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NAME  作者: 紡澤 シギ
幼少編
6/15

6 忘れ物


 ニーナが教会の仲間になってから3年の月日が経った。

 子供たちともすっかり打ち解け、あとから来たとは言え、お姉さんであるニーナに皆がよく懐いている。

 13歳になったユリウスは、昼は街で働き、夕方は教会で勉強する日々を送っている。昼間の教会は12歳までの学び舎なのである。

 子供たちとはすっかり時間が合わなくなり、たまに居残りしている子供や悪戯の罰則で掃除をしているワルガキ共と会うくらいだった。

 ニーナともしばらく会っていない。

 ニーナは来年には13歳になるからか、すでに家の仕事を手伝って忙しくしているそうだ。講義が終わるとすぐに帰ってしまうと、今日の罰則組の少年たちが口を尖らせていた。


「あぁ〜……」


 今日の講義が終わると、ユリウスは大きく伸びをして唸った。机にかじりついて硬直した身体がほぐれていく。

 べきり、と13歳の子供の背中から音が鳴るのを聞いて、シスターが眉を寄せた。

 

「無理はいけませんよ、ユリウス」

「無理なんてしてないって」

「気付いていないだけで疲労は蓄積されていきます。12歳までの義務教育期間ならともかく、13歳のあなたは自由教育です。休む日も取り入れた方がいいと思いますよ」


 この地域では13歳から働きに出る。家の手伝いをする者もいれば、街に出て雇ってもらう者もいる。大抵の場合は昼までの軽作業を行い、18歳になると正式にその職に就く。それが当たり前の人生だった。

 だが、例外もある。それは13歳以降も勉強を続け、守護者を護る仕事に就くこと。

 ユリウスには例外という認識はなく、シスターに13歳以降も勉強を続けると告げたのもなんら違和感のないものだった。


「私に憧れている様子なんてありませんでしたよね」

「俺、知ることが好きだから。シスター先生みたいに俺も誰かに分かりやすく教えて、知ることが楽しいって思わせたいんだ」

「確かに、よく居残り自習の子供たちに勉強を教えてあげていますね。好評ですよ」

「げ、知ってたのかよ」


 ユリウスが夕方に学んでいることは、12歳までに学んできたことの深掘りや応用も多い。居残りの子供たちに教えることは彼にとっての復習のよい機会でもあった。

 また、教本が新しくなれば教えることにも変化があって、ユリウスが夕方の講義で初めて知ったことを居残り組がすでに知っていたりすることもあって、情報収集は欠かせない。

 シスターがユリウスの隣に座った。この3年でユリウスの身体も大きくなり、シスターとの身長差も僅かになった。


「夕方にここで学び始めて驚いたことはありますか?」

「驚いたことか……」


 印象に残っているのは世界についての講義だ。

 世界は大きく4つの大陸があり、そのうちの1つがユリウスたちの住むムテ大陸であること。それぞれの大陸で祀られている守護者が違うこと。よその大陸では澄み切った青空が普通であること。大陸間を移動できるのは各大陸の教会が発行する渡航許可証が発行された者に限ること。


「俺たちの常識って狭い話だったんだなって、世界についての講義のときは思ったかな」

「そうですね。世界では私たちの常識が非常識の場合もあるでしょう」

「あと、うちの大陸って渡航許可認可率最下位なの知ったときは、よっぽど余所者が嫌いなんだなって思った」

「うーん、最下位なのは環境保全とか治安維持とかのちゃんとした理由があるんですけどね」

「でも一番驚いたのは、あれだ、守護者が街を歩いているって話」


 守護者なんていない。忌み子なんていない。

 そう思っていたユリウスには信じられない話だった。


「本当なら会ってみたいもんだなって」

「私もこの目で見たことはありませんが、ある大陸では国中を旅して回る守護者もいれば、図書館の司書をしている守護者もいると聞きます。国の者たちは直接守護者と意思疎通ができるのだとか」

「ほんとだと思う? うちの守護者サマ、出てきたことある?」

「さて、どうでしょう」


 シスターがおもむろにハンカチを取り出した。

 白いレースの縁取りのそれは上品な香りを放っている。


「なに、それ」

「ニーナの忘れ物です」

「明日渡せば?」

「そう思っていましたが、話をしていて気が変わりました。ニーナに渡してください」


 有無を言わせない勢いでシスターがユリウスにハンカチを握らせた。

 ハンカチなど無くて困るようなものでもないからと身につけたことのなかったユリウスにとって、その生地の柔らかさと薄さは驚愕ものだった。強く握ったらシワがつきそうで、取り扱いに注意しなければ破れてしまいそうだ。


「こんな話を知っていますか、ユリウス」

「今度はなんだよ」

「ムテ大陸の守護者は迷いの森に住んでいると」

「は?」

「古くて普及していないお話です。迷いの森は忌み子様の庭で、そのどこかでのんびりと暮らしていらっしゃるのだと」


 初めて聞いた話だった。

 ユリウスが眉間にシワを寄せていると、シスターがハンカチに目を落とす。


「ちなみにニーナの家は迷いの森を少し入ったところにありますので、よろしく伝えてくださいね」

「迷いの森って、こんな夜に行ったら危ないだろ」

「悪くて迷って森の奥へ進めないだけですから、ニーナのところへ行けそうになかったら諦めてよろしいですよ」

「はあ?」


 ユリウスは顔を引き攣らせて笑った。

 

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