9 バザール
黄昏のバザール。
ムテ大陸において、その光景は異質だ。
「わあ〜っ、すごいすごいっ! 早く行こう、ユリウス!」
「お、おう……」
黄昏の空の下にたくさんの人間が集まっている。目当ては他大陸からやってきた数々の名産品だ。
ムテ大陸唯一の港から続く大通りには露店が所狭しと立ち並ぶ。薄暗い空間に鮮やかな提灯の灯りが映える。灯りはすべて他大陸の露店のもので、商人とはいえムテ大陸に他大陸の者が来るのは何十年ぶりかのことだ。言うまでもなく、老若男女問わずこの日を待ちわびた者たちがこぞって露店の前を練り歩いていた。
「いらっしゃい、いらっしゃい!」
「良かったら見て行ってちょうだいね〜!」
いつもは静かな大通りに、商人特有の熱気と活気が満ち溢れている。その雰囲気に充てられたのか、ムテ大陸の民もいつもより浮ついて騒がしい。
バザールの日は教会の講義は休みになる、と昨日伝えに来たシスターのげんなり顔はこれが原因かもしれないとユリウスは思った。賑やかなのは嫌いじゃない人だが、制限のない騒ぎは嫌いな人だから。
早速、近くの露店で立ち止まるニーナを見守りつつ、ユリウスも周囲の露店を見回した。露店の灯りは白色、翠色、朱色、金色の4色。ニーナが見ている露店は朱色、ユリウスの近くにある露店には金色の提灯が下がっている。
通り過ぎようとしたユリウスに、店主の褐色の男性が品物を広げて見せた。
「どうだ、見ていかねぇか」
「バザールって布地まで売るんですね」
「へぇ! 兄さん、バザールは初めてか?」
「まあ、ムテ大陸はこういうの珍しいんで」
「ああ、そうだわな。俺も昔一度来たことがあるくらいだからなぁ。あの頃もこうして布を並べてたら、珍しがった見物人が大勢来たもんだ」
ほらほらと店主が布を持ち上げる。茶色と橙色と赤色のそれぞれ太さの違う縦縞模様の布だ。
「トルジェ大陸は一年中気温が高い。だからこういった布が重宝されるんだ。汗をよく吸って、よく乾く。肌触りは柔らかいが肌に貼りつかない。風をよく通して、直射日光からは肌を守る。俺たちの洋服は大抵これで出来ている」
「そんなに暑いのか。全然想像がつかない」
「まあ、こればっかりは体感してみねぇとな! 余所者は皆言うぜ、想像以上の暑さだとな!」
「そりゃあ凄そうだ」
店主から視線を外して見た平積みの布の中に、ひときわ深い青色のものがあった。青色なんて一度見た空の色くらいしか連想しないが、ユリウスはその布に触れる。
店主の言う通り、肌触りの良い布だった。触れたところが心なしかひんやりとする。
「お、気に入ったかい?」
「あ、ああ。綺麗だなと思ったけど、布なんてどう使えばいいのか分からんぐぁっ!?」
「ねえねえねえねえ、あっちのお店のお菓子食べよ!」
「おい、ニーナ」
背中に突進してきたニーナを、振り向きざまに引っぺがす。笑顔が溢れて止まらないニーナはそれでも楽しそうだ。
注意の言葉すら出てこない。
「色んなものがあって楽しいね〜!」
「はぁ……」
「ユリウスは気に入ったものあったの?」
代わりにため息をついたところで、布を持った店主が顔を出す。
すぐにそちらに気がついたニーナがふんわりと微笑んだ。シスターがする余所行きの笑顔によく似ている。
「お嬢ちゃん、お裁縫できるかい?」
「え、あ、おいこら、おっさん!」
「はい、できます!」
「答えんな、ニーナ!」
「綺麗な布だね、ユリウス。買うの?」
余所行きの笑顔から一転、ニーナに花が咲いたような笑顔が戻った。珍しいものを見てきらきらと輝く大きな青い瞳は強い期待が込められている。
ユリウスが盛大に眉をひそめて見下ろすが、彼女の視線が逸れることはない。むしろ、彼女の言いたいことがユリウスには手に取るように分かってしまう。
何に使うのかな。布に興味があるのかな。布なんて珍しい。何を作るのかな。余った布欲しいな。
ユリウスは仏頂面でニーナの顔面を鷲掴む。
「うるさい」
「わわっ!? な、何も言ってないよ!?」
「うるさい。もう視線がうるさい」
「横暴だぁ〜!」
片手でニーナの顔面を掴んだまま、ユリウスは店主の持つ青い布地を指し示した。
「それ、ください」
「まいどありー!」
瞬間、包み紙が出てきて、ユリウスは盛大に舌打ちをした。