第4話「改革の狼煙と、村人たちの壁」
父から領地の農業改革全権を任された俺は、早速行動を開始した。
しかし事はそう単純ではなかった。目の前には長年の慣習と人々の不信感という、分厚い壁が立ちはだかっていた。
俺はまず領内の村々を回り、村長や農民たちを集めて説明会を開くことにした。
「皆さん！ これからこの領地の農業を大きく変えます！ まずは皆で堆肥を作りましょう！ そうすれば去年の何倍もの収穫が……」
「若様、お待ちください」
俺の言葉を遮ったのは一番大きな村の村長だった。しわの深い顔には、あからさまな不信感が浮かんでいる。
「堆肥とやらが若様の畑で実を結んだのは存じております。ですが、それは若様が特別な魔法か何かを使ったからでは？ 我々のようなただの農民に、同じことができるとは思えません」
「それに、堆肥作りには手間がかかると聞きます。日々の畑仕事で手一杯な俺たちに、そんな余裕はありません」
他の農民たちも口々に頷く。
「そうだそうだ。先祖代々、俺たちはこのやり方でやってきたんだ」
「下手に新しいことをして、けがでもしたらどうする」
「そもそも、そんな面倒なことをしている暇はねえよ」
予想以上の反発だった。彼らは長年の貧困と度重なる不作で、新しいことに挑戦する気力すら失っているのだ。
『くそっ、頭の固い年寄りどもめ……！』
思わず悪態が口をつきそうになるのをぐっとこらえる。ここで怒鳴り散らしても何にもならない。彼らの気持ちも分からないではないのだ。
「気持ちは分かります。ですがこのままでは、いずれ皆飢え死にすることになります。どうか俺を信じて、一度だけ試してみてくれませんか？」
俺が頭を下げても、彼らの態度は変わらなかった。
結局、その日の説明会は物別れに終わった。
屋敷への帰り道、俺は重い足取りでとぼとぼと歩いていた。隣を歩くリナが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「カイ様、元気を出してください」
「ああ……。分かっていたつもりだったんだがな。人の心を変えるのが、一番難しいとは」
土を改良するより、よっぽど厄介な問題だ。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
『そうだ。言葉でダメなら、行動で、結果で示すしかない』
俺は一つの作戦を思いついた。
「リナ、手伝ってほしいことがある」
「はい、何でしょう？」
「まず領内で一番やる気のある若者を集めてくれ。数は少なくてもいい。それから古くなって使われていない農具を、鍛冶屋に集めてもらうように手配してくれ」
リナは不思議そうな顔をしながらも、すぐに行動してくれた。
数日後、俺の前には十人ほどの若い農民たちが集まっていた。皆、現状に不満を抱き、何かを変えたいと思っている連中だ。
「よく集まってくれた。お前たちには俺の直轄部隊として、新しい農業のモデルケースになってもらう」
俺は彼らに、まず農具の改良から着手させた。
この世界のクワやスキは重くて使いにくい鉄の塊だ。俺は前世の知識を元に刃の角度を調整し、重心を安定させ、より少ない力で深く耕せるように改良させた。
「すげえ！ カイ様の言う通りにしたら、めちゃくちゃ軽くなった！」
「これなら今までの半分の力で畑が耕せるぞ！」
若者たちは改良された農具の使いやすさに目を輝かせている。
次に、俺は彼らと共に村の共有地だった荒れ地を開墾し、巨大な水路を掘り始めた。これは川から水を引いて、畑に安定して水を供給するための灌漑設備だ。
もちろん、最初は他の村人たちから冷笑された。
「また若様が何か始めたぞ」
「どうせ無駄なことだ」
だが俺たちは黙々と作業を続けた。
改良された農具のおかげで作業効率は驚くほど良かった。水路が完成し、乾ききった大地に初めて水が流れ込んだ時、若者たちから大きな歓声が上がった。
そして俺たちはその水路沿いに、見本となる広大な畑を作り上げた。
堆肥をたっぷりとすき込み、畝を立てて作物の種をまいていく。すべて、俺が日本の農業で学んだ合理的で効率的な方法だ。
「カイ様、俺たち、本当にこの領地を変えられるんでしょうか」
作業の合間、若者の一人が不安そうに尋ねた。
俺は黄金色に輝いた自分の試験農園を指さして言った。
「あれを見ろ。あれが俺たちの未来だ。俺についてくれば、必ずあれ以上の畑をお前たちのものにしてみせる」
俺の言葉に若者たちの目に力が宿る。
最初は遠巻きに見ていただけの村人たちも、俺たちの畑が日ごとに立派になっていくのを見て、次第にその態度を変え始めていた。
中にはこっそりと俺たちのやり方を真似し始める者も現れた。
改革の狼煙は上がったばかりだ。
この小さな火種が、やがて領地全体を燃え上がらせる大きな炎となる。
俺はクワを握り直し、目の前の大地を見据えた。やるべきことはまだ山ほどある。
