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第10話「絶体絶命、断たれた販路」

 俺たちが開発した天然由来の魔法農薬は絶大な効果を発揮した。

 領民たちと協力して数日がかりで領内の畑すべてに散布した結果、あれだけ猛威を振るっていた害虫の姿はすっかり消え失せていた。


「やったぞ! 虫がいなくなった!」

「カイ様、ありがとう!」


 領地には再び安堵の声と笑顔が戻った。

 しかし俺の心は晴れなかった。一難去ってまた一難。新たな問題がすでに刻一刻と迫っていたのだ。


 害虫被害はあったものの、農法改革のおかげで例年以上の収穫量は確保できていた。

 しかし、ここで新たな問題が発生した。収穫した作物を売るための「販路」だ。


 アースガルド領の作物は、これまで王都の大商人であるゴードン商会を通じて王国全土に販売されていた。しかし、そのゴードン商会から突然、取引停止の通告が届いたのだ。


『アースガルド領の作物は害虫被害で品質が著しく低下しているとの噂。よって、今期の取引はすべて見送らせていただく』


 そんな一方的な手紙が一通届いただけだった。


「そんな……! 嘘です! 私たちの作った作物はどこに出しても恥ずかしくない、最高の品質なのに!」


 リナが悔しそうに声を震わせる。

 もちろん品質低下などというのは、ただの口実に過ぎない。

 ゴードン商会はバルフォア子爵と裏で繋がっているのだ。害虫での妨害が失敗したため、今度は流通を止めることで俺たちを経済的に追い詰めようという魂胆だろう。


『汚い手を使いやがって……!』


 ゴードン商会はこの国で最も力を持つ大商会だ。彼らに逆らってアースガルド領の作物を買ってくれる商人は、どこにもいないだろう。

 このままでは収穫した作物はすべて、この領地内で腐らせるしかない。

 そうなれば来年の作付けに必要な種や農具を買う金も無くなり、俺たちの農業改革は完全に頓挫してしまう。


 まさに絶体絶命の危機だった。

 重苦しい空気が、領主である父や兄たち、そして俺たちの間に漂う。


「もはや、万事休すか……」


 父が力なくつぶやいた。


 その時だった。

 ずっと黙って話を聞いていたセレスティアが、静かに立ち上がった。


「カイ、諦めるのはまだ早いですわ」


 彼女は翠の瞳に強い意志の光を宿して言った。


「ゴードン商会がダメなら、別の販路を探せばいいだけの話。……いいえ、こちらから作り出してしまえばよろしいのですわ」


「作る……? どうやって?」


 俺が尋ねると、彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「我がヴァーミリオン王国が、あなたたちの作物をすべて買い取りましょう。ゴードン商会を通さず、我が国とあなたたちアースガルド領が直接取引をするのです」


「な……!」


 彼女の提案はあまりにも大胆で、そして魅力的だった。

 ヴァーミリオン王国は慢性的な食糧不足に悩んでいる。高品質なアースガルド領の作物は、彼らにとっても喉から手が出るほど欲しいはずだ。

 利害は完全に一致している。


 だが問題があった。


「しかしセレスティア様。それではアークライト王国とゴードン商会の面子を潰すことになります。下手をすれば外交問題に発展しかねません」


 父が懸念を口にする。


「構いませんわ。父王にはわたくしから事後承諾を取り付けます。それに、元はと言えば不当な取引停止を行ったゴードン商会に非があるのです。それに我がヴァーミリオンは、その程度の圧力に屈するほどやわな国ではありませんことよ?」


 セレスティアは女王のような威厳を漂わせて言い放った。

 彼女は、ただ美しいだけの姫騎士ではなかった。国を背負う王族としての、確固たる覚悟と交渉力を持っていたのだ。


『この人に賭けてみるか……』


 もはや俺たちに残された道はこれしかない。

 俺はセレスティアの提案に乗ることを決意した。


 早速俺たちは行動を開始した。

 セレスティアはヴァーミリオン王国との正式な交易ルートを確立するために本国と連絡を取り始めた。

 俺は収穫した作物の品質を証明するためのサンプルと、これまでの農業改革の成果をまとめた資料を作成した。


 もちろん、バルフォア子爵とゴードン商会がこの動きを黙って見ているはずがなかった。

 彼らはアースガルド領とヴァーミリオン王国が繋がる街道に、山賊を装った私兵を配置し、交易を物理的に妨害しようと画策していた。


「カイ、街道が危険ですわ。彼ら、本気で私たちを潰しに来ています」


 セレスティアからの報告に俺は歯を食いしばった。


「どこまでも、やることが卑劣だな……」


 だが、俺はもう、ただやられるだけの貧乏貴族の三男ではない。

 俺には知識がある。そして信頼できる仲間たちがいる。


「セレスティア、俺に考えがある。……少し派手な逆転劇を演じてやろうじゃないか」


 俺は不敵な笑みを浮かべ、反撃の狼煙を上げる準備を始めた。

 絶体絶命のピンチは、最高の見せ場を作るための最高の舞台装置だ。

 俺たちの逆襲が今、始まる。

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