第二章 変貌と繋がり
第二章 変貌と繋がり
一
なぜタリタスになったのか?
それはハッキリと判っている。しかし、神の悪戯なのか、それとも何か確固たる理由があったのか?僕の変貌は、単なる遺伝的な変異や、科学的な実験の結果ではないような気がするのだ。恐らく、より深い感情的な理由から起こったのではないか?僕はなんとなくではあるのだけど、そんなふうに考えている。
そもそも、僕は人に誇れるような過去を持っていない。なぜなら、僕の人生は常に暗黒の日々だったからである。僕は、ほとんど愛情を受けずに育ったと言っても過言ではない。
僕の両親は技術者だった。常に研究に忙殺されており、僕に対する愛情を十分には示してくれなかった。この愛の不足は、僕が内面に抱える大きな空虚感へと変わり、同時に苦しめていった。
つまり、愛の不足が、僕の心に深い影響を与えたのである。
愛情に恵まれなかった僕が、愛の力で起動するGMシリーズに乗っているというのは、奇妙な因果だ。僕はラグウィデスと出会うまで、ずっと孤独だった。もちろん両親はいたのだけど、前述の通り、彼らは僕に興味を示さなかったからだ。
僕がタリタスになった理由。
しいてあげるのなら、僕がまだ歳をとる普通の人間だった頃。あれは十四歳の少年だった頃の話だ。十四歳の春の日。僕は雨の降る夜道で重大な交通事故に巻き込まれた。今思えば、あれがタリタス化へきっかけである。
普通の人間が、タリタス化する理由というのは、EEEが突如体内に発生するか、あるいは、人工的に注入する以外、明らかになっていない。そもそも、タリタスという存在自体がまだまだ謎に包まれているのだ。
交通事故に巻き込まれた僕は、生死の淵を彷徨った。事故に遭った瞬間、「マズイ」という漠然とした思いがあったのだけど、覚えているのはそれだけであり、目が覚めたら全てが終わっていて、タリタスとなっていた。
僕の生命は、本来ならあの事故で終わっていたはずである。なぜなら、医学的な見地からは僕の生存は絶望的だったからだ。しかし、僕は終わらなかった。僕の体内に、突如特殊な物質である「EEE」が流れ始めたからだ。
この物質がどこからやって来たのか?普通の人間だった僕に突如芽生えるものなのだろうか?大いなる謎に包まれているのだが、僕を救ったEEEという謎の物質は、何かこう、人為的な策略が働いているような気がしてならない。
つまり、誰かが僕を救うために暗黒物質であるEEEを注入したのである。しかし、こうなると次の謎が発生する。その謎とは、なぜ僕にEEEを注入したのか?その理由が全く不明だからだ。
EEEを発見したのは、エリアス・エヴァンス博士だ。僕はこの博士とは全く面識がない。そもそも、僕がタリタスになった時、すでにエリアス・エヴァンス博士はすでに故人であった。
どこかで生きているという説もあるのだけど、一般的には死んだと言われている。いかんせん謎が多い博士だから、生きている言われても全く驚かないのだけど。
いずれにしても、誰かが僕にEEEを注入した可能性が高いから、僕は今、こうして生きている。不老の人間となり、永遠の少年として、GMシリーズのパイロットになった。これが今から十年前の話。
僕は十年前の交通事故でタリタスとなったのだ。僕の新たな人生が始まったのである。
タリタスの数は、限りなく少ない。話では十万人の一人という恐ろしく低確率でタリタスは生まれるのだという。それは、人為的なものなのか、それとも自然が生み出した脅威なのか、僕には判らない。
判る人間が近くにいないし、タリタスとなった時点で、そのような根元を遡る行為とは無縁の人生が始まる。GMシリーズのパイロットとして、戦闘兵器を動かさないとダメだからだ。つまり、戦闘マシンになる。
人を殺す機械。
それがタリタス。
同時に、永遠に生きる存在。
それがタリタス。
不可思議なのは、なぜGMシリーズはタリタスにしか動かせないのか?ということであろう。表向きは、タリタスに流れるEEEというエネルギーが大きな理由になっていると言われている。
人型の戦闘兵器を動かす場合、まず問題になるのは、エネルギー源をどこから調達するかということである。電気、原子力、水力、火力、エネルギー源として使えるものはたくさんあるけれど、原子力以外は、エネルギー量が少なすぎてGMシリーズを動かせない。
かといって、原子力は扱い方が難しい。戦闘兵器のエネルギーにしてしまうと、万が一の場合、被爆する可能性があるのだ。だからこそ、原子力を使った戦闘兵器は、生み出されていない。
枯渇するエネルギー不足に終止符を打ったのが、エリアス・エヴァンス博士が発見したEEEという未知なるエネルギーなのだ。この世界には、まだまだ解明されてない問題が数多く存在する。
エネルギーもその一つである。EEEは暗黒物質の一つしてカウントされ、扱い的にはダークエネルギーなのだ。とは言っても、ここで僕が何を言ったところで、何も変わらない。
眠い。
タリタスにも眠気はあるのだ。永遠に生きること以外、普通の人間と差異はない。タリタスにも睡眠は必要だし、食事から栄養を取らなければならない。
僕は宿舎のベッドに横になり、スッと目を閉じる。比較的寝つきはいい方だから、一五分ほど目を閉じて横になっていれば、すぐに眠れるだろう。夢は見るだろうか?最近、夢を見ていない。しかし、今日僕はある夢を見る。
それも鮮明な過去の事故の夢を…
二
十年前の交通事故。
その時のことを僕はよく覚えている。僕はその日、一人で家にいたのだ。そもそも、僕の両親は研究者であり、自身の研究で忙しく、ほとんど家に帰らないような人たちだったから、慢性的に僕は一人で過ごしていた。決して友達も多くない。学校に行き、会話をする程度の友達はいるけれど、関係はそれだけである。休日に一緒に遊ぶような友達はいなかった。
両親が研究室に篭りきりになり、いつも通り帰ってこない。僕は、薄暗い部屋の中で一人テレビを見ていた。見ていたのは当時流行っていたアニメだ。僕はアニメが好きというわけではなかったけど、暇つぶしに見ることはあった。
だからその日も、たいして興味のないアニメを一人でダラダラと眺めていたのである。孤独な時間が流れ、僕を包み込んでいく。
やがて夜になる。その日、僕はどういうわけか夜闇が広がる外に世界に出たくなった。冷蔵庫の中に食べ物はない。僕の両親は料理などしない。毎回、決まった額のお金を用意し、それで食べ物を買いなさいというスタンスなのだ。
僕は空腹を感じていた。何も食べないという選択肢もあったけど、僕は外に出ることにした。家の近くにコンビニエンスストアがある。自転車ならすぐだし、そこに行って何か食べ物を買おうと考えたのである。
夜の闇が広がる中、僕は外に出た。ちょうど、僕が外に出た頃、小雨が降り始めた。ついていない。しかし、僕は雨の降る中、大して気にもせず、自転車のペダルを漕いだ。
暗い道を進んでいくと、急に視界がぼやけ、冷たい風が僕の頬を打つ。その時は、春だったけど、まだまだ夜になると寒い日が続いていたのだ。おまけに雨も降っている。寒さは余計に強く感じられた。
やがて、雨が強くなり始める。雨具も身につけずに自転車に乗ったことを後悔し始めるが、すでに遅い。視界がますます悪くなり、僕は自転車のハンドルをしっかりと握り、前を見据えた。
しかしその時、不意に大型のトラックが交差点に突っ込んできたのである。僕は慌ててブレーキをかけたが、間に合わなかった。トラックのライトが僕の眼を眩ませ、次の瞬間、激しい衝撃が僕を襲った。
僕は地面に投げ出される。それと同時に、意識が遠のいていくのを感じていた。さらに言えば、僕は多分死ぬだろうと、漠然と考えたのである。何しろ、大型のトラックに轢かれたのである。生身の人間が助かるはずがない。
だけど僕は助かった。奇跡的に…
それが本当に奇跡かどうかは判らない。僕はなんとなくではあるのだけど、これには人為的な力が働いているような気がしてならないのだ。
トラックに直撃した時、僕は衝撃で地面に投げ出された。僕の意識は薄れ、激しい痛みと寒さが全身を包み込んだのである。僕は薄れゆく意識の中で、自分がもう助からないとヒシヒシと感じていた。
愛されないまま。
孤独のまま。
僕の命はここで終わるのかと、悲しみと絶望が、僕を覆い尽くしていったのである。にもかかわらず、僕は助かった。僕は救急車に乗せられた時の記憶を朧げに覚えている。死ぬんだと察しながら、徐々に遠くから救急車のサイレンが聞こえてきたのである。
医療スタッフが僕を担架に乗せ、迅速に手当てを始める。ただ、ここで僕は薄れゆく意識の中で、救急車の中にいた医師らしき人間と目が合った。不思議だったのは、この医師らしき人間は、白衣を着て立っているのだが、どうも普通ではないようなのだ。老人だけど、どこか少年のような雰囲気のあるよく判らない人物である。
しかし、当の僕は意識が飛びかけているから、あまり気を払っている余裕がなかった。年齢不詳な存在が医師であっても全く不思議ではないと思えたのである。そして、同時に僕の意思はここで途切れる。
次に目が覚めた時、僕は病院のベッドの上で横になっていた。また、同時に体内にEEEを宿したタリタスになっていたのである。
これはあくまで僕の推論なのだけど、僕に宿ったEEEというエネルギーは、僕の体内で超自然的に生まれたものではない。つまり、誰かが僕の体に注入したのだ。だからこそ、僕はトラックに轢かれても助かったし、タリタスという永遠に少年のままの存在になったのだろう。
けど、誰が何のために…
僕は最初、研究者である両親を候補に挙げてみて考えた。僕に全く愛情を示さない両親であっても、死の淵を彷徨っている僕を助けるために、秘密裏にEEEを注入したのではないか?そしてそれは、僕に対する両親のささやかな愛の証ではなかろうか?
これに対する答えは出ていない。両親が僕を救った可能性はなくはない。親が子供を助けるのは当たり前だし、その可能性はある。だけど僕の両親は、研究者なのだけど、EEEを主に研究しているわけではなさそうなのだ。
両親は、自分たちが何の研究をしているのか、僕に一言も漏らさなかった。もしかすると守秘義務が働いているのかもしれない。EEEを研究しているニオイが感じられないのだ。
両親が僕にEEEを注入し、助けたのではないとなると、他の誰かが僕を人為的に救ったのだと推察される。
それでも、僕はこの答えを導き出せなかった。僕の周りにいる大人たちで、EEEに詳しい人間が皆無だったし。何の目的で僕をタリタスにしたのか、その理由が曖昧だったからである。
いずれにしても、僕は不死鳥の如く蘇った。
タリタスという不死者となって…
三
事故に遭った僕は、すぐに退院できたわけではなかった。人工的にEEEを注入にしても、それに適応しない限り、拒絶反応が起きてしまい、人はEEEをエネルギーとして使えず、結果的に死に至るケースが多いのだ。
だからこそ、タリタスは希少な存在であり、数が少ないのだろう。タリタスは、突如天然的にEEEを宿すケースと、人工的にEEEを注入され、タリタス化するという二通りの方法がある。
基本的には、人工的に作られるのではなく、天然の力が推奨されているのだ。この理由はいくつかあるのだけど、天然のタリタスの方が、タリタスとしての能力値が高いというふうに言われている。人工的なタリタスは、天然のタリタスに比べると、大分能力値が低いのである。
魚を例に出してみよう。天然の鮎は、養殖の鮎よりも味が良いし貴重だ。天然の鮎は、流れの激しい川で育つから、生存競争を勝ち抜かなければならない。同時に、餌だって自分で確保する必要がある。旨味の要素が幾重にも絡まり合って、天然の鮎は最高の味を出す魚として認知されている。
反対に養殖の鮎はどうだろう?養殖の鮎は天然の鮎に比べると味が落ちる。一流の料亭が天然の鮎しか使わないという理由は、養殖では敵わない味の良さが天然物にはあるからなのだろう。
これと似たような現象がタリタスにも起きている。
天然のタリタスは、『ギフテッドタリタス』という呼び名があり、崇拝の対象になる。GMシリーズのパイロットの中でも、特に優秀な人間は、どんどん昇級し、エース級のパイロットとして進化していくが、そのパイロットたちの多くは皆、ギフテッドタリタスだ。
反対に、僕のような人工的に生み出されたタリタスは、『フェイクタリタス』という俗称で呼ばれている。同時に、ギフテッドタリタスたちからは、嘲りの目で見られているのだ。
フェイクタリタスも希少な存在であることには違いない。なぜなら、どんなに人間であっても、EEEを注入すればタリタスになれるわけではないからだ。確率的には、0.01%ほどと言われている。つまり、十万人に一人という、恐ろしく低確率な確率なのだ。
しかし、ギフテッドタリタスたちからは冷遇されており、パイロットとしての器量や技術も劣ってしまう。何もかも中途半端な存在なのだ。
僕はGMシリーズのパイロットとなり、十年の時が経つが、最初が二等陸士で未だに一階級しか昇級していない。つまり、一等陸士なのである。しかし、僕と同じ時期に特部隊に入隊したギフテッドのタリタスたちは、一等陸尉まで昇級した人間もいる。
それだけ、ギフテッドタリタスとフェイクタリタスとの間には、如何ともし難い差があるのだ。僕は、決してバンバン昇級して偉い人間になりたいわけではない。しかし、この冷遇された環境に腹が立つのだ。
僕はそれなりのパイロット技術があると思っている。それは決してギフテッドタリタスにだって引けは取らないだろう。タリタス部隊がある陸上自衛隊の特部隊は、隊員同士の決闘を認めていない。
なぜなら、不用意な決闘で希少なタリタスを失うわけにはいかないからだ。ただ、パイロットとしての戦歴として見ると、やはりギフテッドタリタスに分があると言わざるを得ない。
これは仕方ないことなのか?
フェイクタリタスは、ギフテッドタリタスには敵わないのか?
僕は違うと思う。
食べ物だって、天然物よりも養殖物の方が美味いケースだってあるだろう。それに人間の力は偉大だ。いつだって逆境を跳ね除けてきたのだ。人間が新たに発見したダークエネルギ―の一種であるEEEは、利用不可能と言われていたのに、エリアス・エヴァンス博士をはじめとする研究者たちの血の滲むような努力のおかげで、人間の力で利用、コントロールができるようになったのである。
だからこそ、EEEを人工的に作り出し、それを人間に応用できるようになったのだから、きっとフェイクタリタスだって、ギフテッドタリタスに勝てる何かがあるはずなのだ。それを今は誰も知らない。そう、見つかっていないだけなのだ。
四
僕が事故に遭い、謎の人物からEEEを注入され、不死鳥のように蘇った時、少しずつタリタスという宿命に目を向けるようになる。自分は不死者となった。となれば、必然的にGMシリーズに乗り、戦闘に参戦しなければならない。
これは不幸なのか?当時の僕は、まだまだ少年だったから(今も外見は少年のままだが)戦争をするという意味がよく判っていなかった。なんというか、ゲームの延長線のような出来事に思えたのである。
ただ、この時の僕が正確にフェイクタリタスとなったとは言えなかった。なぜなら、人工的にEEEを注入され、拒絶反応が出ずに落ち着くまで、大体半年程度かかると言われているからだ。
フェイクタリタスの特性として、多くの者が命を落とす。そして、EEEに適合するのは、大人ではなく子供なのだ。大人のタリタスがいないのは、そもそもEEEに適合しないからなのだろう。
どうしてEEEが子供にしか適合しないのかは、未だに理由が判っていない。しかし、このEEEを発見したエリアス・エヴァンス博士によれば、愛情を求めるのが子供だからだという話だ。
つまり、EEEは愛情と密接な関係がある。もちろん、大人だって愛情を求めているかも知れないけど、それは子供とは違う。親が子供に向ける愛情と、大人が求める愛情というものは、似ているようで違うからだ。
子供だけが持てる愛情が、EEEとなんらかの関係があるのだ。それがダークエネルギーという、よく判らない不思議なオブラートで包まれた暗黒物質なのだ。
僕は、両親の愛情に恵まれなかった。これが、僕がEEEに適合した原因なのかもしれない。もしかすると、EEEというのは、愛情に飢えた子供にだけ適合するのかもしれない。もちろんこれは、僕の勝手な妄想なのだけど…
ただ、僕はすぐにEEEという未知なるエネルギーに適合したわけではない。EEEが体に馴染む半年間の間、何度も死にかけている。
そう、死を覚悟したのだ。
拒絶反応への恐怖は、誰もが経験するようなものではない。むしろ、普通の人間は経験しない。僕もEEEが体に適合反応を見せるまでは、時折体内で、激しい拒絶反応が起きたりして、その度に死の恐怖と闘い続けた。
しかし、医師たちの懸命な対応と、最新の医療技術により、僕はなんとか生き延びたのである。そして半年後、完全にタリタスとして蘇った。もちろん、ギフテッドタリタスではなく、人工的なフェイクタリタスとしてだけど…
僕がタリタスをはっきりと自覚したのは、ギフテッドタリタスである霧島レンと出会ったことが影響している。レンは十二歳の時に突然タリタス化し、その後訓練を受けてGMシリーズのエースパイロットとなった人物だ。
なんの因果か、そのエースパイロットがたまたま僕の入院していた病院にいて、思いがけなく巡り会ったのだ。
「フェイクか」
と、出会って一秒で彼は僕に向かってそう言った。
外見は完全に僕よりも年下なのに、妙に高圧的であったことを覚えている。
基本的に、ギフテッドタリタスたちは、フェイクタリタスに対して冷淡で、時に軽蔑的な態度を示す。能力の差が、彼らを高圧的なものに仕立て上げているのだろう。
このレンというギフテッドタリタスも、その高い能力を誇りに思っており、僕を劣等者としてみなしていた。
身長は130センチ前後。細身の肉体で、男だというのに、肩まで伸びるセミロングのヘアスタイルをしていた。髪の色は白に近い銀髪で、肌の色は日本人にしては珍しく、黒人の黒かった。東南アジア系の人間のハーフと言っても、通用しそうなくらいの容姿をしている。
「君はギフテッドなの?」
「当たり前だろ。そもそもタリタスっていうのはギフテッドだけが本物なんだ。お前たちフェイクは文字通り偽物だ。せいぜい戦場で、俺たちの足を引っ張らないように気をつけるんだな」
この言葉は、僕を大きく傷つけた。
同じタリタスの戦友であるはずなのに、出会い頭からこの違い。僕は自然とフェイクタリタスである自分に劣等感を抱くようなり、塞ぎ込むようになった。
そんな僕を救ってくれたのは、入院した病院の僕の担当医であった京極マコトだった。
「君はこれから愛情を受けて闘う」
静まり返った病室の中で、マコトはゆったりとした口調でそう言った。
マコトは若手の医師であり、年齢は三十代後半である。サイドを刈り上げにしたしショートカットヘアで、彼の専門は老化だった。老化とタリタスは切っても切れない関係にあるため、彼はタリタスが在籍しているこの病棟で働いている。
髪の毛は闇のような黒で、顎にうっすらと髭が生えている。三十代後半だが、まだまだ若く見える医師であった。彼はこれまで、多くのフェイクタリタスを作り、そして見送っている。
これまで判っている情報では、EEEに適合するのは子供だけだから、必然的に子供たちと多く接してきたのである。同時に、フェイクタリタスを知り、彼らの悩みをそれとなく見抜いている。
人工的にEEEを注入され、拒絶反応との闘いに勝ち抜いて、初めてようやくタリタスになれる。しかし、せっかくタリタスになったというのに、上には上がいて、なった瞬間に冷遇の対象になってしまうのだ。
「僕はどうしてタリタスになったのでしょうか?」
僕はマコト医師の方は見ずに、窓の外の青く広がる空を見つめながらそう言った。
するとマコトは静かに答える。
「それは誰にも判らない。しかし、私はこう考えている。愛される資格があるのだと」
「愛される資格?」
「その通りだ。君はタリタスになったらどういう道を進むか知っているかね?」
「戦闘兵器のパイロットになるんでしょ?あれはタリタスにしか動かせないから」
「もちろんその通りだ。戦闘兵器。これをGMシリーズと言うのだが、これはEEEをエネルギー源にしているから、EEEを持つタリタスにしか動かせない。しかしね、それだけじゃないんだ」
「どういう意味です?」
「簡単さ。GMシリーズは、単にEEEで動かす兵器ではない。この人型決戦兵器は、パイロットの感情や心理状態に大きく依存している。そして、愛という感情が、そのパフォーマンスに直接影響を与えると言われているんだ」
「ならば、僕には適性はないですよ。僕は愛情を受けて育ったとは言えないですから」
その通りだった。
僕の両親は、僕に対し愛情を向けてくれなかった。いつも仕事で忙しく、家族でどこか旅行などに行ったことはないし、学校行事にだって一度も来たことがなかったのだから。
「だからさ」とマコト。「私はね、これまで多くのタリタスに出会ってきた。そして、彼らに共通するのは、皆それまで愛されてこなかったということなんだよ」
「愛されてこなかった?」
「そうだ。ネグレクトを始めとする虐待を受けていたりするケースが多かった。君もそうなんだろう。その証拠に、子供が入院したというのに、親が一度も見舞いに来ないというのは奇妙な話だからね」
「愛されてこなかった僕が、愛を必要とする兵器のパイロットになれるんでしょうか?」
「なれるよ。貪欲に愛を求める姿勢が必要なんだ。君のような愛情を受けてこなかった人間は、愛情という器が空っぽだ。これは寂しいことなんだけど、逆に言えば、これからいくらでも放り込めるということだ。GMシリーズは、パイロット支援システムである人工知能が搭載されている。この人工知能とつながるためには、愛情の強さが必要になるんだ。人工知能は君を愛するようにプログラムされている。つまり、君を愛してくれるんだ。同時に、愛の強さがシンクロ率につながり、パイロットとしての適性が上がるようになっている」
「でも、僕はフェイクタリタスです。フェイクはどう足掻いても、ギフテッドには敵わないんでしょ?」
「そんなことはないさ。ギフテッドとフェイクの違いは、愛情という力のコントロール方法にある。早い話、ギフテッドは人工知能を愛し、愛されるのが上手いんだ。だからね、君だって愛の力を発揮できれば、いいパイロットになれる。君の未来はここから始まるんだ。だから、悲観してはいけないよ」
愛の力で動く兵器。
ダークエネルギーを基盤にした戦闘兵器は、その時の僕にとって大いなる謎に包まれた不思議な躯体でもあった。
五
愛を基盤として起動するGMシリーズの存在は、僕にとってある種の希望になる。タリタスになった人間は、半ば自動的にGMシリーズのパイロットになるため、僕もいつからか、パイロットになるのだろうという強い希望が芽生え始めていた。
拒絶反応の恐怖と闘いながら、僕は入院の日々を続け、ようやく事故から半年経ち、EEEが完全に体に適合し始め、いよいよ退院となったのである。僕はタリタスになったから、このまま永遠の十四歳として生き続ける。
それが嬉しいか悲しいかと言ったら、いまだに答えは出ていない。確かにこの世界には、永遠に生きたいと願う人間がいるのも事実だ。しかし、永遠の生なんていうものは、本当に光り輝く一等星のような素晴らしい願いなのだろうか?
人は、死というゴールがあるから目標を持ち生きようとするのだ。それが死なない体になってしまうと、何のために生きているのか判らなくなる。そのため、タリタスとなった人間は戦場に出て自分の存在意義という魔物と闘うのだろう。
自分は何のために生きるのか?
永遠に生きるタリタスの永遠の謎。
マコト医師は、タリタスは愛されるために存在すると言っていた。きっとそれも答えの一つなのかもしれない。タリタスは愛されなかった子供だ。愛情に飢えているからこそ、タリタスとしての素質があるのだ。
僕もその中の一人だ。僕の両親が、そこまで考えて愛情をあえて注がなかった可能性もあるけれど、僕は愛されず育った。愛されず育った子供は、どこか人格的に歪んで成長するというけれど、それは半分合っていて、半分間違いだと思う。
なぜなら、僕は愛されず育ったけれど、人格的に歪んだ人間ではないと思うからだ。しかし、タリタスの多くは、歪んでいるというか、傲慢なところがあるのは事実だ。それはきっと、愛されなかったことに対する反動なのだろう。
この影響は、特にギフテッドタリタスに顕著だ。彼らは自分たちに誇りを持っている。自分たちが持つ稀有な能力に誇りを持っているのだ。だからこそ、フェイクタリタスを見下し、僕たちに向けて理不尽な態度を取るのだろう。
僕は愛されず育った。その影響なのか判らないけど、愛の力を強く信じるようになっていた。それはきっと、マコト医師に愛の力で動くGMシリーズの存在を聞いたからだろう。もちろん、彼が僕に向けた、温かいケアもそも理由の一つだろう。
とにかく僕は、初めて「愛」という感情に触れたような気がするのだ。そして同時にそれが、僕にとってどれだけ大切なものなのか、理解するようになった。
退院が決まった日、僕は病院にある中庭で、あるフェイクタリタスの少女と出会う。
彼女の名は新城アヤ、永遠の十三歳である。
このアヤという少女も、僕と同じでEEEを人工的に注入され、タリタスとなった人間である。彼女も完全にタリタスとして目覚めるまで、激しい拒絶反応と闘い、ギリギリの中を生きてきた。
「君もタリタス?」
柔らかい日差しが降り注ぐ中庭の中で、ベンチに座る僕に向かって、アヤは静かにそう言った。
タリタスには、相手がタリタスなのか、自然と判るようになるという説がある。これは、本当にそうなのかは判らないけど、基本的にタリタスは子供の容姿をしているから、子供の容姿をした軍人を見れば大抵タリタスと判る。
しかし、ここは病院である。僕は病院の衣類を着ているし、彼女もまた同じような服装をしていた。漆黒の髪の毛を、ポニーテールにしてまとめ、目は若干吊り上がっている。猫のような顔立ちをした少女であった。
「タリタスだよ。フェイクだけど…」
と、僕は皮肉混じりに言った。この段階では彼女がギフテッドの可能性があると思ったからだ。
「そう。なら私と同じね。私もフェイク。これから横須賀の特部隊の基地へ向かうの。そこでGMシリーズのパイロットになるのよ」
「おめでとう」
「嬉しくないよ。だって戦闘兵器のパイロットになるんだよ。人を殺すかもしれないのに」
「それでも救える命があると思う。人を救うために僕らは闘うんだよ」
「君もパイロットなの?」
「僕はまだ。でもいずれなると思う」
「そう。ならまた会えるといいね。だって同じフェイクだもん。仲良くしたいじゃない」
「そうだね。また会えると思う。GMシリーズのパイロットになるのが、タリタスの宿命だから」
アヤとの出会い。
彼女との邂逅は、僕がたった一人のフェイクタリタスではないということ、そして、愛と友情の力がどれだけ強いものなのか、再認識するための重要な儀式みたいな出会いだった。
同時に彼女とは、僕が所属する予定の陸上自衛隊、特部隊で再会することになる。しかしこの時の僕は、それが全く判らずにいたー