表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

2話 探偵ボヤく

 1ヶ月後。


 今年大学一年生になった片瀬かたせ恭介きょうすけは学食のチケット争奪戦に惨敗して、コンビニへ昼食を買いに出かけるところだった。


「おーいそこの君ー!」


 周りを見回すが他に誰もいない。 『俺のことか?』と振り返ると女子大生が弾けんばかりの笑顔で手を振りながら、こちらへ小走りで近づいて来た。


 恭介は驚いた。 ごく普通の見た目、ごく普通の家庭で育った自分が女の子に声をかけられたのだ。 もっとも恭介自身がそう思っているだけで、高身長で整った顔立ちの恭介に密かに想いを寄せる女子は多い。


『女子大生だ! か、可愛い〜』


 ここは大学のキャンパスだ、女子大生が大学に居るのは当たり前の事だったが、偶然にもその年は男ばかりでむさ苦しい経済学部に在籍していた恭介がそう思うのも仕方のない事だった。


「あっ、やっぱり恭介くんだ〜」


 可愛い女の子が自分の名前を呼びとびきりの笑顔で手を振っている。 女の子との関わりは数えるくらいしか無かった恭介は、女子に飢えすぎた故の自分に都合の良い幻か夢かとも思った。


 だがこちらを見つめる目の前の女の子の髪からは微かに石鹸のいい香りがする。 よく夢では嗅覚を感じにくいと言うくらいなので夢ではなさそうだ。 後から幻滅するのは嫌なので念の為、頬をつねってみると目の前の彼女は驚いたように恭介の手を取った。


『ゆ、夢でも幻でもない!』


 恭介はポワポワした気持ちを引き締めるように咳払いをすると尋ねた。


「俺、何か落とし物でもました?」


「へっ? 落とし物? 何言ってるの恭介くん、私だよ私。 ……もしかして忘れちゃった?」


 自分を上目遣いで見上げる女子大生の目は微かに潤んでいる。


『こんなに可愛い知り合いがいたっけ? いたら覚えてるはずだよなぁーー。 でも俺の名前を呼んでるし』


 恭介は受験のとき以上に頭をフル回転させたが思い出せず、再び欲望の見せる幻という説になりかけたところで彼女が口を開いた。


「私、花奈だよ。 ほら小学校のとき同じクラスだったでしょ?」


 言われてみればいた気がするが、小学校のときの同級生など突然再会してもわからない人がほとんどだろう。


「そうか、並木さんだね。 確か親同士が仲良かった」


 並木花奈、何故か誕生日が同じ子だ。


 恭介の誕生日に並木家で花奈の誕生日パーティーが開かれる。 毎年それに招待されていた恭介の誕生日は前日に祝われる事になっていた。


 小学生のときには分からなかったが、今思えば彼女は金持ちだったのだろう。


「もぉー、昔みたいに花奈ちゃんって呼んでよ」


 昔みたいにと言われても、それは女っ気のまるで無い恭介には勇気のいる事だった。 未だ花奈に手を握られたままというだけでこれほどドキドキするのだ。 昔はただの誕生日が同じ同級生だったが今では可愛い女の子になっている。


「……ん? 並木さん──花奈ちゃんは何で俺のことが分かったの? 小学校で俺が転校して以来会ってないよね?」


「うーん、それは秘密だよ。 それより恭介くんがこの時間にここにいたって事は、コンビニにお昼を買いに行くんでしょ? 私も一緒に行こっかな〜」


「う、うん分かったよ、それじゃあ行こっか」


 恭介と花奈が校門を出てコンビニへ向けて歩いているときだった、突然背後で何かが割れる音が聞こえた。 振り返って見ると、割れた植木鉢の破片が散らばっている。 頭上から素焼きの植木鉢が落ちて来たようだ。 幸い恭介と花奈の後ろに落ちたため2人とも怪我は無かったが、もしもあれが自分に当たっていたらと思うと悪寒がはしる。


 2人が歩いている通りは商店やアパート、ビルなどが立ち並ぶ場所だ。 何処から落ちて来たか定かでは無いが、うっかり落としてしまったのならひとことくらい謝って欲しい。


 コンビニで恭介は昼食を、花奈は飲み物を買って大学へ戻ったが、恭介の頭の中は割れた植木鉢の事で一杯だった。


 すると別れ際に花奈が再び恭介の手を握り目を見つめる。


「今日の授業が終わったら一緒に来て欲しい所があるの。 校門の前で待ってるから!」


 女の子と昼食を買いに行っただけでなく、思わぬお誘いをもらい、植木鉢の件はすっかり頭から抜け落ち恭介はソワソワしていた。 授業中もその事でふわふわとしていて講義の内容など全く頭に入ってこない。


 だがふと我に返る。


『普通に考えれば一回コンビニへ昼食を買いに行ったくらいでデートに誘われるなんて、そんな上手い話ある訳ないよな。 何か変なお願いか? それとも宗教とか詐欺話だったり?』


 果たして夢のようなお誘いか、悪夢のような勧誘か。 恭介はゴクリと生唾を飲み込む。 浮き足立ってしまいやはり講義に身が入らなかった。


 実は花奈はこの大学の学生では無い。 今日は休講日だったため、猫さんに頼んで恭介の通う大学まで連れて来て貰ったのだ。


「ふっふっふ……。 色仕掛けは成功したようね」


 花奈は猫さんの車の助手席に座り、双眼鏡で講義を受ける恭介の心ここに在らずな様子を見てほくそ笑む。


 その姿を見て猫さんは苦笑するしかなかった。



            ♢♦︎♢



 猫さんは大学の前に停めた車の中でくぁ〜っと欠伸をしながら花奈が戻って来るのを待っていた。


「何で僕は人探しをさせられたうえに送迎までさせられてんだ?」


 半ば気乗りしない事をやらされている猫さんは、思わずハンドルを指でコンコンと叩きながら独り言を呟く。


 花奈に持ちかけられた人探しの依頼は断るつもりだった。 だが花奈に食い下がられ根負けして探偵事務所に上げたのが間違いの始まりだった。 美味しいコーヒーとお茶菓子、それからたんまりはずまれた仕事料。


 美味しい物とお金の誘惑に猫さんは抗えなかった。 そうして気付けば“片瀬恭介”という青年を探す依頼を受けていたのだ。


 実は何度か人探しをした事はあったが上手く見つけられる自信が無かった。 なので無事に見つけることができ調子に乗っていたのかもしれない。 気付けば花奈に恭介の身辺調査の依頼も追加され、こんな運転手紛いの事をしていた。


 猫さんはポケットから花奈にもらったラスクを出してかじる。


「こんな事になる予感がしていたから猫探しの依頼だけを受けるようにしていたのに。 僕だって暇な訳じゃないんだ! ……まぁ暇なんだけど」


 猫さんがそうボヤくと後部座席のドアが開き、恭介を連れた花奈が乗り込んで来た。 恭介は突然の事に理解が追いつかないのか青い顔をしているが、猫さんも驚いて目を丸くした。


「えっ、ええっ“片瀬恭介”!? いきなり連れて来ちゃったの? もう少し時間をかける予定だったでしょ?」


「事情が変わったの。 正直に話したら猫さん私を連れて来てくれた?」


「そ、それは未成年者略取──っとにかく誘拐になっちゃうから知ってたら絶対協力しないよ!」


「でしょ? とにかく、もう時間があまり無さそうだから猫さん出して」


「も、もう! だから猫探し以外受けないようにしてたのに、僕は知らないからな!」


 そう言いながらも車を出してしまう自分の押しの弱さが猫さんは憎かった。


『や、や、やっぱり宗教の勧誘とかなのか!? 花奈ちゃんさっきと雰囲気が少し違うし、こっちが素なのか? “時間をかける予定だった”とか言ってるし……』


 恭介は訳が分からず軽くパニックになっていた。


 授業が終わり大学を出ると待ち構えていた花奈に手を握られ、何の説明もないままこの車の前まで連れて来られると強引に押し込まれたのだ。


 もちろん可愛い女の子に手を握られるのは嬉しいが、それとこれとは話が別だ。


 しかも恐ろしい事に運転席に座る男は自分の名前を知っている。 何か計画があるのだろうか。


「お、降ろしてください! 俺はこれから用事があるんです!」


 だが恭介がそう叫んだときにはもう車が動き始めており、花奈に腕をガッチリと掴まれていた。


「け、警察、警察呼びますよ!」


「やっぱり……その様子だと花奈ちゃんは何も説明していないんですね。 怪しい者ではありません、僕は探偵です」


 探偵とは如何にも怪しげだが、信号で止まっている間に振り返り、律儀に頭を下げる猫さんの人の良さそうな雰囲気に恭介は幾分か落ち着いた。 だがまだ完全に警戒を解いたわけでは無いので硬い声になる。


「一体俺に何の用なんですか?」


 花奈は恭介の腕から手を離すと頭を下げた。


「まずは何の説明も無く連れて来ちゃってごめんね。 それでお願いするのも虫が良い話だと分かってはいるんだけど、それでもお願いします。 私の母に会ってほしいの、母に残された時間は少ないみたいだから……。 恭介君のお母さん片瀬かたせ果奈かなさんと私の母が仲良かったの覚えてる? 果奈さんとは会えないからせめて息子の恭介くんと会いたいって言ってたんだよ。 だから猫さんに頼んで探してもらったんだ」


 確かに恭介の母、果奈と花奈の母、雅は同じ産婦人科で同じ日に子供を産んだという事で仲が良かった。 恭介としてもそう言われると断る理由が見つからない。


 恭介は花奈と共に雅が入院する病気へ猫さんが運転する車で向かった。







【次回、花奈に想いを寄せるイケメン研修医登場!】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ