急に変なこと言うからだろうが!」


「年頃の孫の貞操を確認して何が悪い!」


「んなもん確認されたくねーよ!」


ぜぇぜぇはぁはぁ、と二人して息をつく。

仕方なく机の味噌汁を布巾で拭き、じいちゃんは洗面所で顔を洗った。

仕切り直しをする。


「何でんなこと聞くんだよ」


「わしももう百二十歳になる。長くはない。わしが死んだあと、お前と一緒に暮らしてくれるやつはおるのかと思っただけじゃ」


「変なこと言うなよ」


とは言いながらも、否定はできない。

百二十歳ってギネスレベルだからな。

正直いつぽっくり逝ってもおかしくない年齢だ。

するとじいちゃんは顎をさすった。


「彼女もおらんのでは曾孫の顔は見れそうにないな」


「俺、まだ大学生なんだけど。子どもなんてできたら人生めちゃくちゃだろ」


「細かいやつじゃ」


「どこがだよ!」


俺が突っ込むとじいちゃんはそっと肩をすくめた。


「仕方ないのう。可愛い孫のために、わしが良い娘を見繕ってやろう」


「別にいらねーよ……」


若い娘の知り合いでもいるのだろうか。

じいちゃんと暮らしたのは十二年になるが、未だに知らないことの方が多い。

ただ、謎に顔が広いことだけは確かだ。

近所を歩けばよくじいちゃんへの言伝を頼まれるし、俺の大学の教授もなぜかじいちゃんを知っていた。

謎な人だと思う。


「大体、前も言ったと思うけど、俺は結婚とか、子どもとか、別にいらないんだよ」


「お前の両親のこと、まだ気にしておるのか」


「気にしてないほうがおかしいだろ」


俺はそっと目を伏せる。


「……子どもを不幸にするくらいなら、一人で生きて死ぬほうがマシだ」


「お前が幸せにしてやれば良いではないか」


「それができると思ってないから言ってんだろ。俺にはあの両親の血が流れてんだぞ」


ズズズ、と味噌汁をすすると「ふぅむ」とじいちゃんが嘆息した。


「大切な人を守るためにお前を鍛えたんじゃがなぁ」


「育ててくれたのには感謝してる。でも努力したのは俺だ。自分の力をどう使うかは俺が決める」


「ふむ、一理あるな」


じいちゃんはそう言うと、自分のヒゲを指でなぞった。


「まぁ、それはともかくとして、紹介はしてやろう」


「今の話聞いてた?」


俺は思わずため息を吐いた。

この老人は一度言い出すと聞きやしない。

顔をしかめていると、ニシシシとじいちゃんは笑った。


「楽しみにしておくんじゃな」




墓石を見ながら、何となくそんな記憶を思い出す。


「偉そうに言ったくせに、死んでんじゃねぇよ……」


悪態を告げるも、もう答えてくれる人はいない。


大学二年生になった四月に、じいちゃんは死んだ。

春の日差しは暖かく、まるでじいちゃんの死を祝福しているようにすら感じる。

穏やかな時期に亡くなったのは、何となくじいちゃんの最期にふさわしいと思った。


これで俺は一人か。

最低限の交友関係だけを残して、これから生きていくのだろう。

でもそれでいい。

生きていくための力は、じいちゃんにもらった。

ただ、気になることもある。


「結局、誰を紹介しようとしてたんだろうな」


疑問に思っていると、不意に「すいません」と声をかけられた。

目を向けると女性が立っている。

葬儀の時にいた人だ。


二十代半ばの金髪で、日本人離れした顔立ち。

外国の人だろう。

背は高く、喪服越しにもスタイルが良いのが見て取れる。

変わっているのは、耳が尖っていることだ。

まるでファンタジーに出てくるエルフのようだと思った。


「お孫さんですよね、大五郎さんの」


「あ、はい。正確には曾孫っすけど」


「この度は大五郎さんのこと……その、お悔やみ申し上げます」


「あー、大丈夫です。そんなに畏まらななくて」


「えっ?」


「元々何歳まで生きてんだってくらいだったんで、いつ死んでもおかしくなかったっていうか。まぁ大往生って感じで、こっちも何となく覚悟してたんで」


「そう……ですか」


女性は困惑した表情を浮かべる。

たった一人の家族を亡くして、俺がもっとショックを受けていると思っていたのだろう。

でも、俺が飄々としているのには理由がある。

生前、じいちゃんはよく自分が死んだあとのことを話していた。

何度も心の準備をさせられていたのだ。

だから悲しさや虚しさはあるけれど……受け入れる準備はできていた。


「じいちゃん――曽祖父の知り合いの方ですか?」


「はい。大五郎さんとは、古い付き合いで」


「へぇ……」


古い、というのは一体いつの話なのだろう。

若い人だと思っていたけれど、実は意外と歳なのかもしれない。


「実は生前、大五郎さんからあなたのお話を聞いていたんです」


「俺の話?」


「はい。その、あなたにどうしても紹介して欲しい人がいると」


「紹介して欲しいって……?」


まさか俺の恋人候補を紹介するとか言ってた、あの話か?

紹介するって言っていたのは、もしかしてこの人なのだろうか。

いや、にしても流石に葬儀の日にそんな話をするのもどうかと思うが。

こんな日に言われても困るだけだ。


すると女性は「こちらへ」と墓場の入口の方へ声をかけた。

少しして、物陰から黒いワンピースに身を包んだ女の子が姿を現す。


恐らく高校生だろう。

俺が二十歳だから、十六、七歳くらいだろうか。

どこか儚げな印象を受ける、息を呑むほど美しい女の子だった。


大きな二重の瞳に、すっと通った小鼻、まつげは長く、肌は白い。

それらは太陽に照らされ、まるで輝いて見える。

肩まで伸びた髪の毛は色素が薄く、赤い色をしていた。


ただ、あまりにも完成された外見に反し、表情がどうにも乏しく見える。

まるで人形みたいに真顔で、生気がない。


この子も葬儀に来てくれていたみたいだが、見落としていたらしい。


「えっと……初めまして」


恐る恐る声をかけると、女の子と目が合った。

パッチリとした金色の瞳に、俺の顔が映り込む。

先ほどの女性が、その肩にそっと手を置いた。


「申し遅れてすいません。私はリリア。大五郎さんとは、魔王を倒すために共に旅に出た仲間でした」


「……は?」


聞き間違えだろうか。

今、魔王がどうとか言ってなかったか。


「そしてこの子の名前は玉響たまゆらひびき。かつて大五郎さんに倒された、魔王の生まれ変わりです」


少しの静寂が流れた。


「……はっ?」


 ◯


近くの喫茶店で、先ほどの女性二人とお茶を飲む。

喪服姿の人間が深刻な顔でテーブルを囲っているのは妙に目立った。


「それで、じいちゃんが勇者? でしたっけ。何かのネットゲームの話ですかね」


「いいえ、現実の話です」


眼の前の金髪の女性――リリアさんの話ではこうだ。


じいちゃんは若い頃、天才賢者であるリリアさんに救世主として異世界に召喚された。

当時リリアさんの世界では、魔王が人類を半壊にまで追い込んでいたらしい。

そこで呼び出されたじいちゃんは、リリアさんや仲間と共に魔王討伐の旅に出て、激戦の末に魔王を討ち取ったのだという。

その際、魔王は死の間際にこのようなことを言ったそうだ。


『覚えていろ、私は必ず目覚める。その時がお前たちの最期だ』


以来、異世界ではいずれ復活するであろう魔王の探索がずっと続けられていた。


「その魔王が、この女の子ってことですか?」


「はい。その認識で間違いありません」


こんな非常識な話をしていること自体が間違いだろ。

正直意味が分からないが、眼の前の女の頭がおかしいことだけは分かる。

のこのこ着いてきてしまったものの、新手の宗教の勧誘かもしれないと思い始めていた。


「確かにうちのじいちゃん、腕っぷしはすごいし常人離れしてましたけど。にしても突拍子もないっていうか、ふざけすぎてるっていうか……。そもそもその話、何年前のつもりですか?」


「今から百年前になります」


「ふふっ」


思わず鼻で笑う。

小学生でも信じない話だ。


「百年前って、じゃあ失礼ですけど、あなたは何歳のつもりなんですか」


「私は二百五十歳です」


真顔で言われてしまった。

思わずガクッと肩が落ちる。


「あの……バカにしてます?」


「信じられないかもしれませんが、これは本当の話です。私はエルフで、人間の年齢で言う二十五歳なんです。エルフは人間に比べると寿命が長く、長い人は千歳まで生きます。人間のちょうど、十分の一の速さで歳を取るんです」


リリアさんは身振り手振りで必死に説明している。

嘘をついているようには見えなかった。

きっと本当の話なのだろう、本人からしたら。

そんな彼女とは裏腹に、玉響ひびきは我関せずと言った調子でマイペースに紅茶を呑みながらケーキを食べていた。

甘いもの好きなんだね。


「分かりました。じゃあ仮にあなたの話が本当だとして、何で異世界の魔王がこっちの世界でこんな普通の女の子の姿をしてるんですか」


正直たった一人の身内が亡くなったばかりで、こんなおふざけに付き合う心境ではないのだが。

リリアさんの嘘があまりに適当な設定だから、矛盾を突いてやりたくなった。

するとリリアさんはしばらく黙ったあと、口を開いた。


「……魔法です」


「魔法?」


「魔王は死の間際に、自身の魂を魔法で現在に移送したのです。そして百年間、地の底で長い眠りにつき……この世界で復活を遂げた。その際、魂の器となる肉体を探し、女の子の遺体に取り憑いたんです」


それが、この玉響ひびきだったという訳か。

女の子の死体に魔王の魂が入っただって?

スピリチュアルの世界でもそんな素っ頓狂なこと言わないだろう。

俺がドン引きしているにもかかわらず、リリアさんは話を続ける。


「ただ、魔王としても想定外のことが起きました。肉体と魂が融合する際に反発が起きたのです。結果として、無事に蘇生を果たすことはできたものの、自分の名前以外の一切の記憶を失ってしまった」


「じゃあ、こちらの玉響ひびきさんは現在記憶がないってことですか?」


「はい。生前の記憶はもちろん、魔王としての記憶も持ち合わせていません」


「何だそれ……」


「私は元の世界で魔王の復活に気付き、こちらの世界にやってきました。記憶を失って街をさまよっていたひびきさんを保護し、大五郎さんに相談していたんです。そして、今後のことは大五郎さんが対応してくださる予定だったので、しばらく私が彼女の面倒を見ていたのですが……」


「そんな時に、じいちゃんが死んだって訳ですか」


彼女は小さく頷く。

ようやく話が見えてきた気がする。


「で、俺にどうしろと?」


尋ねると、リリアさんは頭を下げた。


「あなたを勇者の孫と見込んでお願いします。魔王を――この子の面倒を見てあげてはもらえないでしょうか」


「嫌です」


即答した。

断られると思っていなかったのか、リリアさんの顔が強張る。


「そ、そこを何とか」


「無理ですって」


「こんなに頭を下げてもですか?」


「こんなに頭を下げてもです」


俺はふっと、息を吐き出す。


「そもそも、あなたが本当に異世界の住民なら彼女を元の世界に連れて帰ればいいじゃないですか。俺が面倒見る道理がないでしょう」


「それが、そうもいかなくて……」


「何故です?」


「私の居た世界は、魔族と長い間冷戦状態にあります。今彼女を連れて元の世界に戻れば、魔王が復活したことを悟られるかもしれません。この子が魔族の手に渡れば、魔王として覚醒を果たす可能性がある」


「守ってあげたら良いじゃないですか」


「魔族は強靭です。熟練した戦士でも、一人の魔族を相手にするのに束になってかからなければならない。守りきれる保証はどこにもないんです。最悪の場合、魔族の手に渡る前にこの子を殺してしまおうという話になる可能性だってあります……」


本人が横に居るにもかかわらず、リリアさんは物騒なことを口にする。

だが、ひびきは特に気にする様子もなくケーキを咀嚼していた。

自分の生殺与奪の権について話されてるんだから少しは興味持てよ。


「この平和な世界で平穏に暮らせば、魔王は復活せずに一人の女の子――玉響ひびきとして生きられるかもしれないんです」


「ならあなたがこちらの世界で引き続き彼女と暮せば良いじゃないですか」


「それがそうもいきません。お伝えした通り、私の世界は未だ不安定な情勢にあります。賢者である私がずっとこの世界に居るわけにはいかないんです」


「でも、一生面倒見ろってのはちょっと……」


「ならせめて、私の世界の情勢が安定するまで待ってもらえれば……私が彼女の面倒を引き継いで見ることもできるかもしれません」


「それって何年後ですか」


「……分かりません」


いい加減な話だな。

俺がガリガリと頭を掻くと、「それに」とリリアさんが言葉を継いだ。


「この子をこちらの世界に残したのは、大五郎さんの提案なのです」




「大五郎さん、本当に良いのですか? この子をこちらの世界に残しておいて」


「もう少し様子を見よう。一度死に、魔王の器にされ、また殺される。あまりにも不幸なことじゃ。この子が普通に生きるチャンスを、できるだけ残してやりたい」


「分かりました。私もどこまでお手伝いできるかは分かりませんが……」


「それで良い。この子をどうするかはわしが考える」




「大五郎さんは、この子のことを気にかけていました。記憶を失い、魔王の器になるという不本意な蘇生ではありますが……それでも彼女は玉響ひびきとして再び生き返ることができた。だからこそ、大五郎さんはこの子が生きることを望みました。私はその想いを、曾孫であるあなたに託したいと思っています」


「他に信頼できる人に協力を依頼したりはできないんですか」


「居ない訳ではないですけど、大五郎さんの想いを託すならやはりあなただと思って……」


カチンと来た。

俺は厳しい眼光を彼女に向け、腕組みする。


「故人を利用するなよ。あんたの言い分だと、元々はそっちの世界の厄介事を無理矢理押し付けてるだけでしょ。大体、じっちゃんの望みだなんて言って……それが嘘じゃないってあんたに証明できんのかよ」


「それは……」


彼女は黙る。

少しキツく言い過ぎただろうか。

でも、じっちゃんが利用されているような気がして、どうしても抑えられなかった。


「もしあんたが賢者だっていうのなら、証拠を見せてみろよ。魔法とか、何なりと使えるだろ」


ほぼトドメに近いつもりでそう言ったのだが、意外にも彼女は「確かに」と手を叩いた。


「見せますね、魔法。今から」


「へっ?」


 ◯


会計を済ませて店を出る。

リリアさんに連れられて路地裏へと連れてこられた。

俺の隣には玉響ひびきが歩いている。

こうしてみると結構背が小さいな。


路地裏は薄暗く、春の日差しが地面に濃い陰を落としていた。

周囲に人気はない。

もし刃物で脅されたらどうしようと思っていると、リリアさんがこちらを振り返った。


「先ほどは長々と説明ばかりしてしまってすいませんでした」


「いや……俺もカッとしてキツイこと言ってしまったんで」


「あなたは悪くありません。ご家族を亡くされたばかりなのにこんな荒唐無稽なお話をした私が悪かったのです」


意外と分別があるの人なのだろうか。

先ほどまではただの異常者だと思っていたから、急にまともになられても困る。


するとリリアさんは、おもむろに手を前に突き出した。

何事かと思って瞬きすると、次の瞬間には彼女の手に長い杖が握られている。

リリアさんの背丈と同じくらい長い杖だ。

どこから取り出したのだろう。

さっきまでこんな大きなもの、持っていなかったはずだ。


「初めからこうするべきでしたね。じゃあ、今からお見せします」


「見せるって……何を?」


「嫌だなぁ、あなたが言ったんじゃないですか。魔法ですよ」


「魔法……?」


リリアさんはニコリと笑みを浮かべると、くるりと俺たちに背を向けて杖をかざした。


「門、創造」


彼女が唱えると同時に、前方の空間が蜃気楼のように歪み、揺れ動くのが分かる。

透明な何かがそこに存在しているかのような違和感が、突如として発生していた。


「実像、構築」


二つ目の呪文を唱えると、先ほどの空間の歪みが徐々に色と形を持ち始め、門を象る。

コンクリートで作られたかのような扉の閉まった門だ。

俺よりも一回り大きな門が、道いっぱいに広がっている。

予期せぬ現象に、俺は目を見開いた。

リリアさんはこちらを気にする様子もなく続ける。


「転移魔法、発動」


彼女が詠唱すると同時に、門の扉がギギギと音を立てながらゆっくりと開いていく。

すると、その先に全く違う景色が広がっていた。

日本のどこかであることは間違いない。

その景色には、見覚えがあった。


リリアさんは門の中へと入っていく。


「さぁ、こちらへどうぞ」


「どうぞって言われても……」


俺が躊躇していると、気にすることもなく玉響ひびきが門の先へ進んでしまう。

仕方なく俺もその背中について行った。

ゴクリと唾を飲み、門をくぐり抜ける。

俺が通り抜けた瞬間、門は音もなく消えてしまった。


「ここって……」


俺は眼の前にある家を見つめる。

よく見知った家だ。


「ウチじゃん」


「場所、ここで合ってますよね?」


「合ってますけど」


さっきまで俺、墓場の近くにいたよな。

少なくともここから電車で数駅は先のはずだ。

悪い夢でも見ているのだろうか。


「何だこれ? どういう手品?」


「嫌だなぁ。はじめさんが言ったんじゃないですか。魔法ですよ」


「魔法……?」


「はい。転移の魔法を構築しました」


リリアさんは世にも美しい笑顔でにこりと笑った。


「私、世界一の賢者なので」


世界一の賢者か。

こうも眼の前で見せられてしまっては、疑えそうにない。

そうでなければ、魔法以外にたった今自分が体験した現象を説明できない。

どうやら彼女の話は本当らしい。


じいちゃんは若い頃、異世界で世界を救った勇者であり、リリアさんはその仲間。

そして俺の眼の前にいるこの玉響ひびきという女の子は、異世界から転生してきた魔王の成れの果て。


「これで信じてもらえましたか? 私の話」


「それは……」


もう否定はできなかった。

俺の表情から察したのか、リリアさんはそっと俺の手を取る。


「お願いします。大五郎さんの名前を利用するつもりは毛頭ありません。ただ、私はあなたに託したい」


「どうして俺なんですか?」


気がつけば、そう尋ねていた。


「さっきの話だと、俺以外にも頼める人がいない訳じゃないって感じですよね。なのに何で肉親ってだけでこんなに熱心に頼むのか、分からないんですけど」


「それは……」


リリアさんは俺の顔をジッと見つめる。


「あなたが、大五郎さんにとっての誇りだからです」


「誇り……」


「大五郎さんはあなたのことをよく話していました。人と一歩距離を置いてしまう一面はあるけれど、本当は心に芯があって、温かな人なのだと。そして、大五郎さん以上に勇敢な方だとお話されていました」


「じいちゃんがそんなことを?」


「あなたは勇者の遺志を継ぐ方なのだと、私は思っています。だから私は、他の誰でもなく、あなたに彼女を託したい。勇者大五郎の遺志を受け継げるのは、あなたしかいないから」


「そう言われても……」


脳裏にじいちゃんの顔が思い浮かぶ。

生前の、豪快に笑うじいちゃんの姿が。


「……少し、考えても良いですか。一晩だけでも、検討させてください」


「それはもちろんです」


 ◯


家に入り、冷蔵庫を漁る。


「リリアさん、ビールとか飲みます? じいちゃんが買い込んでたのがあるんですけど、結構余っちゃってて」


「あ、それじゃあ少しだけ」


「了解です」


リリアさんとひびきは宿泊していたホテルをチェックアウトしたらしい。

仕方がないので、今日一日だけ我が家に泊まってもらうことになった。

若い女性を二人も家に泊めるなんて経験ないから、正直大丈夫かと心配する。


古民家が珍しいのか、リリアさんは物珍しげに庭先を眺めている。

居間の入口では、所在なげに玉響ひびきが立っていた。

改めてみると絶世の美少女だな。

もし彼女を引き取ることになれば、これから本当にこの子と二人で暮らすことになるのか。


普通の男なら大喜びだ。

でも俺はそうじゃない。

俺はじいちゃんが死んでしまったら、人との交友は最低限にして、ひっそり生きていくつもりだった。

俺はもう、一緒に暮らすような家族はいらないと思っていた。


「とりあえず座れば?」


俺が声をかけると、ひびきはちゃぶ台のところに敷かれた座布団に正座した。


「一応、話せるん……だよな?」


俺が尋ねるとコクリと彼女は頷いた。

言葉は通じるらしい。


「さっきの俺たちの話、理解してたか?」


肯定。


「目覚めてからの記憶しかないんだよな?」


肯定。


「じゃあ、えーと……何て呼ぼうか。ひびきさん、でいいか」


「ひびきでいい」


「じゃあ、ひびき。俺ははじめ。鴻はじめだ」


「分かった。はじめ」


「呼び捨てかよ……。まぁいいか」


俺が立ち上がると、ひびきが俺を見上げた。

そんな彼女を安心させるために、俺は笑みを向ける。


「晩飯作るよ。食べたいものはあるか?」


「何でもいい」


「じゃあ、余った食材で適当に作るか。ひき肉と玉ねぎあるからハンバーグでもいいな。ハンバーグは好きか?」


ぐぅ、とひびきのお腹が鳴った。

好きなのだろう。


「すぐ作るよ。俺、こう見えても料理は得意だからさ」


手早く夕食を作って、食卓に並べる。

美味しそうな肉の匂いが家の中に満ちていた。

白米とハンバーグ、それと油揚げにじゃがいもと玉ねぎの味噌汁に、トマトとレタスのサラダ。

色々あった一日の終わりには、十分すぎるほどのごちそうだった。


食卓に並んだ食事を見て、リリアさんが「わぁ」と目を輝かせる。


「はじめさん、料理お上手なんですねぇ!」


「まぁ、じいちゃんに作らせるとろくなもんができないんで」


「確かに、旅してた時も大五郎さんが料理したことなかったかも」


リリアさんは話しながらグビグビとビールを口に運んでいる。

異世界の住人というには、ずいぶん飲み慣れているのが見て取れた。

案外酒好きなのかもしれない。


口にしたハンバーグは、噛むごとに肉汁が溢れ出る。

玉ねぎの甘味が肉の油を中和して、旨味が口の中に広がった。

味噌汁は少しだけ薄味で、出汁と味噌の素朴な味が調和している。

味噌汁の中に少しだけ溶けたじゃがいもが、味噌の旨味を引き出していた。


じいちゃんが死んで気持ちは沈んでいるはずなのに。

ちゃんと美味しいと感じる心はあるんだな。


俺の対面では、ひびきが丁寧な仕草でハンバーグを口に運んでいた。


「味はどうだ?」


「美味しい」


「良かった。おかわりあるから、たくさん食べてくれ」


「うん」


ハンバーグを咀嚼するひびきは、心なしか上機嫌に見えた。




『ほっほっほ、はじめ、今日は晩飯はいつも以上に美味いな!』




一瞬だけ、じいちゃんの姿がひびきと重なる。


どうしてなんだ。

こいつとじいちゃんは、似ても似つかないのに。

じっと見つめていると、視線に気付いたひびきが首を傾げた。


「はじめ、どうしたの?」


「別に……何でもない」


誤魔化すように、俺は米をかき込んだ。


 ◯


夜、俺は風呂に入る。


「何か色々あって疲れたな……」


湯船に浸かると、一日の疲れが流れ出ていく気がした。

ちなみに先にひびきを風呂へ入らせなかったのは、妙に意識してしまう気がしたからだ。

年頃の男の前に風呂上がりの美少女がいるのは心臓に悪い。


風呂から上がって居間へと入る。

部屋の隅っこでは、折りたたんだ座布団を枕にしてリリアさんが眠っていた。


「うーん……むにゃむにゃ。焼肉の丸焼きってスライムみたいな味しますねぇ、大五郎さぁん」


「どんな夢見てんだよ」


だいぶ飲んでいたから今夜はもう起きなさそうだ。

一人で缶六本は空けていた。

飲みすぎだろ。


「おーい、ひびき。風呂入って良いぞ」


毛布をリリアさんにかけながら声をかけてみる

だが、返事はない。

先ほどまでここでテレビを見ていたと思うのだが、一体どこに行ったんだろう。


何気なく姿を探して縁側を見てみると、窓を空けてひびきが夜空を眺めていた。


「ここにいたのか」


こくりと小さくひびきは頷く。

春先の庭はまだちゃんと手入れが行き届いておらず、草木が伸びてしまっている。

どこか遠くからジーッという虫の鳴き声が小さく聞こえた。

この時期だとクビキリギリスだろうか。


「そろそろ草刈りしないとな」


「いつもしているの?」


「じいちゃんとよくやってたよ」




『はじめ、今年も草刈りをするぞ!』




「毎年この時期になると草刈りしろってうるさかったな……」


「さみしい?」


「ま、静かだなとは思うよ。あのじいさん、いつもうるさかったから」


俺はひびき隣に座り、胡座をかく。

ひびきはといえば、少女らしく縁側から投げ出した足を小さく揺らしていた。


こんな小柄で華奢な女の子が、本当に魔王なんだろうか。

本当はじいちゃんが生きていて、今日一日の出来事も俺が女の子と暮らすための口実を作るためのドッキリだったりするんじゃないだろうか。

……んなわけないか。

本当にドッキリだったらどんなに良かっただろうな。


「じいちゃんはさ、俺の曽祖父なんだ。ひいじいちゃんってやつだな。分かるか?」


「うん」


「俺、親と縁が切れてんだよ。十歳の頃に父親が死んで、母親は育児を放棄して蒸発した」


俺の言葉に、ひびきは俺の顔を見つめてくる。

俺は続けた。


「父親側の祖父母は死んでて、母親側の祖父母は俺を拒んだ。親戚にも拒否られて行き場の無かった俺を引き取ってくれたのが、父方の曽祖父だった大五郎じいちゃんだ。運動も、勉強も、生き方も……色々教わったな。学校も進学させてくれて、正直感謝している……なんて言ったら絶対にからかってくるから、本人には言わなかったけど」


「そう」


ひびきは自分の手元に視線を落とすと、何かを考えるように自分の指を触った。


「大五郎とは」


「うん?」


「大五郎とは、何度か話したことある。あなたの話もしてた。はじめのことを話す時、いつも嬉しそうだった。大切だったんだと思う」


「そっか」


俺は空を見上げる。春の夜空はよく晴れていて、星が見えた。


「そう思ってくれてたんだな」


すると、不意にひびきが立ち上がって裸足のまま庭に立った。

彼女は空に手を伸ばす。

何をするつもりかと怪訝に思っていると、それは不意に生じた。


空に、たくさんの火の玉が生まれ、浮かだのだ。

赤、黄、緑、青、紫……様々な色彩の炎が空に浮かび、揺らめいている。

それは春の夜によく映えた。


夜空を照らすように、数え切れないほどの火の玉が揺らめき、静かな夜を賑やかにする。

幻想的な色彩の炎は、ひびきがそっと空に手を振る仕草と共に、ゆっくり空に登っていった。

色とりどりの炎が空に送られる、不思議が光景が生まれていく。


まるで道しるべみたいだと思った。


「何だ……これ」


思わず言葉が溢れる。

ひびきはこちらを振り返らず「送り火」と言った。


「大五郎がちゃんと空に昇れるように照らしてあげたの」


「魔法……ってやつか?」


「分からないけど、できそうだったからやってみた」


俺は静かに息を呑む。

何てでたらめな力だ。


リリアさんは魔法を使う時、呪文の詠唱のようなことをしていたけれど、ひびきはこんな力を何の素振りも見せず当たり前に使いこなしてしまった。

魔王の片鱗を、俺は見た気がした。


俺が目を丸くしているのにもかかわらず、ひびきは何でもなさそうに空を見上げる。


「大五郎、ちゃんと天国に行けるかな」


「……きっと行けるよ」


空に昇る炎を見ていると、もう二度とじいちゃんには会えないんだなと実感したのと同時に。

いなくなってしまったじいちゃんの代わりに、誰かが傍にいてくれることに安堵する自分もいた。


もしかしたら、じいちゃんがひびきをこの家に導いてくれたのは、俺を一人ぼっちにしないためだったのかもしれない。

いや、俺だけじゃない。

じいちゃんはきっと、俺とひびきを一人にしたくなかったんだ。


ひびきが魔王だからじゃない。

誰かと過ごすことの大切さを、じいちゃんは知っていたから。


確かにひびきの中にいるのは恐ろしい存在で、たくさんの人を傷つけるような怪物なのかもしれない。

でも、少しだけ俺は信じたいと思った。


じいちゃんのために送り火を生み出したひびきのことを。

彼女の中にある善性を。


「ひびき」


「何」


「うちで暮らさないか」


気づけば、そう声をかけていた。

ひびきはゆっくりと、俺の方を振り向く。


「行き場がないなら、うちに居てくれ。その方がじいちゃんも喜ぶし……俺もありがたい。この家、一人だとちょっと広すぎるからな」


「私で良いの?」


俺は頷く。


「ひびきが良いんだ」


俺たちは、どちらともなく空を見上げる。

天に揺らめく炎の先で、じいちゃんが手を振っている気がした。


 ◯


次の日。


「ふぁああ……。すいません、昨日は飲みすぎてしまいました」


居間で目覚めたリリアさんは、ボサボサの髪のまま目をショボショボさせる。

そんな彼女に、俺は水を渡した。

「ありがとうございます」と言いながらリリアさんは水を口に運ぶ。


「リリアさん。ひびきの件なんですけど」


「そうだ。昨日その件について話し合おうと思ってたのに、私のせいで全然できなかったですね」


「いえ、良いんです」


俺はひびきと目配せする。

受け入れるように、ひびきは小さく首肯した。


「ひびきのこと、うちで引き取りたいと思います」


俺が言うと、ぎょっとリリアさんが目を丸くする。


「ほ、本当に良いんですか?」


「彼女が魔王だとか、異世界の話だとか、正直よく分かんないことばかりですけど。ただ、もし誰かがひびきの行く末を見守らないといけないのだとしたら、その役目は俺がやりたいなって、そう思ったんです」


「私としてはとてもありがたいですけど……どうして急に?」


「それは――」


俺は少し考え、答える。


「じいちゃんが、ひびきをここに連れてきてくれた理由が分かったからです」


「……そう、ですか」


俺の言葉を聞いたリリアさんは、きょとんとしたあと。

「良かったぁ」と心から安堵した様子で泣きべそをかいた。


「……私、ずっと断られたらどうしようって、そう思ってて……ううう……。大体、私まだエルフでも若い方なのに一人で使命を背負わされて、大五郎さんも死んじゃってどれだけ大変だったかぁ……」


急にしなしなになった彼女に思わず苦笑する。

昨日までは真面目で凛々しい女性だと思っていたけれど、この気弱な姿が本当の彼女なのかもしれない。


「ふううう……良かったよぉ、大五郎さーん! わーん!」


泣いているリリアさんをなだめていると、いつの間にかひびきが俺のすぐ近くに座っていた。


「よろしく、はじめ」


こんな時でも、彼女は一切動じない。

それがなんだか可笑しくて、思わず笑みが溢れた。


「ああ。よろしくな、ひびき」


こうして俺……勇者の孫である鴻はじめは、現代に転生した魔王『玉響ひびき』と共同生活を始めることになった。

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