2 新しい仲間と特別な空
翌朝、ユリウスは教会の前にいた。
頭上の美しい青空についてシスターと話したくて駆け足で来たのだが、扉を開けようとしたところで昨日の醜態を思い出したのだった。
今までも教本や教会の古さ加減に嫌気が差して文句を言うことはあったが、昨日のように言い逃げのような形になったのは初めてだった。普段通りなら、意見を出し合う場になっていたはずだった。
教会のボロボロの扉がいやに重たく見えた。
「……おはようございます」
身体全体で扉を押し開ける。
いつもなら朝からやってくる子供はユリウスひとりしかいない。シスターの朝のお祈りが終わるのを待って、昨日のことを謝って、今日の青空について話して、その後は普段通りに講義を受けたかった。
「あら、おはようございます。ユリウス、新しい仲間が入りますので、気にかけてあげてください」
にこやかなシスターの傍らには、見慣れない黒髪の少女がいた。
困ったように眉を下げる少女は、目の前のシスターとユリウスを見比べている。動く度に波打つ黒髪は見たこともないくらいに艶やかだった。
シスターの手が背中に添えられて、少女はユリウスを正面から見つめた。両頬がほんのりと紅潮して小さな口が引き結ばれる。大きな青い瞳がきらきらと太陽の光を受けて輝いた。
「は、はじめましてっ、わたしはニーナです! よ、よろしく、お、お願いします……」
少女が勢いよく始めた自己紹介は、ユリウスと目が合うや否や失速し、尻すぼみに小さくなっていった。最後にはシスターの服を掴んで後ろに隠れてしまう始末だ。
「ユリウス、怖い顔をしないでください」
「してねーよ」
「ニーナ、ユリウスは少々粗暴な面もありますが、仲間思いの優しい子です。怖い顔には慣れてあげてください」
「だから」
「ご、ごめんなさい……!」
だから、怖い顔なんてしてない。
ユリウスの言葉を遮った声は震えていて、声の主も震えて縮こまっている。シスターの服をシワが寄るほどに握りしめ、肩をすくませてうつむき、身を固くして動かない。
そんなニーナにユリウスは大股で近付いた。
祭壇近くにいる二人の数歩手前で停止し、唇を固く結んで片膝をつく。ごん、と木の床に当たる鈍い音がした。
「俺はユリウス。ここでは最年長だから面倒を見てやる。だから泣くな」
「ユリウス、くん」
「ユリウスでいいよ。俺もニーナって呼ぶから」
そろりとシスターの後ろからニーナが出てくる。
それに合わせてユリウスも立ち上がった。
「わ、わかった。えっと、よ、よろしくね、ユリウス」
「よろしくな、ニーナ」
ユリウスに近付いてきたニーナは、艶やかな黒髪に加えてキメの整った肌をしていた。傷を負った痕も、欠損も変形もなにもない、健康体に見える。衣服も汚れひとつなく、大きさも彼女に合ったものを着ている。年はユリウスと同じか、少し年下に見受けられた。
ユリウスはちらりとシスターに視線を投げた。
「ニーナ、はじめての教会でしょう。ゆっくりとお祈りしてくださいね」
「あ、ありがとうございます」
最前列の木のベンチに腰掛けたニーナは青い瞳を祭壇に向けた。祭壇奥には教会の主である白い大理石の像が立っている。
頭から深々とフードを被り、身体もコートに覆われた姿だ。一見すれば白い柱だが、礼拝者を見下ろすように作られた頭の角度で陰が落ち、厳かな印象を与えている。
「これが忌み子様……?」
真っ白な大理石の像は何も答えずに見下ろしている。