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リアトリス  作者: 高速処女膜
第一章 誘いの仮面編
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7 PONベーカリー


 ベルシュカ市騎士団本部内の一室。扉に"司令室"と書かれたプレートが掲げられた部屋で、一人の女性が机に向かっている。


 そこにコンコンとノックの音が部屋に響いた。

 どうぞと声を掛ける女性。

 入って来たのは無精髭に気怠げな表情を浮かべたメガネの男だった。男は敬礼と共に所属を名乗る。


 「ご多忙の所お時間を頂きありがとうございます、スケッチ少佐。マギクラッド導国より当地での任務に派遣されております、エウレカ・オーツと申します」

 「ソル=ソレイユ煌国ベルシュカ市騎士団・司令官のメリル・スケッチ少佐です。私の爵位は子爵ですのであまり堅苦しくなさらずとも結構ですよ」


 立ち上がって敬礼を返す女性――スケッチ少佐にエウレカはニコリと笑いかける。


 「いやぁ、少佐どのがこれほどお綺麗とは……足を運んだ甲斐があります」

 確かにスケッチ少佐は歳の頃は中年といっても差し支えなく、深い青色のパリジャンフレームの眼鏡から覗く怜悧な目付きが気の強さ感じさせるが、その風貌は非常に整っている。

 しかし、スケッチ少佐は容姿を褒められて喜ぶようなタイプではなかった。胡散臭さの漂う中年男相手なら尚更だ。


 「そうですか。エウレカ卿のことは存じ上げていますよ。導国の研究員としては今も勤務なさっているので?」

 冷たい反応もだが、研究員という言葉にエウレカが顔を歪める。

 「は、はは。ま、たまーですがね。とうの昔に引退した身ではありますが……ご存知なんですね」

 「……いえ、差し出がましい話でしたね」

 「いえいえ、こちらこそ失礼致しました。はは。私なんて今や騎士団の使いっ走りですからね……それよりも本題に入りましょうスケッチ少佐」

 少し早口気味にエウレカが話題を変える。

「ええ、通常の捜査における連携依頼でしたら書類のみで市内での活動許可は出ていますのに、わざわざ私を尋ねて来られたのは”例の件”のことでしょうか」

 スケッチ少佐の質問にエウレカが頷く。

「ええ、前任の者からお聞きになっているかと存じますが、場合によっては騎士団の方々にご迷惑をお掛けすることになるやも知れませんので。とりあえずお話ししましょう。今までの経緯と、()()()()()()()()()()について」



 *  *  *



 「すみません。これと、あとこっちのパンもお願い出来ますか?」

 「はい、こちらですね! ありがとうございます!」

 カウンター越しの注文にユーリが明るく答える。

 木目調の落ち着いた雰囲気の店内は芳ばしくも甘い香りに満たされていた。

 入り口に建てられた木の看板には"PONベーカリー"と彫られている。と言っても彫ってあるのはユーリの知っている言語ではない。市内を見渡せば看板や標識には様々な言語での文字が書かれていた。しかしユーリは問題なく全ての言語を読むことができる。

 カイリ曰く、別の世界から来た住人同士は異なる言語・文字での意思疎通が可能だと言う。この世界に備わる法則のようなものらしい。

 なんにせよ、言葉で困ることがないのはユーリにはありがたい話だ。


 ここは先日カイリと訪れたパン屋なのだが、ユーリは案内所からの紹介でそこで働かせてもらっていた。

 鏡の国で生活するための資金作りと社会勉強のため、本人の進路が決まるまでは面倒を見てくれるらしい。


 『ユーリちゃんが希望するならずっと働いてくれてもいいのよ! うちの子になっちゃいなさい!!』


 どうも店主さんには随分気に入られたらしく熱烈に歓迎された。実際、鏡の国に来たのが子供の場合は養子になるケースも多いらしい。

 ちなみにユーリの今いるソル=ソレイユ煌国では就労年齢については特に定まっておらず、幼い頃から働くケースも多いが、望めば学校に通うことも可能だそうだ。

 『学術が盛んなのはマギクラッド導国ですが、まだいらっしゃったばかりですし、興味がお有りでしたらある程度鏡の国での生活に慣れてからをお勧めします』

 カイリはそう言っていたが、元々家の手伝いで家事の類はこなしてきた。元の世界に帰るためなら、今は働きつつこの世界のことを知っていく方がいいとユーリは考えていた。


 「ユーリちゃんお疲れ様。お昼のピークもそろそろ終わりだし、一息付けそうね」


 声に手を止めて振り向くユーリ。ユーリの目線より更に頭二つ分ほど下に茶色の毛並みが見えた。

 ユーリも背が高い方ではないが、そんなユーリよりはるかに小さなのはこの店の店主であるルキアだ。

 「よく働いてくれて助かるわぁ。私より背も高いし」

 「いえ、ありがとうございます」

 ルキアが黒目の大きいクリクリした目でユーリを見つめる。

 どうやら獣人の一種族らしいのだが、まんまるとした体型を覆う毛と指の先に見える意外と鋭い爪、ユーリの知っている動物だとタヌキに近い。

 (このお店ルキアさんが働くにはカウンターもテーブルもちょっと高いのよね)

 そんなことを考えていたユーリにルキアが微笑む。

 「ふふ、旦那は背が高いからね。普段は接客は任してるんだけどね」

 ルキアの旦那さんは少々強面で色黒な人間のおじさんだ。この店ではルキアがパン作りを旦那さんが接客をメインで担当している。

 (逆な気がしないでもないけど……)

 ルキア曰く強面なおじさんが怖がられないように必死に笑顔を工夫してるのがポイントが高いらしい。

 ユーリには少し難しい話だった。

 

 今ちょうど店内には人はいない。少し話し込んでも大丈夫だろうと思い、ユーリはルキアに気になっていることを聞いてみることにした。

 「ルキアさんはどうやってこの世界に来たんですか?」

 「私? まぁ、ここじゃありふれた話なんだけどね」

 ルキアはそう前置きして話し始める。

 「私の元々住んでいた故郷の森が人間の開発で住みづらくなっちゃってね。色々揉めたんだけど結局新しい住処を求めて移動したんだよ」

 ルキアの毛に覆われた顔は表情が読みづらいが、ユーリには少々悲しそうに見えた。

 「でも簡単に新しい住処なんて見つからなくてね。どんどん仲間も減って、最後は人間に捕まって奴隷にされちまって。そんな時にふと檻の中で出されてた食器の鉄皿の底に、昔住んでいたような豊かな森が映って見えたんだよ」

 そこでルキアは肩をすくめる。

 「後はきっとユーリちゃんと同じだろうね。気づいたら鏡の国に来てたのよ」


 ユーリが想像していたよりも重い話で、なんと声を掛けたら良いのか分からずにいると、ルキアがクスリと笑う。

 「良いんだよ。故郷も家族も無くなっちまったけど、ここの暮らしは充分過ぎるくらいだし、旦那にも出会えた」

 そう言って笑うルキア。その様子に少し安心したユーリは気になっていたことを問いかけた。

 「ルキアさんは元の世界に帰る方法って知ってますか?」

 「元の世界? ユーリちゃんが元々いた世界に帰るってことかい?」

 「はい……案内所でも聞いたんですけど、分からないって。お父さん達も心配してると思うし、何か知りませんか?」

 そう訊ねるユーリにルキアは少し困った顔を浮かべる。

 「私には分からないね。この世界に来て元の世界に戻りたいってのは私も聞いたことがないからね。マギクラッド導国みたいに色んな研究機関が集まってる所なら、何か知ってる人もいるかもだけど」


 (帰りたいって人がいない?)


 ユーリはルキアの言葉に疑問を感じた。普通いきなり違う世界に飛ばされたりしたら、元の世界や家に帰りたくなるものではないだろうか。

 「でも、あんまりそういうことは外じゃ言わないほうが良いかもねぇ」

 「えっ、どうしてですか?」

 ユーリの問いにルキアは困ったように笑うだけだった。

 カランと入り口の扉に付けられたベルが鳴りお客が入ってくる。

 「さ、お客さんだよ」

 そう言ってルキアは仕事に戻っていった。

 最後の言葉に少し不吉なものを感じながらもユーリも仕事に戻るのだった。


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