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第三章 闘いの始まり

第三章 闘いの始まり


     一


 タリタスとして、無事EEEが体に馴染んだ僕は、病院を退院し、そのままタリタスたちが所属する、特部隊のある横須賀の陸上自衛隊の基地まで移送されることとなった。僕に拒否権はない。

 全てのタリタスは闘わなければならない。平和を守るため…

 陸上自衛隊横須賀基地 特部隊には、僕を含めて二十名のタリタスがいる。その全てがGMシリーズのパイロットである。その中でギフテッドと呼ばれるタリタスはわずか五名。残りは全てフェイクタリタスだ。

 それだけギフテッドは貴重であるのだろう。一説に言うと、ギフテッドの戦闘能力はフェイクの百倍というデータもあるくらいだから、一人のギフテッドがいるだけで、その部隊の戦闘力は一気に跳ね上がる。

 ただ、僕はフェイクであり、そこまでの力はない。けれど、覚悟はできている。タリタスは人を救うのが役目だ。この世界で平和に生きている人たちの生活を守る。それが大きな役目なのだから。

 人が生きる意味というものは、恐らく色々ありすぎて、一括りにするのは難しいだろう。だけど、僕はこんなふうに考えている。


『人の役に立つために生きる』


 何でもいいのだ。誰かのために役に立てる何かをする。それが仕事であってもいいし、ボランティアであってもいい。とにかく人の役に立つ。それこそが、僕の考える生きる意味なんだと思う。

 タリタスは永遠に少年少女のままの容姿で生きる。そのまま歳を取らないのだ。それはきっと、人の役に立てるように永遠の命を神様が与えたからなのだろう。だから僕は、人の役に立つために闘う。

 もちろん、僕らタリタスがいるのは戦場だ。戦場は人が死ぬ。当然、自然死がないタリタスであっても、爆撃が直撃すれば死んでしまう。つまり、命のやり取りをする環境に身を置くのである。

 でも、僕らが流した血と汗の先に、誰もが安心して暮らせる未来があるのなら、僕は率先して闘いの道に進みたい。それが例え茨の道だとしても…

 僕は覚悟しているのだ。もしかすると、初回の戦闘で死ぬかもしれない。もちろん、死ぬのが怖くないと言ったら嘘になる。僕だって死にたくはない。でも、何もしなければ永遠に生きるタリタスなのだから、せめて死と身近な場所にいたい。それこそ、本当の意味で生を感じられるから。

 生きていると感じる。

 そう、生きていると心の底から感じるためには、生と死が入り混じる環境に身を置かなければならない。死を感じるからこそ、生命が光り輝くのだ。だから僕は戦場に行く。それが自身の宿命であると信じているから。

 横須賀基地へ向かうと、まず最初にGMシリーズのパイロットとしての適性試験を受けなければならない。つまり、シミュレーション専用の機体に乗り、簡単なテストを受けるのである。

 テストは主に、射撃テストや模擬戦闘など、幅広い角度から適性を審査される。ただ、基本的にこのテストの成績が悪くても、パイロットになれないわけではない。タリタスは稀有な存在であり、同時にGMシリーズを起動できる貴重な戦闘要員であるため、どんな成績であってもパイロットになる。

 つまり、足りない能力は実戦で学べと言うことなのだろう。それくらいタリタスを集めるのは大変だし、どこのタリタス部隊も人員はカツカツなのである。それこそ、基地全体で二十名のタリタスが所属する横須賀基地が異常なのかもしれない。

 テストの成績は即日発表される。

 結論から先に述べると、僕の適性テストの成績は芳しいものではなかった。しかし、それでも僕は、正式に特部隊のパイロットとして選ばれたのである。

 どうしてタリタスだとこんなにも簡単にパイロットになれるかと言えば、その理由はたった一つしかない。それは、GMシリーズに搭載されている人工知能(パイロット支援システム)が優秀だからだろう。

 GMシリーズには、人工知能が搭載されており、それがパイロットの操縦をアシストしてくれるのだ。基本的にEEEというエネルギーで駆動し、そして脳神経を利用して操縦する。この脳神経の接続をアシストし、うまく操縦できるように支援するのが人工知能の役目である。

 早い話、タリタスであり、EEEが体内に流れる人間であれば、全く戦闘兵器の経験がなくも、人工知能が操縦をアシストするため、なんとかなってしまうのである。もちろん、基本的なベースは人工知能が操作を支援する関係上、素人パイロットであっても戦闘に参戦はできる。

 しかし、一定のレベルを超えて操作するためには、やはり持って生まれたパイロットとしての素質が左右する。

 一般的にパイロットのレベルを数値化する指標があり、これを『純力』と呼ぶ。この純力が高いパイロットほど優秀である。普通のGMシリーズのパイロットは大体純力5。完全な素人は純力1〜3程度である。そして、トップクラスのパイロットになると純力は二桁、つまり10を超える。

 ギフテッドの純力は平均で10を超えると言われており、それに対しフェイクは高くても7程度だ。そして、僕の純力は僅か2。如何ともし難いレベルの差があるのだ。

 そんな僕だけど、横須賀基地に所属するようになり、僅か一ヶ月で初めての実戦を経験することになる。それは、東京の臨海地区で起こったテロの鎮圧だ。テロリストは、海外の闇ルートを利用し、GM機を入手し、人工的に作り出したフェイクタリタスをパイロットに据え、テロ攻撃を繰り出したのである。

 敵は僕と同じタリタス。それもフェイク。同じなのだ。本来なら仲間だったかもしれない。それがどういう因果か敵同士になってしまった。

 敵機体は二機。そしてこちらは三機で応戦する。人数的に余裕があるため、任務の遂行は非常に楽である。僕は初めての実戦だったけど、僕の機体、ゴーストメーガに搭載された、パイロット支援システムである人工知能のラグウィデスが、大いに役に立ってくれた。


     二


 基本的に、男性のパイロットには、女性の人工知能が搭載される。反対に女性のパイロットには、男性の人工知能が搭載されるのである。これは男女間に自然に存在する愛情という感情を、色濃く強めるために、異性の人工知能が搭載されるのだ。

 だから、ゴーストメーガの人工知能であるラグウィデスは女性である。ラグウィデスというのは剣の女神という意味があるらしい。と、いつだったかラグウィデスが言っていた。

 僕はゴーストメーガのパイロットとなり、ラグウィデスと対話する時間が増えた。繰り返しになるのだけど、ゴーストメーガをはじめとする、GMシリーズを起動させるためには、タリタスだけが持つダークエネルギーの一種であるEEEと、後は愛情が必要になるのだ。

 人工知能であるラグウィデスとの間に、愛情の関係が結ばれなければ、GM機は上手く起動しない。そう、僕らは愛で繋がっているのだ。だから、僕はラグウィデスを信頼している。愛そうとも思う。そうでなければならないのだ。

 一説によると、タリタスは純潔であるほど力が伸びやすいというデータがある。つまり、一切の男女関係を持たず、ただ愛という感情を自分の機体の人工知能に向ける。その姿勢が重要なのだ。

 穢れを知らない無垢な純潔。

 この力こそ、きっとタリタスが持つ『純力』に繋がっていくのだろう。

 そもそも、タリタスの多くは、童貞、処女である。

 これには理由がある。なぜなら、タリタスの多くは、少年少女の段階で成長が止まり、永遠に生きる人間として作り変えられるためだ。だから性体験を持たずタリタスとなった人間が多い。同時に、この純潔というのがかなり重要な鍵を握っている。

 僕の知っている限り、歴戦のパイロットというのは、皆純潔らしい。そして、皆がそれを誇りに思っている。

 普通の人間は、周りの人間よりも性体験が遅いと焦りを感じるものだが、タリタスはその逆なのである。純潔こそ誇り。だからこそ、タリタスは純潔を貫き通す。

 僕もそのつもりである。そもそも相手がいないし、こんな少年の容姿のまま性体験ができるとは思えない。よほど歪んだ性癖を持った人間でない限り、少年少女を相手にはしないだろう。

 というよりも、僕はセックスがしたいという感情がない。これは普通の男としておかしいのかもしれない。タリタスになると、このような性欲がなくなる可能性はある。マスタベーションもしないし、性的に高揚することもない。性欲の代わりに、EEEというエネルギーがあるからなのかもしれない。


 さて、話は初任務に戻る。

 僕を含めた三機のち特部隊は、臨海地区で行われていた国際会議を狙ったテロ行為の鎮圧のために、緊急出動命令が出された。出動準備をする中、僕は緊張を感じ始めていた。その緊張がどこからくるのか、それは判らない。

 武者震いなのか?それとも死に対する恐怖なのか?

「緊張してるの?」

 そう言ったのは、アヤだった。

 彼女とは病院で出会い、そして横須賀基地で再会したのである。彼女の純力は2。つまり僕と同じである。今回の任務に派遣されたのは、全てフェイクタリタスである。敵テロリスト自体がそこまで脅威ではなく、二機しかGMシリーズを所持していないからであろう。

 つまり、新入りを試すにはもってこい。そう上層部は考えたのかもしれない。もちろん、完全な素人集団ではない。僕とアヤはまだまだ新米のパイロットであるが、この隊を束ねるのは、パイロットになって五年以上の経歴を誇る松田タケシ准尉である。

 彼はフェイクタリタスではあるが、フェイクの中では純力が高めだ。彼の純力は6。僕らの三倍の力を誇る。今回の戦闘も、まずはタケシ准尉が先陣を切り、テロリストを鎮圧した。

 というよりも、彼の独壇場だったと言っても過言ではない。タケシ准尉は、自身の機体を一気に動かし、敵機との距離を詰め、電流粒子サーベルで敵機の武器を切り裂いた。

 一機沈黙。残りは一機。僕とアヤでなんとかする。

「敵機の武装で脅威なのは連装ミサイルです。しかし、銃弾を装填し発射するまでにラグがあります。敵機は一機なので、隙さえ与えなければ九割方こちらに分があります」

 コクピット内にラグウィデスの声が轟く。 

 それを受け、僕もタケシ准尉と同じ武装である電流粒子サーベルに切り替える。僕の前方にはアヤがいて、彼女もまたサーベルで攻撃を仕掛けようとしている。

 ここは臨海地区であり、あまり不用意に銃撃戦を行いたくない。特にGMシリーズはロケットやミサイルといったヘビー級の武装を持っているため、そのような武装による攻撃は、界隈をあっという間に廃墟に変える。

 よって、僕らは近接戦闘スタイルを選んだ。電流粒子サーベルで敵の武装を切り裂ければ、こちらの勝利は確定である。それに、敵機は一機のみだ。それに対し、こちらは三機。僕とアヤは素人かもしれないけど、タケシ准尉がいるし、恐らく、この戦闘は僕らが勝つだろう。

 それに、僕は先ほどのタケシ准尉の戦闘を垣間見て、勝利を確信していた。彼はフェイクタリタスではあるのだけど、一切の無駄のない動き、あっという間に敵機を不能状態にまで導いた。

 それはまさに、流れるような所作であり、全く淀みがなかった。いくらGMシリーズのパイロットが人工知能のアシストを得ているとはいえ、あそこまで流麗に動くのは難しいだろう。

 それくらいタケシ准尉の戦闘力は高かった。それに対し、相手の能力は決して高くない。僕の予想だけど、純力は僕と同程度、悪く見積もっても3程度であろう。つまり、今の僕とアヤが力を合わせて連携すれば、決して勝てない相手ではない。

「エイタロウ、まずは私が先行する、援護して」

 と、アヤから通信が入る。

 それを受け、僕はアヤの後方に位置どり、いつでも彼女を援護できるような体勢をとる。GMシリーズは、単独でも高い戦闘力を誇るが、連携すると一層強力になる。これは、僕の力を試す絶好の機会だ。タリタスとしての役目を果たす。なんとしても…


     三


 先行を行くアヤは電流粒子サーベルを持ち、敵機に襲いかかる。これまで何度も訓練を重ねてきたから、この辺の動きは淀みがなかった。それでも、これは実戦である。訓練とは違う、独特の緊張感や間があるのは事実だ。

 流れるような所作で、アヤは第一撃目を繰り出す。それは、剣道で言えば居合斬り。相手の間合いにうまくは入り込み、敵の片腕を切り落とす作戦である。

 GMシリーズを始めとする人型の決戦兵器は、基本的な構造が人間と同じであるため、片腕を失えば戦闘力は激減する。もちろん、闘えないわけではないが、相当不利になるのは事実だ。

 いくら剣道の達人であっても、利き腕を失えば素人にだって負けるかもしれない。それくらい、腕は大切なパーツの一つだ。特に両腕を使うロケット砲弾や、多連装ミサイルなどは、片腕になった瞬間に使えなくなる。

 片腕でできる戦闘は限られているから、五体が無事でなければ、GMシリーズの戦闘力は完全には発揮されない。

 もちろん、その事実を敵機だって知っているだろう。だからこそ、アヤの攻撃を見定め一歩後方に下がった。

 同時に、アヤはそれを追撃する。僕もアヤのフォローとして、後方から銃撃で援護する。電流粒子サーベルは近接戦闘向けの武装であるため、僕のような援護として使う武器としては適さない。僕は機銃を武器にして、相手の足を狙う。

 GMシリーズの装甲は基本的には頑丈にできている。だから、機銃攻撃を少し喰らったくらいではあまりダメージを与えられない。しかし、チリも積もれば山となる。小さい攻撃でも確実にダメージは蓄積されるのである。

 こちらは二機で攻撃しているのだから、完全に有利だ。要所さえ押さえれば、決して負けないだろう。

 追撃するアヤの攻撃スピードが上がった。人工知能であるAIとのシンクロ率が、実戦を通して少しずつ上昇し始めたのだろう。アヤは恐らく、訓練よりも実戦を通して成長するタイプなのかもしれない。

 動きが軽快になり、一気に相手との間合いを詰める。当然、僕もそれを追う。アヤが攻撃を受けてもすぐにカバーに入れるように、距離だけは詰めておく。あまり接近しすぎると、攻撃を繰り出しにくくなるから、そのバランスが重要だ。

 アヤの電流粒子サーベルが、敵機の武装を砕いた。腕を切り落とすまではいかなかったが、それでも武装は崩した。相手はすでに死に体である。攻撃の手段を持たないのだから、こちらの勝利は確定的であろう。

 しかし、一瞬気が緩んだ。それは恐らく、アヤも同じであろう。その一瞬の隙を敵機は見逃さなかった。

 瞬間、ラグウィデスの声がコクピット内に響き渡る。

「敵機体内に高エネルギー反応!」

 この状況でできる攻撃は限られている。

 それは自爆だ。

 しかし、貴重なタリタスたちは、自爆攻撃を推奨されていない。日本はその昔、神風特別攻撃隊という作戦を敢行し、自爆テロに近い攻撃を繰り出したが、今は世が違う。

 戦争が起こったとしても、必ず生きて帰ってこいというのが、大きな命令の一つでもある。だから、基本的にGMシリーズには自爆機能などは付いてない。GMシリーズ一機には莫大な予算が使われているため、そう簡単に失うわけにはいかないのだ。

 にもかかわらず、敵機には自爆機能が搭載されているようである。これはまさに自爆テロ。最悪のシナリオが頭をよぎる。

 僕はサーベルと同じタイプの電流粒子シールドを展開し、アヤの前方に躍り出る。その瞬間、敵機が自機ごと爆発したのである。

 大きな衝撃が界隈を包み込む。僕は死ぬのか?

 いくら防御シールドを最大にしたからといって、自爆攻撃から完全に身を守れる保証はない。しかし僕はアヤを守るために、自ら動いたのだ。人が死ぬのは見たくない。どうせなら人を守って死にたい。

 激しい衝撃が炸裂する中、僕の意識は遠のいていった。


     四


 次に目が覚めた時、僕は見知らぬ天井を見上げていた。

 同時に、そこが病院であるとはすぐに判った。つい先日まで別の病院に入院していたわけだから、体が病院の雰囲気を覚えていたのだろう。

「起きた?」

 ふと、声が聞こえた。その声がアヤのものであると判るのに、そんなに時間がかからなかった。病院でも話したし、横須賀基地に配属されてからも、何度も聞いている。

「アヤか。君は無事だったんだね」

 と、僕。

 その言葉を聞いたアヤは、静かにため息をつくと、言葉を継いだ。

「ええ。そうね。あなたのおかげでもある。でも、あまり無理をしないで」

「お互い助かったんだからいいじゃないか」

「よくないわ。一歩間違えば死んでいるところだったのよ。実はね、敵機には本来あってはならない自爆機能が備わっていたわ。でもね、その機能は完全じゃなかったの。だから、自爆の威力が予想よりも遥かに弱くて、あなたは助かった。そうでなければ、いくら防御シールドを全開にしたとしても、自爆の衝撃に巻き込まれれば、多大なダメージを受けるから」

「僕の機体は?」

「無事よ。ラグウィデスもね。でも、今回のような無茶はもうしないで。知ってるでしょ。全てのタリタスは尊重され、生きるべきだって言葉を」

「もちろん知ってるけど。ただね、僕は人の役に立ちたいんだ。それが、普通の人であっても、タリタスであっても、対象は問わない。ただ役に立ちたいんだ」

「それが自分の命を落とす道につながったとしても?」

「うん。僕はね、人の役に立ちたいから」

「どうしてそこまでして人の役に立ちたいの?もっと自分のことを考えなきゃ」

「判らない。僕の考えは歪んでいるかもしれないけど、それはきっと愛されてこなかったからだと思う」

「愛されてこなかった…」

「そう。僕は愛情を受けて育ったわけじゃないんだ」

 愛情という言葉を聞いたアヤは、目を大きく見開いてしばし黙り込んだ。

 タリタスという存在は愛情に飢えている。そして、愛されてこなかったから愛を受ける資格があり、そしてタリタスとなる。

 アヤの沈黙を見た僕は、ゆっくりと声を出した。

「僕の両親は研究者でね、自分たちの研究で忙しく、僕に対して愛情を一切向けなかったんだ。まるでロボットみたいな存在だよ。だから僕はいつも一人だったんだ。学校へ行っていたし、喋る友達はいたけれど、一緒に遊ぶような人間は誰もいなかった。だからかもしれない。人に飢えているというか、少しでも人の役に立ちたいと思うようになったんだ。僕はタリタスになった。ならば、そのタリタスという特徴を使って、より多くの人を救うのが僕の役目」

「自分が死んでもいいの?」

「もちろん死にたくはないよ。でも、自分の命と引き換えに助かる命があるのなら、僕は喜んで命を捨てると思う」

「あなた危険ね。でも、私がいる限り、あなたは死なせないわ」

「君は優しいんだね」

「そうじゃない。私は人が死ぬのを見たくないだけ。私ね。昔可愛がっていたペットがいたの。ゴールデンレトリバーっていう犬種よ。でも、病気で若くして亡くなってしまったの。犬だけど、立派な家族よ。それで物凄く悲しい思いをしたわ。だからね、私は誰かが死ぬのを見たくないのよ。そして、私がいる戦場では、誰一人として死なせたくない。あなたもこれ以上無理をしないで」

「判った。気をつけるよ」

「話は変わるけど、あなたは自爆の衝撃に巻き込まれたけど、体に異常はないそうよ。だから、念のため今日一日入院すれば、明日には退院できるみたい。横須賀基地であなたの帰りを待ってるわね」

「わざわざありがとう。目を覚ました時、アヤがいてよかった」

「別に、気にしないで。同じ隊員としての役目を果たしただけよ。それじゃ今日一日ゆっくり休んで、また元気に戻ってきて」

「ありがとう」

 僕がそう言うと、アヤはにっこりを笑みを浮かべ、そのまま病室を後にした。彼女がいなくなった病室はどこかガラんとしており、寂しいくらいだった。ちょうど、夕焼けの赤焼けた光が病室内に差し込み、僕の顔を照らし始めた。


 翌日―

 午前中に検査を受け、何の異常も検出されなかったため、僕は無事退院となり、横須賀基地に戻ることになる。

 今回僕が搬送された病院は、横須賀にある聖スサク総合病院であり、特部隊御用達の病院であったため、基地まで目と鼻の先であった。

 病院を出て、一旦宿舎に戻り、その後タケシ准尉の元へ行き、一応報告を済ませておいてから、訓練に戻ることになった。

 GMシリーズが格納されている整備ハンガーに行くと、僕の機体であるゴーストメーガは、自爆の衝撃に巻き込まれたとは思えなくらい綺麗だった。恐らく、敵機の自爆機能が完全じゃなかったという点と、防御シールドを最大にした点が上手く功を奏し、機体を守ったのだろう。

 訓練を終えた帰り道、僕は宿舎の廊下である人物と出会った。

 その人物はギフテッドタリタスである霧島レンだった。


     五


 基地の整備ハンガーで、僕は訓練と機体の点検を終え、疲労が全身に広がる中、宿舎への道を歩いていた。廊下の片隅に、見慣れた影があるのには、すぐに気づいた。それは霧島レンである。 

レンは僕を待っていたかのようだった。廊下の壁に背を預け、歩いてくる僕を見つめている。すぐに目があった。白に近いロングヘアーの銀髪をなびかせ、容姿は少年のままだが、達観した老人のような雰囲気のあるタリタスだ。彼はすでに三等三佐という階級であり幹部クラスの人間である。僕にとっては雲の上の存在でもある。

「お前が例のフェイクタリタスか」

 レンの声が僕に向かって注がれる。その声は変声期前の少年のような軽やかなものだったが、どこか冷徹な響きがある。同時に、レンの冷たい視線が僕に向けられた。彼の言葉に込められた軽蔑は隠しきれていない。僕はすぐにそれを察した。

「確かに、僕はフェイクタリタスですけど…」

 僕は怯むことなく答える。

 前回の戦闘の疲れが残るものの、僕の中には新たな決意が芽生えていた。

「お前の戦闘を見ていた。敵機の自爆攻撃から仲間を守る行動。そして咄嗟の防御シールドの展開。これは見事だった。しかし、フェイクがギフテッドと同じ土俵に立てると思うなよ」

 レンの言葉は冷たく、厳しい響きがある。彼の目には、フェイクタリタスへの不信感と優越感が滲んでいた。

「闘いは能力だけじゃないと思います」僕は真剣に告げる。「僕たちフェイクだってやれることはあるでしょう。それに、僕は心の強さがあります。確かに僕の能力はギフテッドに劣るかもしれない。でも仲間を思う気持ちや心の強さは負けない自信があります」

 僕の言葉に、レンは一瞬黙り込んだ。

 その瞳には、驚きとわずかな興味が浮かんでいる。

「心の強さ、か…お前の言うことに一理あるかもしれない。しかし現実は厳しい。戦場では結果が全てだ。今回の戦闘、お前は単に運が良かった。敵機の自爆機能が完全ではなかったからだ。もしも敵機の自爆機能が完全だったら、恐らく防御シールドだけでは防ぎきれなかっただろう。その時に有効なのは、圧倒的な能力だ。他の追随を許さない圧倒的な力さ。それが俺にはある。フェイクには持っていない圧倒的な力だよ」

 レンはそれだけ言うと、背を向けて歩き出した。その背中に、僕は何かを感じた。確かにギフテッドの力は偉大だし、戦場では役に立つのだろう。けど、僕はこのレンという人間から孤独の色を感じ取った。彼もまた、孤独と闘っているのかもしれない。

「レン三佐、いつか僕たちが同じ目標に向かって闘う日が来るかもしれません。その時は、僕も…フェイクも力を合わせて闘う仲間だと信じてくれませんか?」

 その言葉に、レンは足を止め、振り返らずに言った。

「その時が来るのを期待して待ってるよ。フェイクタリタスのエイタロウ」

 こうして、僕とレンの初めての対話は終わる。厳しい言葉の中、わずかながらも希望の光が感じられたように思う。同時に、自分の成長と未来に向けての決意を新たにする。基地の片隅で、僕は新たな闘いの日々が始まるのだと静かに覚悟した。

 フェイクがギフテッドを乗り越える日が来るのか?恐らく、対立や差別を乗り越えた先に、共に闘う可能性があるのだろう。

 今回の僕とレンとの対話は、今後の戦闘に大きく関わることになる。しかし、この時の僕には微塵も感じ取れなかったー

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