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9話 探偵、忍び寄る

「遺言書。 1、私は長女花奈を株式会社並木商事の次期社長として任命する。 2、私は──」


「ちょっと待ちなさいよ! 花奈ちゃんが並木商事の次期社長ですって!?」


 遺言書を読み上げる宝華を遮ったのは葵だ。


 宝華の意識が葵に向いた隙に猫さんは遺言書を盗み見た。


 他には要約すると会社以外の雅が持つ財産と会社の株券のそれぞれ8割程を花奈に、残りを葵に相続させると書いてある。 娘に全てを譲ると書かれていないだけまだマシな内容だろう。


 それよりも気になるのは最後に書いてある『これ以降は社長の子が女児であろうと男児であろうと長子を後継者とする事』という点だ。


「確かに私達は女系一族よ。 だけど花奈ちゃんが直系の娘だとしても普通に考えたら社長の座に就くのは年齢的に考えて私じゃない? 人生経験が浅い小娘が社長になっても会社を潰すだけよ! 花奈ちゃんが欲に目が眩んで遺言を書き換えたんじゃないの? この遺言書は無効だわ!」


「いいえ。 こちらは公正証書遺言ですのでまず書き換えなど考えられません」


 宝華が冷静にそう返した横で、猫さんは並木家が女系一族だと知り遺言書の最後に書いてあった事に納得した。


 恐らく雅が自身がしたのと同じ苦労を娘の花奈にさせないためだろう。


 並木家の跡取りは女性と決まっており、男性は後継者になる事が出来ないので、必然的に長女の雅や花奈は女の子を産むまで子作りを続けなければならない。


 その点、次女だった葵に生まれてきたのが男の子の大吾だったとしても雅ほど神経質になる必要は無い。


 葵は一族の中で立場の弱い大吾を後継者にする事は考えていなかったが、溺愛していた。 自分が社長になれば左団扇の生活を送れるし、息子の立場も強くなる。


 そして若く大人の事情など何も知らないであろう花奈から、分配された残りの遺産も少しずつ奪っていこうと画策していたのだ。


 だが当てが外れ自分が得られるものはごく僅かになったため荒れていた。


 大吾は荒れる母の肩をそっと押さえる。


「母さん落ち着いてください。 私が花奈ちゃんと結婚すれば全てが丸く収まるんです。 だって花奈ちゃんは私の事が好きなんですから、ね?」


 花奈はそう言われ思わず大吾を二度見した。


「えっと……以前にも告白してもらいましたけど、きちんとお断りしたはずですよ?」


 花奈の言葉を聞いても大吾はいつもと同じにこやかな笑顔でこちらを見つめている。


 いつも完璧な微笑みのように感じていたその表情が途端に気持ち悪いものに感じられた。


 葵はいつもと様子が違う大吾をそっと嗜める。


「大吾さん気持ちは嬉しいけど、花奈ちゃんは親戚だから、ね……?」


 大吾は母親の葵には目もくれず、花奈以外他の誰も見えていないような様子でスッと立ち上がった。 花奈を見つめるその顔には微笑みが張り付いている。


「花奈ちゃん覚えてる? 君が私のこの微笑みが好きだって言ってくれたんだよ。 あれから()は微笑みを絶やさないよう努めてきたんだ」


 微笑みを浮かべたまま一人称がブレる大吾に花奈は恐怖を感じた。 それは葵も同じだったようだ。


「大吾さん……?」


 大吾の手を葵が掴んだが、大吾はその手をスッと離すと花奈がいる方へ歩み寄る。


「こ、来ないで……」


 花奈が掠れる声でそう呟くと大吾は心底不思議そうに首を傾げた。 張り付いた微笑みが僅かに歪む。


「何で? 花奈ちゃんは俺に夢中なのに。 あっそうか、親戚の前で素直になるのは恥ずかしいよね。 ごめん、ごめんそこまで気が回らなかったよ。 せっかく花奈ちゃんが親戚内で立場が弱い俺の事を気遣ってプロポーズを断ってくれたのにね……。 私はそんな事なんて全然気にしないから結婚しようよ」


『やっぱりこの人おかしい……』


 もちろん花奈にそのような考えは無い。 相変わらず微笑んだままこちらへ向かって来る大吾の姿に花奈は身をすくめ、咄嗟に隣にいた恭介の手を握った。


 大吾の目には花奈以外映っていないと表現したが、正確に表現すると邪魔な恭介を視界から排除していたのだ。


「またお前かァ! 花奈ちゃんと俺の仲の邪魔ばかりしてェ!!」


 大吾は血走った目で恭介を睨み付け、歯軋りをして地団駄を踏む。


 そのあまりに異様な様子に恭介は花奈を後ろに庇った。 それと同時に猫さんも、もしもの事態に備え大吾に背後から忍び寄る。


 恭介の背中で震える花奈を見て大吾は安心させるように微笑んだ。 だがその目の奥には底のしれない狂気が渦巻いている。


「驚かせてごめんね。 でも花奈ちゃんもいけないんだよ? 俺がいるのに、こんな奴を頼るなんて……。 まぁ私は心が広いから許してあげる。 さぁこっちにおいで、結婚しよう」


 手を伸ばす大吾に恭介は呟く。


「は、花奈ちゃんが嫌がっているって分からないんですか?」


 大吾は目を見開き、次の瞬間には表情が消えた。 首を傾げ恭介を見据える。


「嫌がる? お前は何をおかしな事を言っている? 待っててね花奈ちゃん、今コイツを消してあげるから」


 大吾は笑顔を繕い直すとポケットから折り畳みナイフを取り出し振りかぶった。







【次回、ストーカー事件の真相が明らかに!】

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