3話 探偵、遠回りをする
「えー、第1駐車場使えないの?」
病院に隣接する第1駐車場の入り口にはチェーンが引いてあり、真ん中に案内がぶら下がっている。 それによると第1駐車場はコンクリートの張り替え工事をしている為、代わりに第2駐車場を利用して欲しいと第2駐車場への案内図と共に書いてあった。
猫さんは車の窓を開けて身を乗り出し案内を読むと口を尖らせる。
「ええー第2駐車場って、さっき通り過ぎた場所じゃないか。 しかもこの道路は一方通行だとー?」
渋々病院の周りをひと回りして第2駐車場に車を停め病院に入った。
「猫さんも来ればいいのにー」
「いやっ、いい。 親子と昔馴染みの再会に僕が水を刺すのも申し訳ないし」
明らかに慌てた様子で断る猫さんを花奈は不審に感じたが、それよりも恭介を雅と合わせる方が先決だ。
花奈の母、雅がいる病室の前で猫さんと別れ2人は病室に入った。
病室からは楽しそうな笑い声が聞こえる。 雅の話し相手は白衣を着た男性だ。 上部分を起こした電動ベッドに腰掛ける雅と談笑していた様子の男性は、扉が開いた音でこちらをちらっと見た。
花奈に気づくとすぐにニコッと笑う。
「おや、花奈ちゃんが来たようなので私はこれで失礼します」
すれ違い様に花奈の後ろにいた見知らぬ恭介を見て一瞬怪訝な顔をしたが、花奈に話しかけられすぐに微笑む。
「こんにちは大吾さん。 母の相手をしてくださっていたんですね、ありがとうございます。 こちらは母の友人の息子さんで片瀬恭介くんって言います」
花奈に紹介された恭介を見て大吾はニコッと笑う。
「こんにちは。 私はこちらの病院で研修医をしております、並木大吾と言います」
笑顔を絶やさない爽やかイケメンで将来有望な研修医、自分とは住む世界が違う人だと大吾の微笑みを見て恭介は直感した。
『でも花奈ちゃんと同じ苗字……?』
内心不思議に思いつつ恭介はペコっと頭を下げる。
「ど、ども。 ハジメマシテ……」
恭介は大吾と比べつくづく口下手な自分が恥ずかしいと思った。
「大吾さんは私のいとこなんだよ。 忙しい合間を縫ってお母さん──じゃなかった、母の話し相手にもなってくれてる良い人なんだ」
そう説明する花奈の横で大吾は腕時計を見ると雅と花奈に声をかけた。
「それでは私はこれで……」
「あっ大吾さん、母をよろしくお願いします」
「こちらこそ」
頭を下げると大吾は病室を出た。
大吾は花奈に片想いをしている。 花奈の小学校の入学式に呼ばれ、初めて会ったときに一目惚れしたのだ。 一目惚れをした瞬間について、よく雷に打たれたようなと表現されるがまさにそんなイメージだった。
小学1年生の女の子に中学生の自分が一目惚れするとはまさかロリコンなのかと不安になったが、あれからこの思いがずっと続いているのは我ながら不思議だ。
親戚同士なので決して結ばれる事は無いと分かっているがそれでもこの思いは断ち切る事が出来ない。
それなら頼れるお兄さんとして少しでも側に居よう、あわよくば少しでも花奈に好いてもらえるようにと理想の男を演じ花奈の成長を見守ってきた。
そのせいなのか花奈は片瀬恭介というあの青年にはタメ口なのに自分には敬語を崩さない。
大吾にはそれが少し寂しく感じられた。
♢♦︎♢
「恭介くん、久しぶりね。 おばさんの事覚えてる?」
雅は恭介を見て柔らかく微笑む。 見ているとホッとする、そんな笑顔だ。
「はい、母のご友人の雅さんですよね? 毎年凄いパーティに招いていただいてありがとうございました」
恭介はペコっと頭を下げながら少し寂しさを感じていた。 自分が小学生だった頃に会った雅は美人な人という印象だったが、目の前の雅はかなり痩せ細っていた。 辛うじて同一人物だと分かるくらいだ。
「恭介くん、まぁ座って座って」
花奈が先ほどまで大吾が座っていた椅子を手で示す。 恭介はお言葉に甘え椅子に座ると雅と目線が合った。
「握手しても良いかしら?」
雅にそう聞かれ恭介は「はい」と答えながら遠慮がちに手を差し出す。
雅はキュッと恭介の手を握り、ローテーブルに置かれた写真立てを見ながら昔を懐かしむように微笑んだ。
「昔は果奈さんと幼いあなたたちを連れて偶に会っていたのよ。 だけど小学校に上がった頃から花奈も恭介くんもお互い別の友達ができたからあまり合わなくなったみたいだけど、私と果奈さんは変わらず会っていたの。 そうそう花奈の初恋の相手は恭介くんなのよ」
「もぉー、お母さん! それは言わないって約束だったでしょ?」
恥ずかしがる花奈に雅は悪戯っぽい笑みを浮かべている。
恭介は頬を赤らめ思わず目を丸くして花奈をじーっと見つめた。 その視線に気づいた花奈も頬を赤らめる。
「ふふ、お母さんはあなたたちお似合いだと思うけどね」
ますます赤くなりながら黙り込む2人を見て雅はしばらく楽しそうに笑っていた。
「今から8年くらい前だったわね、果奈さんが亡くなって恭介くん達親子が離島へ引っ越して行ったのは。 そうよねもう8年も経ったんですもの、恭介くんも立派な男の人になるはずね。 そうそう、お父様はお元気?」
「父は……その……半年前に亡くなりました」
「えっ……。 そうだったのね、悪い事を聞いてしまったわ。 ご愁傷様です。 ……それで恭介くんは今どこで暮らしているの? 大変じゃない? 困ったときに相談できる人はいるの? 大丈夫なの?」
雅はその細腕からは想像もつかない力強さで恭介の手を握った。
力強く手を握られているのに不思議と嫌な感じはしない。 むしろ雅の手の温かさが心地よく感じられた。
恭介は雅の手をそっと外すと自分で握り直し、雅を安心させるように語りかけた。
「俺は大丈夫です。 幸い大学の近くに親戚がいてそこに下宿しています」
その答えを聞いて緊張が解けた為か、雅は激しく咳込み始める。 花奈が慌ててナースコールを押し、駆けつけた看護師の処置で雅は落ち着いた。
処置を終えた看護師は「今日の面会時間は終了です!」と2人を病室の外に追い出したが、恭介を見ると驚きと懐かしさを滲ませた表情をした。
「もしかして恭介坊ちゃん!? ああ、やっぱり〜。 雅さんに会いに来られたんですね? いつ頃帰っていらしたんですか?」
本日3人目の自分を知る見知らぬ人物に恭介は身構えたが、その看護師の顔をよく見ると見覚えがある事に気付いた。
菊池京香さんだ。
恭介の父親、片瀬涼矢は開業医で、元々はこの周辺で小さな病院を経営していたのだ。 そこの病院で働いていた京香さんには、幼い頃よく相手をしてもらっていた。
「京香さん、お久しぶりです」
恭介が頭を下げると京香は嬉しそうに目を細める。 もう恭介は坊ちゃんと言われる年齢では無いが、未だ京香の中で恭介は坊ちゃんなのだろう。
「果奈さんと雅さんとは、恭介坊ちゃんと花奈ちゃんが生まれる少し前から懇意にさせていただいていましたからね。 皆さんのあーんな事やこーんな事まで知ってますよ。 例えば花奈ちゃんの初恋──」
「もう、京香さんまで! やめてくださいよ」
顔を赤くする2人を見て京香も悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「だけど、片瀬先生が亡くなられたと知って私は恭介坊ちゃんが心配で心配で……。 お元気そうな恭介坊ちゃんを見て安心しました」
久しぶりに会った懐かしい人達から自分の事を心配してもらえる事が恭介は少し嬉しく、くすぐったく感じられた。
恭介は返事をしようと口を開きかけたが、それと時を同じくして廊下の向こうから別の看護師が大きく手を振った。
「菊池さーん、緊急です! 手を貸してください」
「恭介坊ちゃん、花奈ちゃん、私行きます。 すみません!」
京香は軽く頭を下げると小走りで去って行った。
「うーん、看護師さんも大変そうだね」
京香がいなくなると病室の外で一部始終を見ていた猫さんがそう呟く。
「そうだ、病院を出たところにあるコンビニで飲み物買って来るから2人は先に行って車に乗ってて。 2人ともコーヒーでいいね?」
「「ありがとうございます」」
2人は猫さんから車の鍵を受け取り頭を下げると駐車場へ向かった。
【次回、再び花奈と恭介を落下物が襲う!】