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『絵を描く女』  作者: 水泡歌


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日咲〜前編〜

「煙草を吸う女は男にモテないぞ」

 大学時代。好きだった男にそう言われてヘビースモーカーになった。

 自分でもひねくれていると思うが仕方がない。

 告白することもなく終わった恋だった。

 それから卒業して教師になった今もやめられず、生徒からは「ニコチン」と呼ばれている。

「ふう……」

 2月。自宅のワンルームマンション。

 後ろにひとつにしばった髪をほどき胡座をかく。スマホ片手に煙草の煙を吸い込んで吐き出す。

 机の上には何の飾り気もないシルバーの灰皿が置かれ、私の灰を受け止めている。

 明日は休みだし、久しぶりに展覧会にでも行くか。

 検索をしているとスクロールする指が止まる。

 卒業制作展。

 母校の芸大のものだ。

 美術学科 油画コース。

 久しく思い出していなかった自分の卒業学科を思い出す。

 そうか、もうそんな時期か。

 今年で36歳。

 卒業してから、もう14年経つ。

 無性にあの頃が懐かしくなった。

「……行ってみるか」

 自然と言葉がこぼれ出す。

 たまには過去を振り返るのも悪くない。

 そんなことを思った。


 翌日。朝10時に起床し、ゆっくりと家を出た。

 電車に乗って1時間。

 4年間通っただけあって駅の名前も行き方も頭の中にちゃんと入っていた。

 ただ当たり前の話かもしれないが、そこにある景色は違った。

 金欠でポテトひとつを友達と分け合ったファーストフード店。今でもお気に入りのハンカチを買った雑貨屋さん。

 どれも知らない店に変わっていた。

 駅からはスクールバスに乗る。

 当時は普通のバスだったように思うが、今は芸大生によって派手にラッピングされていた。

 車内は私と同じように卒業制作展に来た一般の人と学生が入り交じっている。

 二人掛けの席に一人で座る。

 後ろの席では男子生徒が昨日観た舞台の話を興奮気味に友達と話していた。

 窓からぼんやりと外を見る。

 こんなでっかいドラッグストアなかったよなあ……。

 道のりは同じなのに違う。

 そのことに少し寂しい気持ちになる。

 10分ほどで目的地には着いた。

 バスを降りる。

 目の前に大学の姿が見える。

 途端、心がいっぱいになった。

 懐かしい……。

 何も変わっていない。

 この場所はあの頃のままだった。

 エントランスで卒業制作展のパンフレットを受け取る。

 足取りは弾む。

 地図など見なくても全て思い出の中に入っている。

 お世話になった画材屋さん。

 いつもピアノの音がきこえてた音楽学科の横の道。

 休講情報が貼り出された掲示板。

 その横には自動販売機が並んだ場所があって喫煙所が──あ、さすがにそれは無くなってるか。

 喫煙者に厳しい世の中になったよなあ……。

 苦笑しながら自動販売機を眺める。

「あ……」

 小さく声が出る。

 パックのいちごミルク……。

 購入ボタンを触りながら記憶はよみがえってくる。

 それが好きだったあの子のことを。

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