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8話 探偵、借りて来た猫になる

 雅の遺言開封の当日になり、集まった親族一同の鵜の目鷹の目を見て花奈はひどく緊張していた。 だがそれとは別にとてもスッキリとした気分でもある。 部屋の角に座る猫さんを見て何処で会ったのかを思い出せたからだ。


 母の顧問弁護士がいる弁護士事務所で何度か会ったのだ。


 だが思い出せないのも無理は無い。 今日の猫さんはいつもと雰囲気がまるで違った。


 トレードマークのような丸メガネを外し、寝癖だらけだった髪は整髪料でしっかりと撫で付けられ、いつも猫背気味だった背筋を正している。 仕立ての良い上下揃いのスーツの襟には弁護士バッチが光っていた。


 猫さんは探偵と弁護士という2つの肩書きを持っていたのだ。


 それにしても雰囲気が変わり過ぎだろう。 弁護士事務所で会ったときは、きちっとしていながらもドンヨリと疲れた雰囲気を醸し出していたが、探偵をやっているときはモサッ、ふにゃっとしながらも生き生きとしていて到底同一人物だと気づくのは難しい。 そんな猫さんも身だしなみを整え、黙っていれば仕事が出来そうな弁護士に見える。


 だが母の顧問弁護士は猫さんの横に座っている女性弁護士だったはずだ。 何故猫さんがここにいるのだろうか?


 改めて花奈は猫さんをじっと見つめた。


 当の本人は花奈の視線とその場の雰囲気に耐え切れず目を逸らし居心地が悪そうに、借りて来た猫のように座っている。


 そんな如何にも小心者の猫さんが何故弁護士をしているかと言えば、弁護士は猫さんの小さい頃からの夢だったからだ。


 ドラマの中の弁護士やゲームの中の弁護士は正義感に溢れていて憧れだったのだ。 三浪の末やっと司法試験に受かり弁護士になったのだが、やはりと言うべきか理想とはかけ離れていた。


 1に離婚調停、2に離婚調停、3、4が無くて5に離婚調停。 その他にはたまーに他の弁護士の助手をするくらいだ。


 猫さんの務める弁護士事務所では企業との顧問契約も多いが企業専門の弁護士は既に大勢抱えているため、事務所の中で1番の新人の猫さんには離婚調停が回ってくるのだ。 2年くらいはドロドロとした離婚調停にもなんとか耐えていたが、ふにゃっとした性格の猫さんには苦痛でしかなかった。


 そんな日々に嫌気がさしていたところ、離婚調停で訪れた家の奥さんにこう言われたのだ。


「迷子になったうちの猫を1匹探してくれたら離婚に応じてあげても良いわよ」


 その依頼で初めて猫探しをする事になった。 初めは自分に出来るのか不安だったが、思いの外楽しく3日掛けて無事に見つけ出したのだ。


 その後離婚調停中だった夫婦は何故か仲直りし、その夫婦に気に入られた猫さんは奥さんの経営しているアンティークショップの顧問となっていた。


 その後何故かアンティークショップの客や、事務所と顧問契約を結んでいる会社のお偉いさんから芋蔓式に猫探しの依頼が相次ぐ事となる。


 離婚調停にうんざりしていた猫さんには願ったり叶ったりの話だ。


 猫探し専門の探偵になる事を決意し、この事を弁護士事務所に辞表と共に報告したがあっさり却下されてしまった。 理由はこうだ──。


 あまり大きな規模ではないが何個かのお店や会社が、猫さんが居る事務所ならと顧問契約を結んでいる点。 それと大企業のお偉方の奥方からの評判がすこぶる良い点。 だいたいの家庭で旦那は奥方の尻に敷かれているという事だろう。 ご多分に漏れず猫さんも尻に敷かれている。 そういう訳で弁護士事務所としても辞められては困るのだ。


 それでも譲らなかった猫さんは事務所の話し合いで週5で探偵業務をする権利を勝ち取った。 普段はふにゃんとした雰囲気の猫さんだったが、事務所と話し合うときだけはシャキッとしたと周りに驚かれたそうだ。


 1週間のうち2日間が弁護士事務所で、後は探偵事務所にという訳だが、どうしても必要なときはどちらにも融通を効かせる事になっていた。


 何故か猫さんが動くと弁護士事務所のクライアント獲得につながる事が多い。 その事から弁護士事務所内では密かに『招き猫』と呼ばれている。 その為猫さんは弁護士事務所から逃げられないのだが、探偵でいられる時間を減らさないよう極力弁護士だと言う事は隠しているのだ。


 そんな猫さんが何故今日は弁護士としてここに来ているかといえば、この一連の事件の真犯人から花奈と恭介を守るためだ。 銀次に冗談めかして『猫の手も借りたい』と言われ内心思うところはあったが協力した。 ただの探偵ではこのような場に来ても門前払いを食らってしまう。


 それと横に座る猫さんの妻である鈴音すずね宝華ほうか、彼女が雅の遺言執行者に任命されていて、猫さんも遺言書を作成する際の証人の1人になっていたからだった。


 だが猫さんよりも居心地が悪そうなのは恭介だ。


『あいつは誰だ? 何故ここに居る? 確か葬式にも居たよな?』


 並木家親族一同にその様な態度を隠す事なく上から下まで舐める様に見つめられていた。 だがそれは他の誰よりも恭介が1番知りたい。 花奈に呼ばれ針の筵に座る様な気分で恭介は小さくなっていた。


 指定していた時間になり、親族が全員集まった事を確認すると宝華は財産目録を取り出し読み上げ始めた。


「並木家財産目録、作成日──」


 財産目録を読み上げる宝華の横で猫さんは頭の中で一連の事件を順を追って整理していた。


 まず2ヶ月ほど前に花奈がストーキングの被害に遭い、その事を従兄弟の大吾に相談した結果、大畑祐介という人物がストーカーとして捕まった。


 大畑が捕まった事でストーカー被害は収まったかに思えたが、花奈は今から2週間ほど前に再び被害を受ける事となる。 今度は植木鉢と建築用の足場板、どちらも当たりどころが悪ければ擦り傷では済まないものばかりで、下手すれば一緒にいた恭介も巻き込んでいた可能性があり凶悪性を増していた。


 更に花奈の元に不安を煽るように隠し撮りの写真も送りつけられているが、以前ストーカーとして捕えられた大畑祐介は死亡していた。


 植木鉢から検出された指紋は、約半年前に禄ノ島で2人(片瀬涼矢と川田蓮司)が死亡した件と関わりがある人物のものだ。


 そしてその指紋の持ち主とは──。


 猫さんがそんな事を考えていると財産目録を読み終えた宝華が咳払いをし、猫さんの脇腹を肘で小突いた。


「ふおっ!」


 完全に気を抜いていた猫さんが発した間の抜けた声はシーンとした部屋に響き渡る。


 部屋中の注目を浴びた猫さんは冷や汗をかきながら俯き、宝華が遺言書を読み上げるのを聞いた。







【次回、遺言書の内容で揉め、犯人が炙り出される!】

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