7話 探偵、ため息を吐く
恭介は事あるごとに花奈に呼び出され初めは不思議に思っていたが、次第に『もしかして今でも俺の事を好きでいてくれているのか? ……なーんてな』など淡い期待を抱き始めていた。
だがそんな恭介のポワポワした気持ちも銀次の話を聞いて吹き飛ばされる事となる。
「あの日お前ら2人に落ちて来た植木鉢なんだが、署に持ち帰って調べたところデータベースの中に合致する指紋があった。 それは半年前禄ノ島で起きた殺人事件の現場で発見された遺留品から出た指紋だ」
それを聞いた恭介の目が見開かれる。 それを見て猫さんは頷きながら確認した。
「恭介くん、君は半年前に禄ノ島で起きた殺人事件の被害者遺族だったんだね?」
「そうです。 ……父の事件で何か分かった事があるんですか? もしかして父を殺した犯人が分かったとか!? それとも花奈ちゃんのストーカーと何か関係があるんですか?」
そう尋ねる恭介の声は無意識に大きくなった。
銀次は苦虫を噛み潰したような表情で頷く。
「ああ、間違い無く関係あるはずだ。 俺はこの指紋の主が殺人事件の犯人だと見ている。 だが証拠が無い。 今の段階だと言い逃れをされて終わりだ」
禄ノ島で起きた事件とは恭介の父、片瀬涼矢が殺害された事件だ。 半年前、禄ノ島の海岸で釣りをしていた涼矢が何者かに顔を水に押し付けられて溺死した。 未だ犯人は明らかになっていない。
のどかな離島で起きた殺人事件として、小さくだが全国版の新聞にも載っている。
また同じ日に崖の下で当時大学生だった川田蓮司と言う人物の遺体も発見されている。 大学のサークル活動で禄ノ島を訪れていた蓮司の死因は崖からの転落死だ。
涼矢が亡くなっていた現場と蓮司の遺体が発見された現場は近い場所だったため、2つの死は関係あると見られていた。
SNSでは蓮司が涼矢を殺し、それを苦にして自殺したと一時賑わった。
実際警察も初めはその線で捜査していたようだ。
何故なら蓮司は財布を2つ所持しており、そのうちのひとつは涼矢の物だったからだ。
涼矢から財布を盗もうとした蓮司とその事に気付いた涼矢とが争いになりその末顔を水に押し付けて殺害し、その事を苦にして自殺したと警察は見ていた。
だが財布を盗った盗らないで殺人まで犯すだろうか?
そう考えサークルの仲間や親族に聞き込みをすると、蓮司はとても真面目で優しい性格だった事が分かり、とても盗難などするとは思えない。
更に蓮司が所持していた涼矢の財布からは両者の指紋以外もう1人分の指紋が検出されている。 その事から蓮司への疑いはかなり薄くなったが、捜査は振り出しに戻った。
「俺たちを植木鉢で襲った人が父を殺した犯人……?」
恭介が尋ねると銀次が頷く。
「ああ、涼矢氏の財布にあったもう1人分の指紋が植木鉢から検出されたって訳だ」
「それと花奈ちゃんから聞いたストーカーをしていたって言う大畑祐介だけど、遺体で発見されたよ……」
猫さんにそう言われ、恭介はぞわりとする。
『もしかして狙われたのは俺? 花奈ちゃんを巻き込んだのか?』
「えっ、あの人亡くなったんですか!?」
衝撃を受けた様子の2人に猫さんと銀次は更に驚きの内容を話した。
「花奈ちゃんに見せてもらったストーカー写真があっただろ? あれのうち1枚のカーブミラーに僕達が見た事がある人物が写り込んでいたんだ」
猫さんが問題の写真と虫眼鏡を差し出す。 そこに写っていたのは確かに花奈も恭介も知っている人物だった。
驚いた2人の様子に銀次も虫眼鏡で写真を見ると、唾を飛ばし叫ぶ。
「おいおい、コイツだよ植木鉢から検出された指紋の持ち主は。 これは立派な証拠だ、これをネタにストーカー規制法違反でコイツをしょっぴけば別件の取り調べも出来るぞ!」
携帯を取り出し電話しようとする銀次を猫さんが止める。
「叔父さん、ちょっと待ってください。 偶然写り込んだ1枚と植木鉢の指紋だけじゃ証拠として弱いです。 僕が犯人なら、運の悪い偶然だと言い逃れをしますね。 そしたら犯人は警戒するでしょ?」
「そんなもん、ちょーっとキツく取り調べりゃ吐くだろ」
「叔父さんもそういう取り調べが刑事訴訟法で禁止されてるのを知ってますよね?」
猫さんにジトっとした目で見られ、銀次はバツが悪そうな顔をする。
「……だが猫よ、お前もコイツの事調べただろ? 目的の為には手段を選ばない頭のネジが吹っ飛んだようなかなりの危険人物だ。 このままほっとけば犯行は間違いなくエスカレートするぞ」
「だから言い逃れが出来ない状況で決着をつけましょう。 次にこの人に会うのは3日後、雅さんの遺言書開封の日だね?」
猫さんに聞かれ花奈は頷きながらキョトンとした顔をした。
「ええ、でもなんで猫さんがその事を知ってるの?」
花奈の返事を聞いて猫さんは小さなため息を吐く。
「そんな事より先に謝っとく、2人には辛い思いをさせると思う。 だけど必ず叔父さんが守ってくれるから」
「猫さんは守ってくれないの?」
恭介も花奈の疑問に内心激しく頷く。
「ハハ……僕は人より弱いただの探偵だから期待しないでくれよ」
花奈と恭介から視線を逸らすように猫さんは斜め上を見上げた。
【次回、猫さんの正体が明らかに!】