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第8話「もふもふは、土の中からやってくる」

 セレスティアへの農業指導が始まって数日が経った。

 彼女は最初は土いじりを嫌がっていたものの、持ち前の真面目さと負けず嫌いな性格を発揮し、驚くべき速さで知識を吸収していった。


「カイ! この堆肥の切り返しは、これでよろしいのかしら!?」

「セレスティア様、もっと腰を入れてください! 農業は体力勝負ですよ!」

「む……! このわたくしに指図するとは、いい度胸ですわね!」


 文句を言いながらも、彼女は泥だらけになるのも厭わず、一生懸命に作業に取り組んでいた。その姿を見ていると自然と笑みがこぼれてしまう。


 そんなある日のこと。

 俺たちが新しい畑を開墾していると、地面から何かがひょっこりと顔を出した。


「モギュ?」


 それは大きな黒い瞳をした、モグラのような生き物だった。大きさは子犬くらいで、全身がふわふわの茶色い毛で覆われている。


「な、なんですの、この生き物は!?」


 セレスティアが驚いて声を上げる。


『こいつは……? 見たことのない生き物だな』


 俺が警戒しながら見ていると、そのもふもふの生き物はおもむろに目の前の土を、鋭い爪で掘り起こしては食べ始めた。

 食べた土を吐き出して固める習性もあるようだ。


 すると驚くべきことが起こった。

 そいつが食べた後の土が、まるで魔法のように黒々と、そしてふかふかになっていくのだ。


「え……!? 今、何が……」


 俺とセレスティアが呆然としていると、その生き物は満足そうに「モギュー!」と鳴いて、また土の中に潜ろうとした。


「待て待て待て!」


 俺は慌ててそいつを捕まえる。腕の中に抱きかかえると意外なほど大人しく、くすぐったそうに身をよじった。手触りは最高のもふもふだ。


『こいつ、もしかして……土を豊かにする能力を持ってるのか?』


 ファンタジー世界ならではのご都合主義な存在。だが農業をやる身としては、これほどありがたい生き物はいない。まさに歩く最高級肥料製造機だ。


「カイ、危険ですわ! 魔物かもしれません!」


 セレスティアが剣に手をかけて言うが、俺は首を横に振った。


「いや、こいつは大丈夫だ。見てみろよ、全然敵意がない」


 腕の中のもふもふは、俺の指をきゅっきゅと舐めている。その仕草は完全に人懐っこいペットそのものだ。


「モギュ、モギュー!」


 そいつは腹が減っているのか、俺の服をくんくんと嗅ぎ始めた。

 俺は懐からおやつ用に持っていた干しポポイモを取り出して、そいつの口元に持っていく。

 もふもふは小さな鼻をひくつかせると、大きな口を開けて干し芋をぱくりと食べた。よほど美味しかったのか、目をキラキラさせて、もっとくれとねだってくる。


「ははは、食いしん坊だな、お前。よし、今日からお前の名前は『モグロン』だ」


 俺がそう名付けると、モグロンは嬉そうに「モギュー!」と一声鳴いた。


 こうして俺たちの農園に新しい仲間が加わった。

 モグロンは俺たちの予想を遥かに超える大活躍を見せてくれた。

 彼が畑を動き回るだけで、土はみるみるうちに最高の状態へと変わっていく。堆肥作りとモグロンの能力、この二つの相乗効果で、アースガルド領の土壌はもはや大陸でも類を見ないほど豊かなものになっていた。


 モグロンは作業の合間には俺たちの癒やしにもなった。

 疲れた時にあのもふもふの身体を撫でているだけで、疲れが吹き飛んでいくようだ。


「……かわいいですわね」


 最初は警戒していたセレスティアも、今ではすっかりモグロンにメロメロだった。彼女がモグロンの頭を撫でると、モグロンも気持ちよさそうに目を細める。その光景は一枚の絵画のように美しく、そして微笑ましかった。


 リナも、もちろんモグロンが大好きだ。


「モグロンちゃん、お腹すいたでしょ? 特製のポポイモ団子ですよー」


 リナが差し出す団子を、モグロンが幸せそうに頬張る。

 俺と、リナと、セレスティアと、そしてモグロン。

 奇妙な組み合わせだが、そこには確かに穏やかで温かい時間が流れていた。


 しかし、そんな平和な日々は長くは続かなかった。

 俺たちの成功は、同時にそれを快く思わない者たちの嫉妬と欲望を掻き立てることにもなる。

 アースガルド領の上空に暗い影が忍び寄っていることを、この時の俺はまだ知る由もなかった。

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